揺らぎに立つ少女、その生への賛美。

落ちこぼれの少女エリファレットの日常が崩壊し、突如として女王位を争うことになる怒濤の時間を描いた小説です。
これほど短い期間に、エリファレットは見知らぬ他人から向けられる愛情・憎悪・殺意・執着……少女の未熟な心ではとても受け止めきれない数々の濃密な感情を押し込められてゆく。
想像するだに気色の悪い状況でしたね。

そしてそのすべての原点として根差す、エリファレットという人間の生への疑惑。
それはエリファレット自身のものでもあり、周囲の男たちから向けられるものでもある。
エリファレットの視点で読んでいくからまだいい。
しかしもしも違ったら?
もしも違ったら、この小説は本当に救いがなかったし、エリファレットはまったくわけのわからない人物であったと思います。
そういうわけで、エリファレットの、揺らぎつつも「生きたい」「私はエリファレット・ヴァイオレットである」という思いに縋るように読み進めました。

彼女の未熟で定まりきらないからこそ柔らかくしなやかに、強かになっていく心が、物語を導いていきます。
死んでも蘇るという究極の柔軟性。
力こそパワーの獣世界から一歩進み出たものすごい自己犠牲も感じたのですが、エリファレットのしなやかさは見事でしたね。
これは揺らぎのある人物でなければたどり着けない結末だと思います。
ともすれば「強く」「強く」「もっと強く」と女たちに要求しまくり、多様性をうたいながらもシャカイの「一貫性ゲーム」で価値判断をする今(というか私には)、エリファレットの在り方、この揺らぎを肯定することは絶対に必要なのだと思わされた次第です。


ところで私も人間なので、ある時間をたいへんに美化して思い返すことがたびたびあります。
そしてしばらく浸ってから、「いやいや……」と思うわけです。
しかし「いやいや……」と我に返ることのないうえに、その美しい「あの頃」を取り戻すために全力を尽くしてしまう無闇に有能な男たちがエリファレットを囲んでいるんですね。これは苦しい。

その「いやいや……」要素として、怒りに満ちたもうひとりの主人公・エグランタインが鮮やかに描き出されています。
彼女が何度ビンタを食らわせても、男たちは我に返らない。
エグランタインの目に、エリファレットでさえも自らを責め苛むものへと迎合してゆく敵のように映ったことは、ものすごく納得感がありました。
彼女は他者の、そして時には自らの身体を傷つけることで主張しつづけたもうひとりの主人公で間違いありません。

エリファレットはエグランタインの敵ではない。
それをわからないエグランタインが悪いのではない。
彼女がラスト間近で発するセリフは、どれも切実で、この物語に登場する男達や、エリファレットの揺らぎをも糾弾する素晴らしいものでした。
そのセリフがなければ、エリファレットも、男たちも救われない。
そしてエグランタイン自身も。

エグランタインのこれから歩む道はまさに荊の道であり、彼女はまたしても自分を傷つけ続けることになる。しかし自らに課した試練であるということが、彼女を真っ直ぐに強くしていく。
荊に身を晒し、己の求める己になろうとしてゆく彼女はとても美しいだろうと思います。


総じて非常にしんどい要素の多いお話ではありましたが、同時に「美しい時」を常に懐古させて、ドキワクと刺激をくれる物語でもありました。
何かというと、魔術の詠唱、描写や設定ですね。
あの頃オタクだった私。中学生の私。いまちょっと恥じらいながらも「やっぱりいいな」と思う私。
全私が鼻息を荒くしていました。
面白かったです。

その他のおすすめレビュー

跳世ひつじさんの他のおすすめレビュー5