弐:全体比較論と創作的表現説①

 前章では「アイデアの模倣に基づくオマージュによる創作」と「表現の模倣に基づく創作=翻案」との違いについて書きました。


 ここからはもう一歩踏み込んで、著作権法における『翻案』の概念から今回のケースや二次創作全体がどう解釈されるのかを考えてみます。



■翻案と二次的著作物


 著作権には『翻案権(著作権法第27条)』が定められています。

 これは「著作者は自身の著作物について、翻訳・編曲・映画化・変形などその他翻案する権利を占有している」といった内容です。


 翻案とは「ある作品を基にして別の作品を創る」ことです。

 例えば小説を映画化したり、ある漫画を基にした番外編や続編を原作者以外の人間が創作する場合なども翻案に含まれます。


 翻案よって創作された作品は、法的には『二次的著作物』と呼ばれています。

 ピンとこられた方もいるでしょうが、一般に『二次創作』と呼ばれる作品は法的にはこの二次的著作物に該当する訳です。


 権利者に無断で漫画やアニメ・小説などの二次創作を行った場合は、原則として著作権侵害(翻案権の侵害)とみなされます。(※注1)


 公式スピンオフやメディアミックスなど権利者に公認された「許可を得た二次創作」はすなわち〝合法な二次創作〟となります。


 それに対し、同人誌やネット上で公開されているファンアート、ファン小説などの多くは権利者の許可を得ていないため「無許可の二次創作」――すなわち〝違法な二次創作〟となってしまいます。


 よく言われる『二次創作は原作の著作権を侵害している』という言説は、これらの法律を根拠としていた訳ですね。


(このコラムを書くためいろいろ調べた結果、私自身勉強になりました)


 では、「無許可の二次創作」がその依拠する原作を明らかにせず発表された場合はどうなるのでしょう?


 原作を知らない第三者からは「無許可の二次創作」であることが明らかでなく、違法であると即座に判定することが困難です。

 そうなれば、結果として原作とは別個のオリジナル作品として世に出てしまう形になります。


 つまるところ、こうした「翻案であることを明らかにせず、オリジナルとして発表された無許可の二次創作(二次的著作物)」が『盗作』になってしまうのではないでしょうか。(※注2)



■本質的特徴と直感的感得


 私のような二次創作をメインに同人活動をしていた人間からすると、原作に登場する設定やアイデアを利用して創作された作品や、原作から着想を得て創作された作品も全て『二次創作』の範疇に含まれる――という感覚があります。


 ですが実際には、原作に登場するそれらのアイデアを用いて創作しただけでは、法的な『二次的著作物』とはみなされないようです。


 仮に作品Bが作品Aから確かな影響を受けて創作されていたとしても、『翻案』に該当しないと判断された場合は盗作になりません。


 では、翻案か否かをどうやって判断するのでしょうか?


 過去の判例により、現在の法解釈において翻案は次のように定義されています。



『言語の著作物の翻案とは,既存の著作物に依拠し,かつ,その表現上の本質的な特徴の同一性を維持しつつ,具体的表現に修正,増減,変更等を加えて,新たに思想又は感情を創作的に表現することにより,これに接する者が既存の著作物の表現上の本質的な特徴を直接感得することのできる別の著作物を創作する行為をいう』

(出典:裁判所ホームページ・最高裁判例・平成11(受)922「江差追分事件」裁判要旨より)



 難しいですね(苦笑)。


 要約すると『翻案とは、作品Aに基づいて創出された作品Bから、作品Aの表現上の〝本質的特徴〟を〝直感的に感得〟できるもの』といった意味合いになるでしょうか。(ちなみにこうした〝要約〟も翻案に含まれるそうです)


 また〝表現上の〟という枕詞がついているように、現在の法解釈における〝本質的特徴〟には「思想・感情・事実・事件などの表現でないアイデアや創作性のない部分は含まれない」と理解されるようです。


 これらを踏まえた上で「翻案か否か」を判別する手法に、『全体比較論』と呼ばれるものがあります。



■全体比較論による検証


 全体比較論とは、「対象となる両作品の類似点と相違点を比較し、それらの多寡たか(多いか少ないか)によって、本質的特徴の同一性が保たれているか判断する」という考え方です。


 全体比較論における検証の場合、法廷などでは対象となる二作品の類似項目と相違する項目を並べた上で、その量的な比較によって翻案か否かを判断しているようです。


 では今回のケースにおいて、『作品・甲』と『作品・乙』の場合はどうなるでしょうか。


 やはり両作品の文章の類似箇所と相違箇所を並べてゆき、それらを比較して総合的な判断を……って。ちょ――っと待ってくださいっ!


