第5話 遊び、遊ばれ

 俺に向かって、超高速の光の矢が降り注ぐ。

 なお、当たれば死ぬ。

 と言うか、下手な上級の魔物でも即死する威力。

 最早、何度目になるか分からない「……俺は、何処で育て方を間違えたんだろうなぁ。あの時か? いや、あの時……」という呟きは、空しく虚空へ消えていく。

 仕方なしに長杖を振るい、丁寧に打ち消す。残したりすると、姿を隠した挙句、いきなり襲い掛かってきやがるのだ。師匠の命を何だと思ってやがるのか。

 空中に浮かぶ馬鹿弟子は、喜色満面。口笛を吹きながら、真新しい長杖を振り回している。


「ふっふっふっ~ん♪ 流石、お師様です。今の段取りで殺せない魔法使いは、早々いませんよ☆」

「殺そうとするなっ! あと、その、だな……」

「? 何ですか?? はっ! も、もしや、式の日取りの話ですかっ!? 私は、別に何時でも――何なら、今日だってっ!!

「違うわっ! ……お前も年頃なんだから、もう少し、まともな下着を履け」

「!?」


 空中で、うねうね、していた弟子の動きが急停止。慌てた様子で角度を変え、スカートを押さえる。なお、色気皆無かつ、地味地味な下着だった。まー……餓鬼の頃から、世話してるし、今更、何の感想もねーわな。

 弟子はジト目で見てくるが……知らん。


「……お~し~さ~まぁぁ?」

「大丈夫だ。俺は、幼女に欲情はしねーからな。そして、どーん」 

「!」


 馬鹿弟子の後方より、不可視の空気弾。完全に油断しまくっていたアーデに直撃。当然、分厚い魔法障壁は抜けないが、衝撃は与えられる。そのまま、空気弾を連打。

 地上へ叩き落し、長杖の石突で地面を打つ。

 すると、少女の周囲の地面に八つの精緻な魔法陣が浮かび上がった。

 ―—対真龍用、封印結界。


「こ、これは!? お師様っ、事前に仕込まれていましたねっ! ズルいっ!! 弟子相手に大人気ないっ!!!」

「フハハハハっ。勝てばいいのだぁぁぁ。勝ったら、今後、俺の部屋で夜、寝るのは禁止にするぅぅ」

「! 何て、何て、横暴っ!!」

「負け犬は黙るのだぁぁぁ」


 戯言を抜かしてきた少女を一蹴。起動させる。

 ……少々、高かったが致し方なし。

 何せ俺の貞操がかかっている。ここで、一度叩いておかないと、何れ夜這いをかけられかねん。

 まー幸い、そっち系の教育は意図的に避けて来たから、歳の割にアーデは幼いし、杞憂だとは思うが……イネの例もある。

 あいつも、いつの間にか耳年魔になってたし、用心に用心は重ねておくべきだろう、うん。

 対人相手にはまず、使わない戦略魔法を八つ同時に発動し、馬鹿弟子の動きを封じにかかる。

 普通ならば立っていられず、下手するとこの段階で身体がペチャンコになっているような魔法だ。今回は、借りた訓練場の大きさに比例して密度も増すよう改良したし。

 が……


「くふ……くっふっふっふっ……甘いっ! 温いっ! 軽いっ! こんな程度の魔法では、私のお師様のへの――リストへの想いは止められないのですっ!! どうか、私の想いを受け取ってくださいっ!!!」

「濃いっ 熱いっ! 重いっ! お、お前なぁ……仮にも真龍用なんだぞ? 都市全体を防衛する戦略魔法を八つ同時発動して、普通に受け答えをするなっ!」

「お師様が照れ屋さんなのは知ってるから大丈夫ですっ! それに」


 平然と、結界内で普段通りに振る舞う馬鹿弟子が、長杖に頬をこすりつける。

 卒業祝いに、と思い、特注で作らせた、あいつだけの杖だ。


「―—この杖、とてもよく馴染みます。今までの私と、この杖ありの私じゃ、龍と羽虫くらいの差がありますね、間違いないですっ! な・の・でぇ」

「!」


 アーデが杖を振るう。

 それだけで――結界が半数、吹き飛んだ。お、おおぅ……。

 更に、もう一度振るうと、全ての結界が消滅。

 にっこり、と笑いかけてくる。


「反撃を開始します! 私が勝ったら、今晩も一緒に寝てもらいますからっ!」

「……声がでけぇ。あと、お前は俺を信用し過ぎだ」

「お師様を信じなくて、何を信じるんですか? まさか、神様、とか言わないでくださいね。あいつ等、戦場で会ったら真っ先に潰すべき存在なんですからっ!」

「…………うちの弟子、過激派になっちまってなぁ」

「お師様の弟子ですからねっ!」

「…………」


 額を押さえ、項垂れる。

 過去の俺よ。加減だ。世の中には、加減が必要な時もあることを、どうか覚えておけ。でないと、胃を痛めることになるぞ。石突を再度突く。轟音と土煙。

 杖を振り、目の前の大穴に再生魔法をかけた氷で蓋をする。中から、抗議の声が聞こえる気もするが、気のせいだろう、うん。

 肩を鳴らし、見物人の少女に声をかける。


「イネ、何か飲み物あるか?」

「あるわよ。あんたの大好きな、青りんごのお茶。パンもあるけど、食べる?」

「お、助かるわ。何処ぞのチビ助は、魔法は全部覚えたんだが、料理が……才能ってのは、偏るんだな。はぁぁぁ……生き返るわぁぁ……」 

「……偏ってくんないと、困るわよ」

「ん? 何か言ったか??」

「―—何も。高いわよ」

「ふ……今の俺に金はないっ! さっきの結界で、貯金をおろしたからなっ!!」

「全然効かなかったわね」

「ち、違うっ。ここまでの流れで必要だったんだっ!」

「本音は?」

「真龍用結界を重ねて使ってみたかったっ!」

「……あんたって」


 イネが呆れた様子で俺を見てきた。優しい笑み。

 後方では氷が割れる音。もう少し大人しく出来んのか、あのチビ助は。


「やっぱり、あの子のお師匠様なのね」

「……おい、今の言い方、相当バカにしてただろ?」

「それ以外に聞こえた? もっと、言ってほしいなら」

「……遠慮しとくわ。御馳走さん」


 カップを幼馴染へ渡し、振り返る。

 同時に、氷が粉砕され馬鹿弟子が浮遊。魔女の帽子の下の目はキラキラしている。尻尾でもあったら思いっきり振っていたことだろう。

 

 仕方ない―—もう少し、遊んでやるとするか。

 くれぐれも俺が死なない程度に、な。

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