第1話 朝の風景
早朝、腕の痛さで目が覚めた。
見やると左腕を、これでもかっ! と抱きしめている馬鹿弟子の姿。薄着―—つーか、それ、俺の白シャツ。しかも高いやつじゃねーかっ!―—にも関わらず、柔らかさは感じず、骨の固さなのが物悲しい。
どうにか、抜こうとするも、抜けない。溜め息をつき、無理矢理引き抜く。
「! !? ……あ、おしさまだぁ。うへへ……」
「寝言も可愛くねーのな、お前は。と言うか、何故に俺のベッドで寝て――ああ、いい。まだ寝てろ」
「ふぁーい」
寝ぼけ眼の弟子にして、俺が戦場で拾った少女は、ぱたり、とベッドに倒れた。腹が見えていたので、シャツを戻しつつブランケットをかける。よし。これで、当分は起きねぇだろう。
静穏魔法を発動させ音を殺し、部屋を出て、洗面所へ。
顔を洗い、歯を磨いて、髭を剃る。
鏡で確認――まーこんなもんだろう。
キッチンでパンを焼きつつ、卵と野菜でちゃっちゃっと簡単な朝食をつくり、食べ始める。
急がねぇと……二度寝した以上、早々起きないと思うが、馬鹿弟子は、俺に関することだと、異常なまでに勘が働く謎生物。
『全ては愛ゆえです! そう、溢れんばかりの愛!! なので、そろそろ、次の段階に進んでもいいと思います!!!』
『残念ながら、俺に幼女趣味はねぇなぁ』
『! お師様ともあろう方が、何たる情けない言い草です! いいですか? 胸なんて飾り、そう、飾りです! 冬眠用の脂肪を貯め込んでいるだけ。私は熊ではないので、不要なのです』
『そっか。まーそういう意見もあらーな。だが、しかし……! 俺は、胸は適度にある女が好きだ』
『う~お師様のいけず!』
字面だけを読めば、可愛く感じるだろうさ。
ただ、な……考えてみてくれ。都市攻撃用戦略魔法が数個並べつつの台詞なんだぜ、これ? 普通に考えたら脅迫だっての。
ま。屈するほど、ヘタレ野郎でもねーが。
ん~。少し、サラダに塩分が欲しかったか。
「はい、どうぞ」
「ん? おお、わりぃな。あんがと――……」
「どういたしまして。おはようございます、お師様」
「……おはようさん。チビ助、お前、さっきまで寝てただろうが? ほれ、とっとと三度寝してこい。怒らねぇからよ」
「…………」
「チビ助?」
「…………」
「あー――……アーデ?」
「つーん! お師様は間違ってます。こんなに可愛い女の子が、隣で寝ているのに手を出さないなんて、変です。おかしいです。もっと、積極的になるべきです! あと、何時もは容赦なく叩き起こすのに、どーして、今日は三度寝容認なんですか? お髭まで剃って! ……お師様、私に何か隠し事されていませんか?」
「ねーねー。隠し事なんかするはずもねー。あと、可愛いのは同意してやってもいいが、手を出せっててもなぁ……何せ、俺はお前の寝小便を片付けたことも、むぐっ」
「ななななななな。何を言ってるんですかっ! そそそそそそそんな、昔々の話を持ち出さないでくださいっ!! だ、第一、あれは、お師様が夜中の墓地で怖い話を延々したからじゃないですか! 冤罪ですっ!!」
「いやほら、俺ってば、身体で覚えさせる方だし?」
「理由になると思っているんですか! もうっ! お師様のバカ!! いやらしいっ!!!」
頬を思いっきり膨らました馬鹿弟子が、パン籠を抱え席を立つ。どうやら、パンを齧りつつ、三度寝と洒落込むらしい。
「寝ながら食うと、太るぞー」
「女の子に何たる言い草ですか! 私は、成長期なので平気なんですぅー」
「……そうか」
「―—お師様、それ以上、何かを口にされたら、容赦しませんよ?」
軽く両手を掲げ、降伏の意。
それを確認し少女は寝室へ。扉が閉まる音。
……どうやら、騙せたようだ。
パンを齧り、すっかり冷めてしまったオムレツとサラダをかきこむ。
テーブルの上を片付け、皿を洗い――再度確認。良し、馬鹿弟子は寝室にいやがるな。
迂闊に魔法を使うとバレる危険性が高まる。あえて、普段の生活音を出しながら、部屋の隅へ。
隠しておいた布袋を取り出し、魔法士のローブを取り出す。
寝間着から着替え、姿見で確認。ん、大丈夫だろう。
―—再々確認。
よし、まだ、食べてやがる。
くっくっくっ……パン籠の中に、あいつの大好物である野苺のジャムを入れておいたからな。一度、食べ始めたが最後、食べ終わるまでは止まるまい。
貴重なジャムの犠牲、無駄にはしない! さ、魔法使いの組合へ行かんと。
ここで突然、音を消せば、即座に察知。
『お師様! ど・こ・へ行かれるんですか! 私も、私も、わ~た~し~も~、一緒に行きます! ほら? 私はリ、リストのお嫁―—……うへへへ』
……育てた仮親の贔屓目も多少あるとはいえ、顔はとんでもない美形なのだ。歳の割にガキっぽいし、胸も尻もねーが。
でもなぁ、美少女が『うへへ』はなぁ。遺憾の意を表明したい。
普段通りの音を出しつつ、全神経を使って、音響魔法を静穏発動。俺の生活音を発生させつつ、俺は抜き足、差し足。玄関へ。
あいつを連れてくと、事が大きくなりやがるしな。あと、いらんことを口にした挙句、俺への風評被害が発生する可能性大。『幼女趣味』じゃない、と叫ぶのはもう勘弁願いたい。
―—もう少し、後数歩。
ドアノブに手をかける。よし。今日は、今日こそは成功だ。
玄関を開け
「お師様、良い天気ですね。さ、行きましょう♪」
そこにいたのは、お揃いの魔法士姿をした弟子の姿。容赦なく、腕に抱き着いて来る。ほっぺには、ジャム。
……あー、みなまで言ってくれるな。毎回のことだからな、これ。
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