花言葉は、「あなたの虜」

長門拓

花言葉は、「あなたの虜」

「アハバー、花瓶かびんはどこ?」

 聞こえないフリをしてやりました。

「またユーリから、何か桃の花貰っちゃってさ」

 縫い物をしてる後ろから、ジョージが覗き込みます。

「ねえアハバ、聞いてる?花瓶に……」

 無視して立ち上がり、台所に向かいます。

「……なに怒ってんだろ……?」

 そんなつぶやきが聞こえましたので、余計に腹が立ちます。でも、何でこんなにイライラしてるのか、自分でもよくわかりません。

 桃の花。

 このエルフの隠れ里に、毎年春になると咲く代表的な花のひとつです。

 花言葉はたしか、「あなたのとりこ」。

 

 ジョージがこの里に迷い込んでから、もう10年が経ちました。時の流れは早いものです。

 初めて会った時のあの子は、まだ五つにもならない、頑是無がんぜない子どもでした。

 ちょうど、今の季節でしたか。桃が花盛りの春でしたね。

 桃の木の下で、小さな男の子が、身を震わせて泣いていたのを覚えています。人間の男の子に会ったのは、あれが最初の出来事でした。

 隠れ里に人間を入れてはならない決まりでしたが、私はその決まりを破って、ジョージを離れの小屋にこっそりかくまおうとしました。

 ものの五分でバレました。

 この里の酋長しゅうちょうでもある私の祖母の知る所となり、合議にかけられることになりましたが、幸いなことにジョージはこの里から追い出されることはありませんでした。いろんな問題はありましたが、とりあえず、酋長の家預かりの身として、離れの小屋に住まわせる、という措置が取られました。

 ジョージは甘えん坊でした。

 夜は一人で眠れないらしく、いつも私のベッドに潜り込んできました。胸の谷間に顔を埋めてきて、寝付くまで乳房をモフモフするのです。おかげで、私のおっぱいは里の誰よりも大きくなっちゃいました(自慢じゃないですよ)。

 

 そんな甘えん坊で、よく泣いてばかりいたジョージも、もう16歳です。

 育ての親代わりとして、側で成長を見てきた私にもわかるぐらいに、たくましいイケメンに成長しました。

 ちょうど半年前からでしょうか。幼い頃からよくジョージと遊んでいた隣の家のユーリが、ちょっと意味深な眼差しで、この頃のジョージを見つめていることは、私にもわかってました。

