育てた弟子に捕まった、魔法使い(俺)の物語

七野りく

プロローグ

 わざわざこの日の為に大枚をはたいて借りた、地方都市ルールの魔法演習場は穴だらけになりつつあった。

 理由は何でかって?

 そりゃ、お前……俺の目の前で、身長よりも遥かに長い杖を構え、大きな魔女の黒帽子を被っている弟子が口を開いた。声色は極寒。


「……お師様、真面目にやってください。まさか、この程度が実力、とは言わせません」

「前々から思ってたが、俺のことを買い被り過ぎだ。これくらいだって」 

「また、そうやって嘘を! 今日は、私の卒業試験なんですよ? 最後くらい」

「―—隙ありだ」

「!?」


 弟子の直下から、数百を超える鋼鉄の鎖を発生させ拘束。

 同時に上空より竜巻を発生させ、叩きつける。

 手加減は無し。俺の弟子ならこの程度、防げて当然。

 ……怪我してねぇよな? 

 一応、危ない場合は、勝手に止まるよう魔法を組んでるし、大丈夫だと――左へ全力で跳躍。

 直後、次々と氷の棘が俺に襲い掛かってくる。当たれば、間違いなく死ぬ。

 な、なんつー弟子だっ! 

 師匠を敬い、最大限の手加減をするっていう忖度を知らねぇのかよっ!?

 罵声を漏らしつつ、炎波を発生させ迎撃。拮抗。ふぅ。

 

 …………待て、拮抗?

 

 俺とあいつの魔法が?? 魔力量が三桁は違うのに???

 腰に下げている片手剣を抜き放ち、後方より振り下ろされた、弟子の長杖―—複合属性を帯び長槍と化している、それをどうにか受ける。間に合わなかったら、両断されていた。

 帽子下の金色の瞳には喜悦。よーろーこーぶーなぁぁぁ!!!


「流石、お師様です。今の流れで殺せないとは」

「単語! 単語がおかしいっ!! 戦場で拾って、十六まで育てた仮親を、卒業試験にかこつけて、殺そうとするなっ、馬鹿弟子!!!」 

「大丈夫です。死んだら召喚してあげます」

「…………親の顔が見て、みたいっ」

「目の前にいます」

「俺は、そんな子に育てた、覚えはねぇ、なっ!」


 切り返し、距離を取る。

 ―—激しく後悔。

 弟子は、魔力にモノを言わせ上級魔法を十数展開。火力戦は不利に過ぎる。

 状況打開が可能か、腕組みをして思考。

 ……これ、無理じゃね? 

 剣を納め、両手を挙げる。怪訝そうに弟子が問いかけてくる。


「……どういうつもりですか?」 

「まいった。お前の勝ちだ。お前はもう一人前だ。これからは好きに生きな。―—卒業、おめでとう」

「…………」


 魔法を消し、とことこ、と弟子が近付いてきた。

 帽子に隠れ表情は見えない。ただし、長い銀髪は不満そうに揺れている。

 十六歳にしては、まだまだ背も低いし幼児体形。顔は仮親の俺が言うのもなんだが、美形なのに残念―—ずいっと、背伸びをし弟子が俺を睨んできた。


「……本当に、これで卒業なんですか?」 

「ん? ああ。少なくとも、俺に教えられることはもうねぇな。魔法を極めたいなら、手紙を書いてやっから、連邦首府にでも」

「そういうことを言ってるんじゃありません! ……私が首府に行ったらお師様はどうされるんですか?」

「変わらねぇよ。ルールを拠点にしつつ、時折、隊商護衛の仕事やらを請け負いつつ、のんびりと」 

「―—……駄目です」

「あん?」 

「駄目ですっ!! ……約束」

「??」

「お師様は、私と約束はしましたっ!!! 私が、お師様より強くなったら――……」


 そこで、弟子の言葉は小さくなった。ぼそぼそ、と何かを呟いているが、聞こえない。

 約束なぁ……こいつを戦場で気紛れに拾ったのは五歳の時。

 餓鬼だったし、俺も十代で若かったから、適当な約束を幾つかしたのかもしれん。覚えてないが。

 ―—突然、小さな手に襟元を引っ張られた。


「…………」

「チビ助?」

「……お師様は。私にこう約束しました。『お前が俺より強くなったら、何でも言うことをきいてやるよ。ま、ないがな』」

「お、おおぅ……だ、だけど、それはお前が小さい頃の」

「書面もあります。これです」


 そう言うと、弟子は片時も離さずに胸元に下げていた小袋から古い紙を取り出し、俺に見せてきた。

 ―—うわ、マジか。

 

「…………おい」

「言うこと聞いてもらいます。正当な権利です」 

「はぁ……分かった。で、何をしてほしいんだ? あ、死ね、とかは勘弁だからな?」

「簡単なことです。とても、簡単なことです――これにサインをお願いします」

「ん? 何々…………」


 即座に逃走を試みるも、両手両足には不可視の鎖で拘束されていた。込められている魔力が尋常じゃない。

 弟子の瞳が妖しく光る。


「さ、書いてください。私の署名は終わっています。後はお師様が――リ、リストが名前を書いてくれれば、晴れて私達は、ふふふ夫婦です!」

「ま、待てっ! お、落ち着けっ!!」

「いーえ、待ちません。むしろ、今日まで待った私の忍耐力を褒め称えるべきです。……それとも、嫌、なんですか?」

「嫌とか、そういう話じゃ」

「なら――試してください」

「試す、だって?」

「はい。今から、一年間はお試し期間。その一年間で私は、私を娘じゃなく、一人の女性として好きになってもらいます。もし、駄目だったら」

「……潔く、諦めて首府に行くんだな?」

「はい――諦めて、監禁洗脳に切り替えます」

「おおぃっ!」


 娘であり、弟子の思考に本気で戦慄。あどけない笑みを浮かべていやがるが……こいつは本気だ。

 かと言って、この場から逃れる術もなし。 

 ……何処で、育て方を間違えたんだかなぁ。

 嘆息しつつ、両手を挙げる。


「…………分かった。一年な。ただし、書類にサインはしない!」 

「仕方ありません。妥協します。では、取りあえず今日のお願いです」

「……『今日の』?」

「当然です。お師様は、回数制限を述べられていませんでしたから。回数は無限と判断します」

「うぐっ」

「以後、私ことは『アーデ』と。弟子やチビ助は禁止です!」

「? なんだ、そんなことか。分かったよ――アーデ」

「!!! わわ分かれば、その、いいんです……」


 アーデは顔を伏せ押し黙ってしまった。

 変な弟子だ。いや、前からか。

 ―—こうして、俺は拾い育てた弟子に捕まったのだった。

 これは、俺と弟子が過ごした一年間の話だ。ま、派手な話は大してないが、少しの間、付き合ってくれるとありがたい。

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