 私の『作品・甲』は本文が約6万字もあります。


 先方の『作品・乙』も約4万字のボリュームです。


 …………この文字数で、互いの文章から類似箇所を全部抜き出して比較するの?(汗)


 これはちょっと尋常じゃない労力が必要です。

 何万字にも渡る比較をやろうにも、このコラム内には到底収まりそうもないですし、これを読んでいる皆さんも「げ……そんなの面倒で付き合えないよ」と途中でブラウザバックされてしまうこと濃厚です。


 さらにここで別の問題が浮上します。


 実は――『作品・乙』が模倣しているのは『作品・甲』ひとつだけではないのです。

 

     ***


 私の書いた『作品・甲』はパート1とパート2に分かれていまして、相手の作品はその『作品・甲2』からもアイデアはもちろん文章の模倣がみられるのです。


 さらに『作品・甲』には姉妹作である『作品・S』(こちらもパート1とパート2がある)が存在し、おそるべきことに『作品・乙』にはこちらからも一部文章を模倣していると思われる箇所があるのです。


 …………つまり。

 先方の『作品・乙』とは、私の書いたアイデアを模倣し、それぞれから抽出した一部文章を改変して使用し、それらを巧みに組み合わせてである可能性が高いのです。


 な、なんだって――――っ!?(例のAA)


 すごい。

 ここまでくるといっそ何かの感動すら覚えます。

 実際、これに気づいた時は、もはや呆れを通り越していっそ変な笑いが込み上げてきました。


 以下、根拠のない私の被害妄想パラノイアではない証として、四つの作品と『作品・乙』の類似箇所を提示します。



・『作品・甲』との類似例

―――――――――――

 ど真ん中へクリーンヒット――ぐしゃりと音を立てティーゲル男の顔面が潰れる/噴き出す鼻血/折れた歯が弾け飛ぶ――そのまま白目を剥いて意識を失い、どっさりと地面へ倒れ込んだ。

ゲームセットシュピール・エンデですよ、ティーゲル男さん」

 血の泡を吹いて倒れるティーゲル男を見下ろし、呟く響。

 その瞬間、周囲から歓声が巻き起こった。

 驚いて顔を上げる――封鎖された現場を取り囲む治安関係者/マスコミ/野次馬――さらには救助された一般客やレスキュー隊の面々までが、一斉に手を叩き喝采を上げていた。

(『作品・甲』より)

―――――――――――

―――――――――――

 グシャリと音を立てるデイビッドの鼻・頬――その勢いのまま胸倉を掴み、何かを操作する余裕を与えずアームスーツの外へと放り出した。

 デイビッド=ろくに受け身を取れず仰向けに床へ落下――ピクリとも動かず/気絶したその眼前に、叢雲の左腕の刃が突き付けられ――数秒経過/付近にあると言われた爆弾が破裂する気配――無し。

「……試合終了シュピール・イスト・アウスだ、クソ野郎」

 不敵な笑みを浮かべる叢雲の勝利宣言。

 同時に周りから多くの声が上がった。

 顔を上げる叢雲/〈迅雷〉中隊の面々や人質にされていた一般客の歓声/泣き声/喝采だった。

(『作品・乙』より)

―――――――――――


・『作品・甲2』との類似例

―――――――――――

 画面に新たな通信ウィンドウ=二号車にいる摩耶。《ちょっといいかしら、八雲?》

「成人前の名で呼ぶな」片眉を上げて不平を示す。「――何かあったのか?」

 ため息一つ。《先ほどマスターサーバーの監視するネットワーク上に、新たな仮想空間と共に膨大な暗号化データが発生したわ。例の情報監督官のIDを元に解析を進めているところだけど……その中に妙なデータが交ざっているの》

「妙なデータだと……どういうことだ? 」

(『作品・甲2』より)

―――――――――――

―――――――――――

『アウグスト、ちょっと良いかしら』

「何があった?」

『電波妨害の直前に、叢雲からの特甲転送要請があったわ』

 マイクを握り締めるリロイ/鋭く眇められる淡褐色の瞳。

「……叢雲が例のショッピングモールにいると?」

『通信が通らないから、可能性は高いわね。それと、転送が途中で中断されたみたい。エラーが出てるの』

「何だと? どういうことだ」

(『作品・乙』より)

―――――――――――


・『作品・S』との類似例


※設定・アイデア・シチュエーションに一部類似性がみられるも、文章表現そのものについて明確な模倣と断定できる箇所はなし



・『作品・S2』との類似例

―――――――――――

 第二十六区ラッフルズシティ――州境の拡大により〝文化保全地域〟に指定され、街そのものが一つの巨大な観光地と化した地区。

(中略)

 マチュ・ピチュ/アンコールワット/金閣寺=各地から移設された文化遺産――周囲に観光客目当てのカジノ+ホテル+歓楽街。

 古今東西のあらゆる人と文化を混ぜ合わせ、難解なパズルを組んだかのような、世界的にも類をみない特異な街並みを形成。

(『作品・S』より)

