第9話 依頼
通された客間は見事なものだった。置いてある調度品も逸品揃い。
流石はルールでも有数の名士である、老アルフレッドの商館ってとこか。
隣に座る少女が、指差し叫ぶ。
「わーわー。お師様、あの花瓶、旧瑞穂皇国の物ですよ! 首府の美術館でも中々、お目にかかれないのに、凄いですね!」
「馬鹿弟子、少しは大人しくしろ。これは、仕事だぞ?」
「私は、仕事じゃなくて付き添いですから☆」
「よーし、静かにするか、今すぐ首府へ行くか、どっちに」
「アーデはいい子なので、静かにしますっ!」
「よろしい。そんなお前には、俺の分の茶菓子もやろう」
「わ~い。優しいお師様、好きです! 大好きですっ!! 結婚してくださいっ!!!」
「断る。ほれ、喰え」
「む~。お師様はいけずです」
と、頬を膨らましながらも、俺が渡した焼き菓子にかぶりつくと、目を見開き、視線。『これ、すっっごい、美味しいですよ! 何なんですか!?』。
……だろうよ。
それ、首府で一番有名な菓子屋の最高級品だし。首府の神巫女様のとこで、見たことあるわな。余りの美味さに、何個かがめたなぁ……懐かしいぜ。
にしても、こんな物を茶菓子に出してきて――この紅茶も、おそらく特級茶葉。 番兵に言った俺達の名乗りが効いてやがるとしても、幾ら何でも、ってやつだ。
……退くか?
隣で目を輝かせて、茶菓子をぱくついている弟子を見やる。
俺一人ならともかくこいつもいる。下手な案件を請けるのはなぁ。経歴に傷をつけるようなことになるのは避けてやらねぇと。
よし、そうと決まれば――重厚な木製の扉が開いた。入って来たのは、仕立てのいいスーツを着こなしている白髪の老紳士と、その足にしがみつき、俺達を見ている帽子を被ったチビ助。髪は短い黒髪で、瞳は淡い茶色。見るからに気弱そうだ。
正直、男か女かは分からない。分からないが……イネとアーデの餓鬼の頃に似てらーな。立ち上がり、軽く会釈。
老紳士が口を開いた。
「お待たせして申し訳ない。私が、依頼をさせていただいたアルフレッドです」
「リストだ。で、茶菓子を喰い尽くしていやがるのが、馬鹿弟子のアーデ」
「む! お師様、可愛い可愛い、が抜けています! それと、他人様の前で、馬鹿弟子はやめてくださいっ!!」
「ひぅ」
アーデの声に、チビ助が身を竦め、小さな声を発した。
隣の馬鹿弟子の頭を押さえつつ、軽く手を振る。
「ああ、気にしないでくれ。害はない。基本的には」
「理解しております。御二方の盛名、かねがね。よもや、貴方方が依頼を請けてくださるとは……これも、何かの縁なのでしょう。神とは言いませぬが」
「同感だ。戦場で何度かやり合ったが、あいつらはそんな可愛い存在じゃない。座ってもいいかい?」
「どうぞ、おかけください」
ニヤリ、とお互い笑い合う。この爺さん、話は分かる相手のようだ。
「ふわ……お、お師様……久方ぶりにカッコいいです……」。お前の師匠は、何時何時だってカッコいいだろうが?
びくびく、しながらチビ助も爺さんの隣へ着席。極度に緊張している。
爺さんと血が繋がっているようには見えないが……さて。
「俺達は年中暇だが、あんたは忙しいだろ? とっとと本題に入ろうぜ。今回の依頼内容を聞きたい」
「私は、もう楽隠居。時間は幾らでもございます。取りあえず、御茶菓子の追加を持ってこさせましょうか?」
「お願い」「本題が先だ」
食い意地が張っている馬鹿弟子の視線が突き刺さる。後だ後。
……分かった。分かったから、テーブルの下で、蹴るのは止めぃ! ったく。
俺達の様子を興味深そうに眺めていた老紳士へ先を促す。
「簡単な依頼です。この子は、私の旧き友人の孫なのですが、仔細ありまして、私が今日まで養育しておりました。しかしこの度、この子の父親が故郷へ戻ることになりまして。御二方には、この子を交易都市まで送り届けてもらいたいのです」「依頼には『商品』の移送、とあったが?」
「間違っておりません。この子に、友人宛の品も持たせておりますれば」
「単刀直入に聞く」
肘をテーブルに乗せ、頬杖をつき、眼光を飛ばす。
「あ! 悪ぶってるお師様です!! でも、相変わらず全然怖くありませんっ!!!」。馬鹿弟子、お前、明日から午後のおやつ抜きな。
「ここまで来ておいて悪いんだが、もし危ない話が絡んでいるなら、他を当たってくれ」
「危ない話、でございますか? 例えば、どのような?」
「その、あー」
「チヒロ、と申します」
「……チヒロが某国の姫さんとか」
「いいえ。我が旧友は、遠き東国から来た旅人。そのような社会的身分ではございません」
「……なら、何処ぞの精霊降りとか」
「魔法は簡単な生活魔法のみ使える程度です」
「……古に竜の血が入ってるとか」
「ほぉ? そのような事例があるのですか?」
……おかしい。
今までは、だいたいその三つに引っ掛かったんだが。
「お師様、お姫様のお話、私、知りませんよ?」だって、話してねーしな。
老紳士に向き直る。
「――……なら、ますます分からない。交易都市までなら、あんたのとこの護衛隊で十分な筈だ。あの条件で組合に出せば、依頼を請けるのは相当な連中だけ。過剰にも程があると思うが?」
「『千魔』のリスト殿であれば、私のお気持ち、お分かりいただけるのでは?」
ほんの微かにアーデを見た後、にこやかな笑みを向けてきた。
あ~……なるほど。理解した。
紅茶を一口。
「確かに、な。それじゃ仕方ねぇ。分かった、請ける。行き、だけでいいんだな?」
「はい、行きだけで」
視線が合う。軽く頷き紅茶を飲み干す。
状況についていけてないチビ助と、頬を膨らましている馬鹿弟子を促す。
「うし、それじゃ行くか、交易都市ハンザへ」
育てた弟子に捕まった、魔法使い(俺)の物語 七野りく @yukinagi
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