サプライズ・アタック

澤田慎梧

サプライズ・アタック

 三月十四日、ホワイトデー。

 お土産を手にアパートへ帰ると、彼女は先に戻っていたらしく、こたつに入りながらテレビのバラエティ番組を見ている最中だった。


「あ、おかえり~! 早かったね?」

「うん。途中でレアチーズケーキを買ってきたんで、急いで帰ってきたんだ。良かったら早速食べない?」

「食べる食べる~!」


 お土産が自分の好物と知ってテンションが上ったのか、彼女が「じゃ、お茶淹れる」と立ち上がろうとしたのを手で制す。


「いいよいいよ。一応、ホワイトデーのお返しだし。あと、ついでにレアチーズに合う紅茶も買ってきたんだ。お茶も僕の方で淹れるから」

「え、そう? ……じゃあ、お言葉に甘えて」


 案の定、彼女は食い下がらずに「こたつの住人」を続けた。

 他人の遠慮というものをそのまま受け止める所は、彼女の美徳であり欠点でもあるんだけど……今の僕の「目的」には、それがとても好都合だった。


 ――彼女は、ナゾナゾやクイズを考えるのが大好きだ。

 難解なものから簡単なものまで、色々な問題を考えては僕に出題してくるのだけど……ただ出題するだけではないのが、玉に瑕だった。


 例えば、部屋のどこかに何かを物を隠して、その在り処を暗号文で記したりするのだ。

 イタズラ程度なら可愛いものなんだけど、前に財布を隠された時は大変な目にあった。隠し場所を難解な暗号問題で教えられたんだけど、結局見つからなくて、その日の予定をキャンセルする羽目になった。


 丁度一ヶ月前のバレンタインの時も、チョコの在り処を示したナゾナゾが解けなくて、彼女にしてやられていた。

 ――今日僕は、ホワイトデーにかこつけて、その仕返しと言うかお返しというかを、やろうとしているのだ。


 僕が買って帰ってきたレアチーズケーキは、きちんとした店のきちんとした職人の手によるものだけど……実は、ただのケーキではない。

 知り合いの職人さんに頼んで、とあるサプライズが仕掛けてあるのだ。


 二つあるケーキの片方には、プラスチック製のカプセルが目立たないように入っている。そしてそのカプセルの中に、彼女を「あっ」と言わせるプレゼントを入れてあった。

 ケーキをお皿に移し、彼女の前にカプセル入りのケーキを、ごくごく自然な動作で置く。見た目は僕の方のケーキとまるっきり一緒なので、彼女が異常に気付ける訳もない。


「じゃ、お茶淹れるから。ちょっと待っててね」

「は~い」


 そして彼女は、「先に食べてるね~」なんて行儀知らずなことをしない人だ。

 お茶を淹れている間にサプライズがバレる、なんてタイミングを外した事態には決してならない。


 ヤカンを火にかけながら、背中越しに彼女の様子を伺うが、怪しまれている様子はない。

 「今回はうまくいきそうだ」。コンロの火を見つめながら、僕は一人ほくそ笑んでいた――。


「お、この香り……アールグレイだね!」

「ご明答。この店のレアチーズは、アールグレイとよく合うからね」


 二人分の紅茶を淹れて、僕もようやくこたつに落ち着く。


「じゃ、いただきま~す!」

「はい、いただきます」


 二人で行儀よく手を合わせ「いただきます」をして、ドーム型のレアチーズケーキを食べ始める。

 カプセルは誤飲防止の為に、少し大きめになっているから、食べ始めればすぐに気付くはずだけど――。


「う~ん、おいちぃ~おいしい!」


 瞬く間にケーキを半分くらいまで食べた彼女が、大げさな感想を漏らす。

 ……おかしい。そのくらい食べれば、もうカプセルが顔を出すはずなんだけど。


「どうしたの? 食べないの?」


 手が止まっている僕を不審に思ったのか、彼女が怪訝な顔をする。

 ……もしや、職人さんがカプセルを入れ忘れたんだろうか? なんて考えながら、フォークでケーキを切ろうとしたら――途中で何か硬い感触に阻まれた。


「……え?」


 驚きのあまり声が出てしまってから「しまった!」と思ったけど、もう遅い。

 彼女の表情を盗み見ると――クイズを出してくる時と同じような、イタズラっ子のようなニヤニヤとした笑顔を浮かべていた。


「やっぱり、何か入ってたんだ。フフ~ン! 私を出し抜こうだなんて、十年早い~」

「……気付いてたの?」

「そりゃあ、ねぇ? だって、なんかずっと私の方のケーキをジィっと見てるんだもん。何かあると思わない方がおかしいよ?」


 ――しまった。彼女にばれないように意識しすぎて、自然とケーキを目で追ってしまっていたらしい。


「怪しいなぁ、って思ったから、お湯沸かしてる間にケーキすり替えといた!」

「……全然気付かなかった」


 多分、僕がコンロの火を眺めながらほくそ笑んでいた辺りで、すり替えたのだろう。こたつの上から完全に目を離したのは、あの時しかない。

 一瞬の間に、音も立てずにお皿を入れ替えるなんて……どうやら彼女には、手品師の才能もあったらしい。


「で? そのカプセル、中身は何なの?」


 最早遠慮なしとばかりに、彼女が僕のケーキから、フォークを使って器用に白いカプセルを取り出してみせる。

 ……この状況で中身を見られると、凄く恥ずかしい。けれども無情にも、彼女はカプセルをパカっと開けて――


「――あっ」


中身を見た途端、今まで僕が見たことも無いような、とてもびっくりした表情を浮かべた。


「これって――」

「……だから、サプライズで渡したかったんだよ」


 ――カプセルの中に入っていたのは、指輪だった。それもただの指輪じゃない。

 大きなダイヤモンドをあしらった、特別な指輪だ。


「え~と。これって……どの指にはめればいいのかニャ?」


 あまりにもびっくりしたのか、彼女の語尾はなんだかおかしくなっていた。

 僕はそんな彼女の様子に苦笑いを浮かべながら、一旦、彼女の手から指輪を受け取ると――


「そりゃあ、もちろん。この指にはめてほしい」


指輪をそっと、彼女の左手薬指にはめるのだった。



(了)

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サプライズ・アタック 澤田慎梧 @sumigoro

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