第2話 散歩

「ふっふっふ~♪」

「……おい、馬鹿弟子。歩きながら変な歌を歌うな。歌ってもいいが」

「いいが?」

「俺が見えない位置で歌え。身内に思われないように」

「いやです! お師様の腕は私のもの! たとえ、皇帝だろうと、組合長だろうと、否定する人は、塵殺、むぐっ」

「声がで・け・えっ!」


 通りに響き渡る程の大声で、危ない台詞を発した馬鹿弟子の口を右手で抑え付け、周囲を見渡す。

 頭が固い、騎士やら役人やら組合員はいねぇな? 

 聞かれてると面倒事になりかねねぇ。勿論、俺だけに降りかかる。あいつら、何でか、馬鹿弟子を本気で崇拝していやがるしなぁ。『神子の再来』? はっ。

 ……どうやら、いねぇようだ。

 通りを歩いていた顔馴染み達は『ああ、またか。今日もいい天気だ』という顔をしていやがる。そして、男女問わず、俺の肩を叩き去って行く。お前らなぁ……。

 そう言えば、馬鹿弟子が抵抗しねぇな。

 見やると、ぺろり。


「ひゃっ!」

「あら、可愛い悲鳴。お師様にはそっちの才能もありますよね」

「…………知るかっ! あと、なめるな」

「えー」 

「えー、じゃないっ! ったく」


 馬鹿弟子の口から手を離し、歩き始める。すぐさま左腕が捕獲された。これを拒否すると、全力で泣くので黙認。

 朝っぱらから都市一つが消し飛ぶ危険を防いでいる時点で、ここで暮らしてる連中は、俺に感謝すべきだと思う。出来れば、金銭で。

 前、その話を組合長にしたら、満面の笑みを向けられた挙句、説教をくらったけれども。

 曰く『弟子を教え導くは師匠の務めであり、そこにあるのは無償の愛なのにゃ―—そもそも、リストが育てたんだから、最後まで責任をもつのにゃ。あちしに迷惑をかけるのは厳禁なのにゃ。理解したかにゃ? 理解出来ないのにゃら、今晩中に首府へ貴方とアーデを送るにゃ! そうすれば、あちしは平和になり、近所のクー様ともお近づきになれるのにゃっ!! そうに違いないのにゃっ!!!』。

 ……あの年齢不詳の謎生物めっ。

 猫なんだか、獣人なんだか、妖精なんだか、はっきりしろ。つーか、てめぇだけを幸せにさせてなるものか。クーには早めに、嫁を見つけてやらねーとなぁ。

 くっくっくっ、目にもの……左袖を引っ張られた。

 見ると、チビ助がむくれている。


「……お師様、こんなに、綺麗で、可愛らしくて、優しくて、愛らしい女の子と一緒に歩いているのに、他のことを考えていますね? 駄目です! 駄目駄目です! 減点です! ほら、私とお話しましょう! そうしましょう!」

「阿呆。今更、お前と話す事なんて、そんなに――……ん? おお、そうか! そうかそうか。ようやく、首府へ行く気になったんだな。こいつはめでてぇ。よし、早速、手続きをだな」 

「―—うふ♪ うふふ♪ ……分かりました。お師様のお気持ちはよーく、分かりました。戦争ですね☆」

「待て待て待て。笑顔で、都市攻撃用魔法を並べるな。一発でも暴発したら、地形が変わるだろうが」

「大丈夫です。これは、天誅。そう、天誅です。神様も許してくださいます。許してくれなかったら、無理矢理言うことを聞かせます」


 本気なんだよなぁ。下手な神とか精霊とか屈服しそうで怖い。

 ……昔の可愛い天使は何処。はぁ。

 溜め息をつきつつ、頭を乱暴に撫でまわす。


「馬鹿弟子、やめぃ」

「そ、そうやって、撫でれば、物事が解決すると思ってますね? つーん! 私だって、何時までも子供じゃありません。そう簡単に許さないんですからっ」 

「ほ~」

「ほ、本当です」

「ほほ~」

「うぅぅぅ……お師様のバカ。あと、私のことは」

「アーデ、少しは大人しくしろ、な?」

「! うぅぅぅぅ!! ……リストのバカ。意地悪。大好き」


 アーデは俺の左腕を、折れよ! とばかりに、力いっぱい抱きしめてきた。

 ……うん、少し手加減をしような。ほれ、骨が軋んでるだろうが?

 あと、お前に抱きしめられても、柔らかさがあまり感じ


「―—……お師様☆」 

「もう少し、胸をだな」

「遺言はそれでよろしいんですか?」


※※※


 毎度のやりとりを続けつつ、大通りを進んでいると目的地―—白亜の建物が見えて来た。

 俺達が拠点にしている都市ルールは、星導連合西方の中心都市で、大陸有数の大都市でもある。

 なので、魔法使い組合が使っている建物も都市に比例して巨大だ。総督府よりも立派かつ、警備も厳重。組合長はぶっちゃっけ、西方で一番の重要人物だろう。

 ……ああ、うん。嘘を言った。

 一番の重要人物は俺の左腕にくっいている、銀髪金目のチビ助だわな。


「? お師様、どうした――はっ! も、もしや、サインしてくれる気に」

「ならねーなぁ。せめて、もう少し」 

「口にされたら、手加減出来ませんよ?」

「落ち着け、落ち着け。ほれ、お前は?」

「成長期です!」

「未来は?」

「薔薇色です!!」

「首府には?」

「行きませんっ!!! 教会には」

「クーの結婚式には行く」

「……お師様のいけず! あれ? クーさん、御結婚されるんですか??」

「ん? ああ、近日中になー」

「わぁ♪ おめでたいですね」


 年相応に笑顔を浮かべるアーデは可愛いんだがなぁ。どうして、こうなったんだか。昔の俺よ、何でもかんでも、教えるのは自分の首を絞めるぞ。気を付けろよ? 禁呪とか、未解読だった魔法とか、嬉々として教えるのはお勧めせん。全部、覚えやがるからな?

 俺達のやり取りを見ていた、組合の入り口を守っている警護の組合員達の表情は蒼白。

 いやまぁ、馬鹿弟子が撒き散らした魔力を感知したら、分からんでもない。天災の前で人は無力だし。ま、いっか。


「ほれ、いくぞー」

「はーい。お師様、今日は、何の御用があるんですか??」

「んー、お前の」

「首府には、い・き・ま・せ・ん!」

「……最後まで聞け。ま、後で分かるだろ」

「あーあー。私達の間で秘密はなしですよ? だって、ほら――す、すぐに、ふ、夫婦に、むぐっ」

「声がでけぇんだよっ、馬鹿弟子がっ!」

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