犬山での会談

 わしは、長島一向一揆攻めについて話し合うため、舅の織田弾正左衛門尉の居城である犬山の木ノ下城を訪れていた。舅は家督を義兄の織田弾正忠に譲り、木ノ下城を隠居所としている。

 長島一向一揆攻めについて直接話をするにあたって、一向一揆や内乱で情勢不穏な中、わしも弾正忠も領地から遠く離れる訳にはいかなかった。そのため、当家と織田弾正忠家の両者にとって都合の良い、舅が治める犬山で会談することとなったのだ。


「婿殿、久しいな」


 舅の織田弾正左衛門尉が声を掛けてくる。


「舅殿、お久しゅうございます。御健勝で何よりです」


「婿殿も活躍しておる様で、何よりじゃ。娘がまた男子を産んだと聞いておるぞ。目出度いことじゃ」


 久々に会った舅殿は元気そうで何よりだ。自身の娘である栄子が男子を産んだことを喜んでくれているのか、祝いてくれる。その後も、子供たちのことや栄子のことを色々と尋ねられた。


「父上、そこらで良かろう。妹たちの話を聞くために、庄五郎を招いた訳では無いのだぞ」


 舅殿の話が長くなってきたので、義兄の弾正忠が止めに入る。わしも肝心な長島一向一揆の話をしたかったので、助かった。


「それで、庄五郎よ。分け前の件はどうなった?」


 義兄が長島一向一揆攻めの分け前について、どうなったかを尋ねてくる。


「桑名の町衆の利権について興味あるのは、わしと養父長井新九郎と弾正忠ぐらいじゃ。頼芸様方の国人たちは、桑名から奪った財にしか興味ない。わし、養父、弾正忠の三者でそれぞれの商人を町衆にすることに、養父も同意したわ」


「そうか、そうか。それは重畳」


 義兄はニヤニヤと笑っている。どうせ、美濃の国人は商いも分からない阿呆ばかりだと思っているのだろう。その通りだから仕方が無いが。お陰で、わしや養父が美濃国内で勢力を伸ばせている。


「養父は津島の堀田家と繋がりが深い。側仕えに堀田家の者がおるからな。なので、桑名の町衆には、津島の堀田家を主に、美濃の商家を入れるつもりの様だ」


「ほぅ、堀田家を入れるつもりか。我らは大橋家を筆頭に津島衆を入れるつもりじゃった」


 養父は桑名の町衆に津島の堀田家や美濃の商家を入れるつもりだが、織田弾正忠は大橋家を筆頭に津島衆を入れるつもりだったらしい。わしのところは、東天竺屋を主軸に鳥羽や美濃の商家を入れるつもりだった。


「わしは、東天竺屋を主に志摩や美濃の商家を町衆に入れるつもりだったのだが。わしと弾正忠が組めば半数を上回り、養父と弾正忠が組めば津島衆で半数を上回るな」


 三者三つ巴の状態だが、それぞれが手を組めば過半数を上回る。思ったより厄介だな。


「まぁ、そうなるな。しかし、わしと庄五郎が望むのは、桑名が栄えることでは無かろう。それは、お主の養父とて同じはず」 


 確かに、弾正忠の言うとおりで、わしも養父も桑名が栄えることは望んでいないだろう。わしは桑名より鳥羽を、養父は美濃国の特に稲葉山を発展させたいと願っている。弾正忠は津島と熱田を発展させたいだろう。

 要は交易の中心地となっている桑名を抑え込み、自身の縄張りを発展させたいのだ。三者とも思惑は同じなのである。



「それで、いつ頃攻めるつもりだ?」


 織田弾正忠が長島一向一揆勢を、いつ攻めるつもりか尋ねてきた。


「梅雨が終わった頃か、野分が終わった頃か良かろう」


「なるほど。梅雨か野分の後ならば、木曽川か長良川が荒れるからな。河口の一揆勢たちの備えも多少は崩れ様な」


 織田弾正忠は賢しいので、わしの意図を察してくれた。梅雨や台風の大雨で木曽川や長良川はよく荒れるので、水害がひどいのだ。

 大雨ならば、長島城、願証寺、市江島と堅牢な輪中でも被害は免れないだろう。

 史実だと今年の大雨は長良川の氾濫によって、美濃国守護所の枝広館が流されてしまう。その後、願証寺が移転していることからも、願証寺も多大な被害を受けたと考えて良かろう。

 長島一向一揆勢を攻めるのに、今年は好機と言える。


 その後、弾正忠と商人たちの財の分配についての話となった。やはり、出兵するからには織田弾正忠家としては相応の分配を求めてくる。

 養父も国人衆への鼻薬で、かなりの分配が欲しいと言ってきていた。商人たちから奪える財の量によっては、当家の戦費回収が困難かもしれない。多くの所領を得られるので、致し方ないのだろうが、なるべくなら戦費分は回収したいところである。


 義兄の弾正忠と長島一向一揆攻めの話を終えた後、舅殿も含めて世間話をして、犬山での会談を終えることとなった。

 我々は、まずは梅雨明けに長島一向一揆攻めを想定して、準備に取り掛かることとなったのであった。

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