ベスト少しばか

野森ちえこ

きらいじゃない

根田値ねたねさんて、ばかだよね」

「あー、わかるー。すっごいばかとか、救いようのないばかとかなら、つっこんだり怒ったりもできるけど、『少し』だから、反応に困るんだよ」

「そう! それはボケなの? 笑っていいの? え、本気なの? みたいな」

「そうそう。あ、でもさ、この前……」


 給湯室で盛りあがっていた女性社員たちの声が急にちいさくなった。時々ぶはっと吹き出したりクツクツ笑ったりしている。


 そのすぐ外では、当の根田値がマグカップを片手に困っていた。入るに入れない。なんか、自分が話題になっているみたいだし。


 でも、そうか。彼女たちの目には『少し』に映っているんだ。よかった。田舎の両親にしつこくいわれているのだ。


『いいかい。おまえは、とんでもないおおばかだ。それがバレたら、悪いやつにつけこまれてひどい目にあう。だから隠せ』

『おまえのことだから、全力で隠してやっと『少しばか』くらいだろう。いいか。少しばかがおまえのベストだ。忘れるな』


 隠せといわれても、そもそもなにをどう隠せばいいのかわからないから、ことあるごとに両親に指示をあおいできたけれど、どうやらうまくいっているみたいだ。



 給湯室のなかでは相変わらず女性社員たちがクスクス笑っている。根田値は困っている。


 そして。


「でもあたし、根田値さんきらいじゃないよ」


 ひとしきり笑い声を響かせたあと、そんな声が聞こえてきた。



     (おわり)


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ベスト少しばか 野森ちえこ @nono_chie

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