第6話 財布の中身

「ほんとっ! お師様は、意地悪ですっ! 卑怯ですっ! 極悪ですっ!」

「はっはっはっ、そんなに褒めるなよ、照れるぜ」

「ほめてませーんっ! つーん!! もういいですっ。お師様なんか、お師様なんか知りませんっ!」

「そーかそーか。なら」

「なら、私が貰っていいわよね?」


 俺の声を遮り、後ろからイネがしなだれかかってきた。おい。

 ちらり、と見やると、瞳には諧謔かいぎゃくの色。

 程々にしとけよ? お前と違って、馬鹿弟子は加減ってもんが――にしても、いい香りだな。香水か? 珍しい。

 視線を向けると、満足そうな笑み。どうやら当たりらしい。こいつも、年頃になったんだなぁ。俺が歳を喰うわけだ。けど、何か、こういうのは嬉しいわな。

 イネと視線で会話していると、魔力が高まり、地面が揺れた。


「うー!!!!!!!! お・し・さ・まっ!!!!!!!」

「ん? どうした、俺を知らないチビ助よ」

「知ってますっ! イネさんよりも、ずーっと、ずーっと、知ってますっ!! お師様のことで私が知らないことなんてないんですからねっ! イネさんも、離れてくださいっ!!」

「え? どうして? だって、知らないんでしょ?」

「っ! ……ふふ、ふふふ、ふっふっふっ……いいでしょう。この前、怒られたので、当分はしないつもりでしたが、貴女とは決着を、痛っ」

「つけるな、阿呆。お前とイネがやり合ったら、訓練場が崩壊するだろうが。イネも、あんましからかうな」

「う~……お師様ぁ」

「相変わらず、甘々なんだから。いい加減、弟子離れしなさいよね」

「お、良いこと言うな」

「私とお師様は、ずっと、ずっと一緒にいるんですっ! ほ、ほら、早く、組合に帰ってくださいっ!」


 アーデが頬を膨らませながら、俺とイネの間に割って入る。

 幼馴染は俺にだけ見えるよう、柔らかく笑う。こいつは……分かりにくい愛情表現だわなぁ。

 溜め息を吐き、二人のおでこを指で押す。


「……お前ら、少しは仲良くしろ。イネ、これ、訓練場の代金な」

「仲良くなんかっ」「はい。確かに」 

「組合長によろしくな。なーに、失恋してもいいことあるって☆」

「……あんた、夜道に気を付けた方がいいわよ? クーの件、結構、本気で怒ってたから」

「さーてなぁ。俺は何も知らねぇよ。それじゃ、またな」


 手を振ると、幼馴染へ軽く手を振る。

 肩を竦めると、イネの姿が掻き消えた。相変わらず、見事な転移魔法だ。組合の窓口をやらしておくのが惜しいぜ。

 さて、と。


「馬鹿弟子よ」

「つーん、つーん! ……お師様はそうやって、イネさんばっかしに優しくして。どーせ、どーせ、私は料理も掃除も苦手な、ダメダメ美少女ですよーだっ!」 

「自分で、美少女と言い切れる内は大丈夫だ。取りあえず――お前がぶっ壊した、壁やらを直せ」

「えー。面倒ですぅ」

「―—今晩、夕飯抜き」

「了解でーす☆」


 そう言うと、アーデは長杖を真横に振った。

 まるで、龍が散々暴れた後かのような、訓練場があっという間に修復されていく。うむ、我が弟子ながら見事。

 ……やっぱり、もう俺が教えることは何もねーんだよなぁ、魔法に関しては。


「お師様、お師様、直しました!」

「ん」


 帽子を外して、近付いてきた少女の頭を撫でてやる。

 餓鬼の頃から続けてきた習慣だ。

 ま、俺ってば、褒めて伸ばす魔法使いだし?


「よーしよーし」

「毎回、思うんですが……褒め方、犬と同じでは?」

「なら、止めるか?」 

「駄目です。これは労働に対する正当な対価であり、イネさん優遇措置への抗議行為でもあります。私が、もういいですよ、と――言うことはないので、イネさんの匂いがなくなるまで撫で続けてください」

「はい、終わりな」 

「あーあーあー」


 馬鹿弟子が馬鹿なことを言ってきたので、即座に停止。

 訓練場を見渡す。うし、罰金になるような破損はねーな。

 頬を大きく膨らましている、アーデに向き直る。


「チビ助よ」 

「……チビ助じゃありませんっ! 愛しい、愛しいアーデと」

「悪いが、俺は決まり次第、旅に出る」

「!? ど、何処までですか?」

「今の時期なら、交易都市の往復だろうな」

「? お師様、もしかして」

「おうよ!」


 ニヤリ、と笑う。

 懐から財布を取り出し、中身を見せる。


「金がねぇ! なので、手っ取り早く稼がねぇとな!」

「またですか! はぁ……困った人です……。結婚したら、お師様のお財布は私が全部管理しないとですね!」

「そうだなー」

「きー! なんですかっ、その、あり得ない、を言外に含めた言い方はっ! 取りあえず、お金なら、私が持ってます。別に、お師様が働く必要はありません」

「阿呆」


 額を小突く。

 少女は、目をパチクリ。


「―—それはお前が、独り立ちする時の大切な金だ。一応、俺はまだお前の保護者だからな。餓鬼に金は借りれねぇよ」

「私のお金はお師様のお金。お師様の物は全て、血の一滴まで私のですよ?」

「お、おおぅ……さらっと、怖いことを言うなや」

「?」


 きょとん、としている。こ、こいつ、本気で言ってやがるな……。

 頭を掻き、空を見上げる。今日もいい天気だ。


「んーと、お師様が何を気にされてるのか今一分からないんですけど……わっかりましたっ! 貿易都市までの護衛依頼を請けるんですね?」 

「おぅ。で、お前は留守番」

「え? 何ですか? もう、組合に依頼、飛ばしましたよ?」

「…………」


 忘れてたぜ。

 俺の弟子である、このチビッ子魔女が不得手にしているのは、料理と掃除だけ。

 それ以外の能力は、閾値を振り切り、全対応ってことにな。



「お師様??」

「あー。分かった、分かった。ほら、家に戻って、準備すんぞー」

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