第4話 日常

「―—と、カッコつけておいて、ど、どうして、あちしを抱えていくにゃ!? 一人で行けばいいにゃっ!」

「はぁ? 仮にもあんたはここの組合長でしょうに。東に問題あらば、東に駆け付け、西に問題あらば、西に飛び、南に馬鹿弟子がいるなら、糧となってくれ。北に外見だけ可愛い組合受付がいれば……あ~うん。精神的に七回位死ぬかも知れねぇけど、死にはしねぇって、多分」

「七回、死んでる、にゃっ!!!! あ、あ、あちしは偉いにょに……とっても、とーっても偉いにょに……」

「はいはい、偉いなー。少なくとも、俺の盾になるもんなー」

「虐待にゃっ!!! 大罪にゃっ!!!!」

「つーか、俺よりも強いだろうが? ――おお! 偉大で、星導連合内にも数える程しかいない大魔法使いであられる組合長様! どうか、どうか、か弱く、儚いこの私めを、馬鹿弟子の加減抜きの暴走と、優しさがない幼馴染の一撃からお救いくださいませ」

「はんっ、にゃ! リストはか弱くもなければ、儚くもないのにゃ。殺したくても殺せない、くらいにしぶといのにゃっ!!」


 ハハハ、この猫め。

 時に言葉は剣や魔法より、人を傷つける武器になることを知らんのか。

 …………べ、別に泣いてねーし? 俺は強い子だし?

 階段下からでも見える魔力の渦が二つ。聞こえてくる破壊音。うへぇ。

 木の箱を空間に仕舞い、首根っこを掴んでる猫を欄干の前に突き出す。


「……リスト」

「いや、ほら、やっぱりここは年長者が治める場面じゃねぇかなーって」

「…………もう、バレてるにゃ。見るにゃ」


 またしても、過酷な現実を告げてきた。……くっ。

 恐る恐る、欄干から覗く。


『(じー)』


 アデルとイネの視線が俺を貫く。猫もニヤニヤ。

 ……はぁ。逃げてぇぇぇぇぇ。

 このまま、全力で逃走してぇ。どうして、あいつ等は仲良く出来ねぇんだ? 気が合わねぇわけじゃないだろうに。買い物とかも一緒に行ってるし。

 溜め息を吐きつつ、二人へ声をかける。


「……おい、毎度毎回、暴れるな。学習機能がついてねーのか、お前ら」

『この子が悪い!!! あと、リストはもっと悪いっ!!!!』


 世の紳士淑女諸氏。覚えておいてほしい、これこそが冤罪ってやつだ。

 俺はこんなにも真っ当に日々、慎ましく生きているというのに……嗚呼! どうして、神はここまで無情か!

 いやまぁ神だしなぁ。あいつら、案外と適当なんだよな。

 黄昏ていると、二人の魔力が増大していく。取りあえず「ししし。ほらほらにゃ。とっとと二人を止めるにゃ。それが、清く正しいルール最恐魔法使い『反神のリスト』のするべき仕事にゃのだから!」とかのたもうている猫を睨みつける。この猫め。後で、クーにあれこれ吹き込んでおくからな。

 再度、深い深い溜め息を吐き、階段を降り始める。

 一段、一段降りる度、魔力が絡みついてきた。逃げねぇって。……多分。

 焦った様子の猫がどうにか俺の手を外そうと、あれこれ魔法を発動しているのを全力で妨害。ハハハ、逃がすわけねーだろうが? 大人しく肉盾となってくれぃ。

 組合長と戯れつつ階段を降り終えると、二人が無言で要求。『こっちへ来い!!』。へーへー。

 一層は、思ったよりも壊れていなかった。1/4壊くらいだ。見たところ、古参連中が多かったようだから、結界の補強をしてくれたんだろう。自衛目的だろうが。笑ってやがるし。

 逆に、遭遇してしまった新米や新顔の魔法使い共は、大半が気絶するか、この世の終わりみたいな顔色になっている。

 のっけから、この二人のじゃれ合いに巻き込まれるとは……不運なんだか、幸運なんだか。怪我人は――出してねぇ、か。

 そういうところは、俺の言うことを守ってんだよなぁ。一度『怪我人出したら、二度と家にはいれない』と言ったのが、余程堪えたのか知らんが。

 空いている左手で頭を掻きつつ、近付いて行く。こらこら、暴れるな肉――こほん、組合長。

 頬を膨らましている馬鹿弟子に尋ねる。


「で、何があった? 端的に言ってみろ、馬鹿弟子」

「この人に『話を聞いてあげてもいいですよ!』って言ったら、『とっとと、巣立ちなさい。しっしっ』って!!! 酷いと思いませんかっ!? 私がいなくなったら、お師様が、お師様が……想像しただけで、恐ろしい! 私は、弟子としてお師様を危険に曝すわけにはいかないんですっ!!!」

「あー分かった、分かった。イネ、お前なぁ……毎度毎回、からかうなよ。こいつは真に受けるの知ってるだろうが?」

「……リストが甘やかすのが悪いんでしょ?」


 二人の視線が訴えてくる。『どっちの味方?』。

 ……飽きねぇのか、こいつらは。今日三度目の溜め息。

 左手を振り、破壊された床やら壁を修復。調度品は一つも壊れてないところが、また何とも。当然、この間も右手の肉盾は前に突き出している。半瞬は凌いでくれるだろうし。

 修復を終えると、猫が情けない声を出した。


「……リストぉ」

「……ガ、ガチで泣くなよ。泣きたいのは俺だぞ?」 


 組合長を離すと、姿が消失。

 ……今回は少しやり過ぎたか。

 と、思っていたら、ひらひら、と紙が二枚降って来た。ん?

 取って確認。こ、こいつは……あ、あ、あの猫、なんつー危険物を。

 と、とっとと処分――気配なく、間合いを詰めた弟子と幼馴染に奪い取られた。お、おいっ! 


「こ、これは」「へぇ……今、凄く人気の観劇券じゃない」


 い、いけねぇ。これは、本当にいけねぇ。

 この後の展開が容易に想像出来る。逃げ――両腕を拘束される。


「……イネさん、離してください。お師――こほん。リストは、私と、一緒に行くんです!」

「! 名前で――リスト、どういうことなの?」

「…………」


 ―—あー、まぁ、これが俺の日常なんだわ。

 なお、劇場には三人で行った。券入手の難易度が高過ぎて笑った。下手な戦場より過酷ってなんなんだよ、オイ。

 改善を要求するぞ、こらぁ。もう一度観たいんだよ、こちとら。

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