第8話 商館

「お師様、あれじゃないですか?」

「ん? お~。すげぇな。あの赤煉瓦、舶来品だぞ」

「へーそうなんですね。ま、どうでもいいですけど。えへへ♪」


 チビ助が俺の腕をがっちりと掴みつつ、片手で赤煉瓦が目を引く商館を指差した。周囲に人気はなく、重厚な扉前に番兵が二人いるだけ。

 まぁ、都市の中心部からは大分離れてるし、南は金持ちか、大商人しかいねぇ地区だしなぁ。

 馬鹿弟子は、何が嬉しいのか、組合を出てからずっと上機嫌だ。

 額を指で打つ。


「てぃ」

「いたーいっ! お師様っ! 可愛い可愛い弟子兼未来の妻☆の額に何をするんですかっ」

「チビで頭がお花畑な我が弟子よ、首府から来たお偉いさんは何て言ってきたんだ?」

「う~……七杖しちじょうとして、迎え入れたい、とのことでした」

「お~凄いじゃねぇか。七杖は、連邦の魔法使いとしては最高位。その歳で任官したら、歴史に名前を残すことにならーな。めでたい。今晩はお祝いだな!」

「お・し・さ・まぁぁぁ……? 分かってて、言ってますねっ! はんっ! 七杖がなんですかっ!! そんなもの、お師様の隣にいる権利に比べたら、ゴミですゴミ!!! それとも……わ、私と一緒になって、首府へ来て」

「うん、行かねぇ」

「…………うふ★」

「お、おおうっ! ア、アーデ、人間の関節はそっちに曲がるようには出来てねぇ、からな?」


 肘の関節があらぬ方向に曲げられそうになったので、流石に止める。俺の弟子は、魔法だけでなく、近接格闘戦もお手の物なのだ。教えた馬鹿の顔が見てみたいぜ。そして、こう言ってやりたい。『いいか、馬鹿者。教えたら教えただけ、全部覚えるからって、何から何まで教えるんじゃねぇ。何れ、自分の首を絞めることになるからな? あと、イネに滅茶苦茶怒られる。下手な龍より怖いぞ、あいつは』。

 アーデが俺の腕に再度、抱き着き唇を尖らせる。


「ふんだっ! まったくお師様は酷い人です。そんなお師様を好きになる女の子なんて、世界で私くらいなのに。はぁ……どうして、分かってくれないんですかっ! そろそろ、監禁調教に切り替えますよ?」

「さらっと危ないことを言うな。ほれ、離せ」

「嫌です」

「……これから、依頼主に会うんだぞ? お前も、一応十六になるんだ。少しは恥じらいをだな」

「い・や・で・すっ! それ以上、言うなら、私にも考えがあります」


 金色の瞳が狂気を帯び、頬は薄く赤らんだ。

 ……本当に過去の俺よ。戦闘技術やらを教える前に、もっと大切なことを教えとけよ。

 俺の腕を掴んでいる、手に触れる。


「馬鹿弟子」

「何ですか? 今更、後悔しても遅いです。どうしても、離れろ、と仰るならば、鎖で繋いで、それで、それで……そこから先は、ベッドの上聞きます」

「手」

「! え、ええ?」

「何だ、繋ぎたくねーのか?」

「繋ぎます! 繋ぎますっ!! 繋ぎまーすっ!!!」 


 即座に方針を変更し、手を繋いで来た。満面の笑み。こういうところは昔から何一つ変わらねぇわなぁ。


「よし、行くぞ、チビ助」 

「は~い♪」


 屋敷の入口へ向かうと番兵が訝し気な表情で俺達を見て来た。

 まぁ、一人は安い魔法士姿。弟子は私服。変な組み合わせだ。無理もねぇ。


「あ~……組合に出してた依頼を見て来た者なんだが……依頼主に取り次いでもらえるか?」

「お前が?」「とてもそうは見えないが」

「む……お師様の悪口は、むぐっ」

「馬鹿弟子、少し黙ってろ。そうだなぁ……証明するもんはねーから『千魔』と『月銀』が依頼を請けたいって、伝えてくれ」 

『!?』


 番兵達が目を見開き、ガタガタと震え始めた。いや、そこまで、怯えんでも。はぁ……弟子を睨む。


「馬鹿弟子、見ろ。お前が色々とやり過ぎたせいで、こんな風になってんだぞ。申し開きはあるか?」

「ぷはっ。え、冤罪です! どう考えても、お師様を怖がってられるんですっ!! さっき会った、えーっと……名前は忘れちゃましたけど、首府から来た人達も『私を無理矢理、連れて行こうとしたら、『千魔』の逆鱗に触れますよ! どうなっても知りませんからねっ!!』って言ったら、青褪めて、涙目になってましたっ! お師様、昔、何をしたんですか?」

「…………若いって、後先考えねーからさ。いや、俺は今でも若いが。で、伝えてくれんのか?」

「あ、ああ」「す、すぐに伝える。だ、だから、命だけはっ!」

「分かった分かった。とっとと、伝えてくれ」


 番兵達は、脱兎の勢いで商館内へ駈け込んでいった。

 ――空を見上げる。あー今日も、青いぜ。


「お師様、現実逃避しても、現実は変わりませんよ? 現実を変えるのは、行動のみ! 具体的に言えば、さ、私と結婚を」

「……お子様下着はなぁ」

「ち、違いますっ! わ、私は、ま、まだ本気を出してないだけなんですっ!! ど、どうせ、イネさんだって、似たような下着の筈です!」

「…………そうだな」 

「! な、なんですか、その間は。まるで、見たことがあるような……お師様」

「あーあーあー。あいつら、帰ってこねーなー。もし、依頼を請けれなかったら、どーっすかなー」

「露骨に話を逸らさないでくださいっ! ど・う・し・てっ! イネさんの下着を知ってるんですかっ! 浮気……浮気ですかっ!? 酷いっ。私は遊びだったんですねっ」

「人聞きが悪いっ! つーかなぁ……イネは俺の妹みたいなもんだぞ? 餓鬼の頃から知ってるんだ。お前も、何だかんだ仲良いだろうが」

「……それは、まぁ、そうですが……」


 不服気なチビ助。昔、イネもこんな顔してたわな。懐かしい。最近じゃ、より小悪魔方面に――扉が開いた。出て来たのは、スーツ姿が良く似合っている初老の紳士。


「お待たせいたしました。会頭がお会いになるとのことです。どうぞこちらへ」

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