―――――――――――

―――――――――――

 第二十六区ラッフルズシティ――ミリオポリス南東部。

 (中略)

 観光客目当てにカジノやらホテルやらが林立/世界各地の文化が〝ヒャッハー! 相性なんざ知ったこっちゃねぇ!〟と言わんばかりに混淆――世界でも唯一の奇怪な街並みモザイクを形成=まさに混沌カオスそのもの。

(『作品・乙』より)

―――――――――――



 このように相手の作品には、私の複数の作品から文章を翻案して使用していると思われる箇所が確認できるのです。


 ここで触れた私の『作品・甲』を含む四作品は、合計すると実に25万字近いボリュームになります。


 ライトノベル一作品の文量がおよそ10~12万字といわれていますから、ラノベ2冊分に相当する文字数です。


 これらの全文に目を通してもらい、かつ、先方の『作品・乙』との比較によって、双方の作品における〝表現上の本質的特徴〟が一致するか否かを判断してもらうのは……正直いって、難しいと感じています。 


 またこちらの四作品25万字に対し、相手の一作品4万字と大きく文量に差がある状況で比較を行ったとしても、おのずと〝類似点よりも相違点の方が多い〟という印象になってしまうでしょう。


 まさにこの点が『全体比較論』の問題とされる部分です。


 全体的に比較するとして、〝全体〟とはどこまでの範囲をさすのか、具体的な定義が決まっていないのです。


 一部段落や章単位において確かな文章表現の類似性が認められたとしても、比較対象を小説全文あるいはシリーズ全体などに拡大していくことで、範囲が際限なく広がってしまう怖れがあります。


 比較範囲が膨大であればあるほど、検証にはより多くの時間と労力が必要です。

 そうなれば詳細な検証も困難になるでしょうし、類似点だけでなく相違点も多くなるため、類似点が相違点の中に埋没し「作品Bから作品Aの本質的特徴は直感的に感得できない=BはAの翻案ではない」といった評価につながりやすくなります。


 今回の『作品・甲』と『作品・乙』のケースが、まさにこのパターンと言えるでしょう。



「確かに盗作に思える文章もあるけど、作品全体の一部だから問題ないんじゃないか?」



 ここまでの検証のなかで、こういった感想を持たれた方が多くても不思議ではありません。


 今回のケースは『全体比較論』に基づいて考えた場合、そのような判断が妥当である可能性もあるのです。(※注3)


(実は序章で書いた「最初はスルーしようとしたが、後から看過できないほど類似箇所が見つかったため、あらためて問題視した」という、この私の判断こそ〝全体比較論〟的思考だったのです。このコラムを書く前の私はそうした概念があることを知らずに、ある種の経験則から意図せず〝全体比較論〟に準じた考え方をしていたのだと気づきました)

 

 では、「『作品・乙』は法的には『作品・甲』の翻案には該当せず、よって盗作ではない」と結論付けてしまってよいのでしょうか?

 

 こうした疑問は、実際に法廷で盗作案件を扱う弁護士や、また著作権法を研究されている専門家の間でも議論になっているようです。


 全体比較論には「作品Bが確かに作品Aに対し盗作を行っていたとしても、その量が少なければ翻案権の侵害とはならない」といった解釈も可能になってしまう、といった問題があります。

 

 これは「解釈によっては〝一部のみなら盗作しても合法〟といった形で、盗作が容認されてしまう」という危険性を含んでいます。


 それを防ぐために登場した別の考え方が、もうひとつの判断手法である『創作的表現説』です。


 次章では引き続き、こちらの観点から盗作について考えていきます。






※注1

実は著作権侵害には『私的利用(著作権法30条)』という抜け道があります。「個人的または家庭内その他これに準ずる限られた範囲内なら、自由に複製や翻案を行うことが許される」という内容です。なのでネットで一般公開したりイベントで頒布などしない場合は、例え権利者の許可なく二次創作を行ったとしても問題ないとされます。

(ただし『著作人格権』には私的利用の例外が認められないので、「権利者を怒らせない内容ならば」という注意が必要です)


※注2

前章ですでに述べていますが「原作の表現の一部を許可を得ずそのまま使用した場合」も『盗作』にあたります(「引用」など著作権法で許された範囲内での使用を除く)。この場合は〝複製権の侵害〟であり、盗用された表現と原典のものが同一であるため判断は容易です。

こうした〝一次著作物の無断複製〟は俗に『海賊版』と呼ばれ、二次創作(二次的著作物)とは区別されています。


※注3

私は素人であり法的に正しい解釈をできているかどうかは、正直自信がありません。このコラムを書くにあたって、著作権に関する論文や解説サイト、過去の判例等に目を通したりはしているのですが、なにぶん付け焼刃の知識です。コラム内で紹介している法知識に関して、私の理解が間違っているなどした場合は申し訳ありません。

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とある新人賞に応募した小説が盗作された話 神城蒼馬 @sohma_k

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