戦の準備と川俣親子の来訪

 梅雨明けの長島一向一揆攻めに向けて、当家は戦支度を始めている。東美濃の防衛は長野信濃守に任せ、軍の主力と主要な将校たちは鳥羽へと移していた。

 わし自身も、鳥羽にて政務を執り行い、長島一向一揆攻めに備えているところだ。


 当家の主要な指揮官である川俣十郎もまた、長島一向一揆攻めのために、楠城から呼び寄せることにした。川俣十郎は実家の楠城に帰っていた際、長島一向一揆勢と戦っており、その経験は今度の戦に活かすことが出来るだろう。

 楠城の川俣十郎へ書状を出したところ、書状を届けた使者とともに戻ってきたのだが、思わぬ人物を伴ってやって来たのだ。



 川俣十郎とともに、鳥羽にやって来た思わぬ人物とは、川俣十郎の父である川俣兵部少輔忠盛であった。


「川俣兵部少輔にござります。倅が面倒をかけておる様で、申し訳ござりませぬ」


 鳥羽城の一室にて、わしに対して川俣兵部少輔が名乗る。川俣十郎には面倒をかけられていると言うよりは、活躍してもらってありがたいところだ。川俣兵部少輔としては社交辞令なのだろう。


「長井庄五郎にござる。御子息には当家で活躍していただき、感謝の言葉しかござらぬ」


 その後、川俣十郎、平井宮内卿同席のもと、世間話をし緊張感が解れてきたところで、川俣十郎が父親の川俣兵部少輔に何かを促す様な仕草をした。

 すると、川俣兵部少輔は姿勢を改める。


「此度は、我が川俣家を長井庄五郎様の傘下に入れていただきたく、罷り越しました次第にございます」


 今回、川俣兵部少輔が川俣十郎とともに鳥羽へやって来たのは、当家に臣従するためだった様だ。楠城の周辺に味方がいないし、川俣十郎と言う伝手があるので、これから長島一向一揆攻めを行う当家に臣従するのは致し方ないのかもしれない。

 わしが鳥羽に移ってから、長野工藤氏から使者が訪れているしな。当家の北伊勢攻めは複雑な伊勢国の勢力図を変化させてしまうからか、各家が生き残りをかけて情報収集や外交に勤しんでいるのだろう。


「長井様が長島一向一揆を攻められるとのことで、我が川俣家もともに戦いたく思う所存にございます。先年、我が楠城も長島一向一揆勢に攻められましたが、倅とともに追い返しております。必ずやお役に立てるかと」


 ちゃっかり川俣家の武力を売り込んでいるが、川俣十郎は当家で指揮官として活躍しているので、先刻承知である。それどころか、川俣十郎が里帰りしていなければ、楠城防衛戦も危なかったのではなかろうか。


「川俣家が当家の傘下に入ってくれるか。ありがたいことだ。長島一向一揆攻めにも期待しておるぞ」


 わしは、川俣家の臣従を受け入れた。これで、川俣十郎を当家の指揮官として使いやすくはなるだろう。

 また、楠城は赤堀三家と神戸氏の境にあり、これで両家を牽制することも出来るな。


 その後、川俣親子との話は続いたが、川俣兵部少輔からいくつかの要望があった。

 1つ目は、嫡男である川俣十郎を遠方の地に派遣しないで欲しいこと。

 2つ目は、川俣十郎の嫁を世話して欲しいとのことであった。

 川俣兵部少輔としては、嫡男の川俣十郎に身を固めて欲しいのだろう。なまじ軍才があるだけに失うのも惜しいはずだ。

 当家の主要な将校たちもそろそろ身を固めた方が良い者がいるので、長島一向一揆攻めが終わったならば、嫁取りをさせるか。そのためにも、彼らに長島一向一揆攻めで功績を上げてもらわねばならないな。


 川俣兵部少輔からは、楠木正成の赦免を朝廷に働きかけていることも感謝された。伊勢楠木氏の宗家である川俣氏としては、家祖楠木正成が逆賊とされているため、楠木氏名乗れないことに歯痒い想いがあるのだろう。楠木正成の赦免が叶えば、彼らも楠木氏を名乗ることが叶うはずだ。

 楠木正成赦免については、優秀な指揮官である川俣十郎を手に入れたいと言う下心があったものの、大楠公は明治以降だと忠臣の象徴にされているしな。赦免してもらえば上手く利用出来る可能性があると言う下心もあるのだ。

 また、後奈良天皇の即位式の資金を供出したものの、得られる見返りが無いのも、楠木正成の赦免を願い出た理由の1つである。

 同じく即位式の資金を出した織田弾正忠は官位を賜る様だが、それは尾張国随一の実力者だから出来ることだ。わしの場合、土岐頼芸様や養父長井新九郎を飛び越えて官位を賜るのはマズい。

 良い見返りも思い付かないので、楠木正成赦免を願い出ることで、伊勢楠木氏を味方に付けることにしたのである。

 桑名を攻め落とした後、村正で有名な伊勢千子派を引き入れやすくもなるだろう。千子正重は伊勢楠木氏が代々世襲しているからな。桑名も統治しやすくなるはずだ。


 こうして、川俣氏を臣従させたことで、長島一向一揆攻めの戦略の幅が広がることとなった。

 川俣十郎には当家の指揮官として活躍してもうととともに、川俣一族にも期待することとしよう。

 

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名門貴族に生まれたけれど、戦国大名目指します 持是院少納言 @heinrich1870

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