第3話 組合長
建物の中に入ると、視線が集中。勿論、左腕にくっ付いている馬鹿弟子にだ。
何時ものことなので、無視して受付へ向かう。
どうやら、新人が多いらしくやけに混んでいる。まー春だしなぁ。
ぼーっとしていると、次々に新人魔法使い達をさばいている受付係の幼馴染―—イネと目が交差。
左腕の馬鹿弟子を見た後、極わずかに目を細め、糾弾してきた。
『どうしようもないのは知ってるけど……幼女に、しかも、自分の娘同然の弟子に手を出すなんて……人間の屑!』
『んなわけあるかっ! ……おい、このくだり、毎回必要か?』
『必要。絶対に必要』
『……さいですか』
瞬時のやり取りの後、満面の笑みを浮かべ直した。こわっ。
見た目は本当に綺麗になったんだがなぁ。キラキラ光る長い金髪、年頃になり一気に女らしくなった肢体。何よりあの美貌。
人気からするとルールの町で一番だろうし。なのに中身が伴わないとは。現実は非情だぜ。涙でてくらぁ。
「む……お師様、今、目で会話されませんでしたか?」
「気のせいだ。気のせい。おーし、弟子よ。お前に重要任務を与える」
「嫌です」
「ぐっ……聞く前から拒否は止めろ。なーに、悪い話じゃ」
「い・や・で・す! どーせ、列に並んで、泥棒猫さんと話をしろ、とかって言うんですよね? そうですよね??」
「惜しい。むしろ、お前が話を聞く側だな」
「私が?」
きょとん、と見つめてくる。こういう所は、年相応なんだがなぁ。
頭を乱暴に撫でまわし、告げる。
「そーだ。きっと、あいつにも色々な悩みがある。それをお前が聞いてやれば」
「聞ければ?」
「……精神的優位に立てるだろう?」
「! わ、私があの人の上に?」
「ああ、そうだ。お前は今まで、あいつ相手に真正面から挑み過ぎていた。が……それは自殺行為。しかし、しかし、だ。相手の弱みを握った上でなら、どうだ?」
「―—勝てる! 勝てますっ!! この数年間の屈辱を、利子をつけて叩き返すのは、今!!!」
「流石、俺の弟子だ。ちょ――……天才だな。よし、それじゃここは任すぞ。終わったら、座って待ってろ」
「はいっ!」
幻想の勝利に心を震わしている弟子の姿。
……こいつ、こんなに騙されやすくて大丈夫なんだろうか。いやまぁ、企てだろうが、罠だろうが、中から全部灰にするし、関係ないか。
今一度、受付の方へ視線を向けると、目の前の新人を応対しつつ、半瞬だけジト目。器用だわな、こいつも。
軽く手を振り、列を離れ、弟子の頭を一撫で。
「よーし、それじゃな。すぐ戻る」
「はーい♪」
※※※
建物最上階にある、組合長室へノック無しに入る。
「ほれ、来た…………失礼しました」
「ま、待つのにゃ!!!!」
「えー」
「えー、じゃないのにゃっ!!! ほ、ほら、扉を閉めるのにゃっ!!!!」
「仕方ねぇなぁ」
渋々、重厚な木製扉を閉め、今、破った結界魔法も修復。
置かれている椅子へ足を組み腰かける。
組合長も魔法衣姿になり、おすまし顔で着席。ただし、髭で動揺は丸わかり。
「で? 今の映像、何と交換します??」
「き、汚いのにゃっ! というか、竜の息吹も防ぐ結界を、あちしに気付かれず破るとは……嗚呼、惜しい。惜しいのにゃ。何故、神はリストに小匙一杯の良識を与えなかったのにゃっ……」
「御託はそんな程度で? いやぁ、まさかいきなり、昔の学生服を着てる組合長を見せられるとは。大丈夫ですって。尾っぽが五つある羽根つき年増な白猫姿。かつ、幾十年前の制服を着こなす大魔法使い――色々な筋に売れますって」
「売るにゃっ! あ、あちしはこれでも偉いのにゃっ!! あと、年増でもないのにゃっ!!! 子猫」
「と、クーに伝えても?」
「ギギギ……リストは昔から、そうだにゃっ! アーデに手を出した後は――間に合ってるのにゃ」
「あーあー。な~んか、今から首府へ行きたくなってきたわー。よし、善は急げだー。行ってきますね。では☆」
「待つのにゃ!!! ……ええぃ! 持っていけばいいにゃっ!!」
そう叫ぶと、組合長は何もない空間から、長い木の箱を取り出し俺へ投げ渡してきた。
中身を確認――ん。良いか。立ち上がり、深々と頭を下げる。
「ありがとうございます。確かに」
「……アーデは、結局、首府へ――星導学院へは行かないのにゃ?」
「ええ。強引には難しそうなんで、少し時間をください」
「……あれ以上、極めさす必要はあるのかにゃ? 現段階でも大陸有数だにゃ」
「が、頂点ではない。そして、あいつにはそこに到るだけの才がある。ならば」
頭を上げ、疲れた様子の白猫に微笑みかける。
箱を空間へ仕舞う。
「そこへあいつを導きたいじゃないですか」
「……リストは過保護なのか、厳しいのか、分からないのにゃ。ま、いいにゃ。アーデのことは、あちしの管轄外。首府の星巫女様もそう言ってたのにゃ!」
「!? ……その話、初耳だが?」
「ちっちっちっ、甘いのにゃ。最早、この件、対外的には内堀まで埋めて、三の丸まで潰している状態なのにゃ!」
「!!?! 謀ったなっ! この猫擬き!!」
「安心するのにゃ。二の丸は――難攻不落。早々落とせないのにゃ。でもぉ? あちし、うっかり、口を滑らしてしまいそうにゃぁ。『独占じゃなく、分け合えばいいのにゃ★』って」
「き、汚い……汚すぎるっ。それが、ルール最高の魔法使いの言うことかよっ!」
「勝てばいいのにゃ♪」
「…………映像を渡す」
「流出したら、リストの家の鍵をイネへ渡すにゃ」
「? それは渡してあっけど?? あいつが、餓鬼の頃から」
「!? ……無自覚は死んだ方がいいにゃ。いっそ、今、ここで――! リスト」
「あー」
下層部からとんでもない魔力。馬鹿弟子と幼馴染。
苦笑しつつ、再度頭を下げる。
「頼んでいた品物、確かに。止めてきますよ。ここがなくならない内に、ね」
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