 ユーリは、季節毎にたくさんの花束をジョージにプレゼントするのです。が、ジョージはその花束の背後に隠された意味に、どうも気付かないようです。

 始めは冷静なつもりでしたが、だんだんとジョージとユーリのカップリングを目にすることに胸の鈍い痛みをおぼえるようになりました。なにかしらこれ。

 ジョージにはまるで自覚はないらしく、ユーリと会っても幼なじみの遊びの延長線上、という感覚らしいのです。

 でも、そろそろ気付かせてあげたほうがいいのかしら。その花束は、ユーリの、ジョージへの恋心のしるしだということを。


 そんなわけで、私はこっそりユーリに会うことにしました。

「ジョージはまだ気付いてないみたいよ、あなたの恋心」

「なななななんのことですかアハバお姉さま」

「わかりやすい動揺ね。でも、ジョージはあの通りの朴念仁ぼくねんじんだし、正直、花の意味なんて気付いてないわよ」

 努めて冷静に話そうとしましたが、言葉のイントネーションにとげが出そうです。

「ねえ、そんなにジョージのことが好きなの?」

「……(こくり)」

「ならどうしてさっさと告白しないの?今までの関係性を壊したくないから?それとも、当たって砕けて玉砕ぎょくさいするのが怖いの?」

「……どうして玉砕が当然な方向で話が進むんですか?」

「……ねえ、ジョージはあの通り、中身は昔の子どものままなの。やっぱり、今あなたがどうこうしても、戸惑うだけじゃないかしら」

「……それって、実りっこないから諦めろってことですか?」

「そんなことは言ってないわ。でも……」

「アハバお姉さまはいいですよね!。美人だし、おっぱいはでかいし、ジョージといつも一つ屋根の下だし!」

 このおっぱいのこと言われるのは、正直、閉口へいこう気味なのですが。

「どうして私がジョージと一つ屋根の下なのを槍玉やりだまにあげるの?」

「……私、私、知ってるんです」

 ユーリは泣きながら、搾り出すように、言葉を紡ぎます。

「ジョージは、自分でも気付いてないかも知れないけど……、本当は、アハバお姉さまのことが好きだってことを……」

「……は?」

 いまなんとおっしゃいましたかこの子。

「私と会ってる時も、気がつけばアハバお姉さまのことばかり話すんです。アハバがこんな話をした。アハバがこんな料理をつくった。アハバとあんなことをした。アハバアハバアハバアハバ……」

「ちょ、とりま、落ち着きなさい。取り乱したら駄目。人間落ち着きが肝心よ」

「人間じゃなくてエルフです」

 まあそうなんですけどね。

 落ち着くのを待って、水を飲ませてやります。

「それは勘違いだと思うわよ。ジョージは私がずっと育ててきたようなものだから、母親かお姉さんぐらいにしか思ってないんじゃないかしら」

「この間、桃の花を贈ったら、ジョージは何て言ったと思いますか?『ありがとう。アハバは桃の花が大好きなんだ。きっと喜ぶよ』だって。ジョージの頭の中には、アハバお姉さんしかいないんですよ」

 デリカシーなさ過ぎですねジョージ。

「アハバお姉さんはどう思ってるんですか?ジョージのこと」

「私は……」

 ただの弟よ。そう言いかけて、何故か言葉が出ませんでした。

「……わかってましたよ。わかってたけど、止められなかったんです。でも、やっぱり私の独り相撲だったんですね」

 慰めの言葉も掛けられませんでした。

「でも、もういいです。何か全部話したらすっきりしちゃいました。何もジョージだけが男って訳じゃないし、切り替えて、別の恋を見つけます。だから、アハバお姉さん、ジョージを……よろしくおねがいします」

 ちょうどそこに、これまた隣の家のミシュマルという男性がやって来ました。

「ユーリ!こんなところにいたのか」

「ミシュマル……どうしてこんなところに来たのよ?」

 顔を背けるユーリの前に、ミシュマルが歩み寄ります。

「お前が、ジョージのことを好きだってことは知ってる。でも……それでも、俺はお前のことが……」

「私だってそんなこと知ってるわよ。あんたのその気持ちを知りながら、私ずっとジョージのことを、諦め切れなかったの……」

 どうでもいいけど私がいることを忘れてやしませんか彼らは。

「それでもいい。俺はただ、お前の支えになってやりたいだけなんだ。だから、お前がどうしてもジョージを諦め切れないなら、俺が応援してやる。お前が笑顔でいてくれるのなら、どんなことだってしてやる」

 ユーリが泣き崩れました。

 ミシュマルがそっと抱きしめます。

「私……こんなに……わがままだよ。それでも……いいの?」

「決まってるだろ。俺は、お前じゃなきゃ駄目なんだよ」

 ユーリが涙にむせびながら、ミシュマルのたくましい胸の中で、こうつぶやきます。


「それに、私……。それでも……いいの?」


 ミシュマルは微笑みながら、ユーリをきつく抱きしめました。


 その後、ミシュマルとユーリの結婚式が盛大に挙げられました。

 男性同士ということを問題視する保守的な方もいらっしゃいましたが、ユーリのとても綺麗な花嫁姿が式場に現れると、そんな方々の不平は何処吹く風、向こうのお山に飛んでってしまいました。ああ、いいなあお嫁さん。

 とうとう何も気付かなかったジョージは、私の隣で無責任に笑いながら、ミシュマルとユーリを温かく祝福しています。

 ジョージの横顔を見ながら、彼がユーリに言ったという言葉を思い出していました。


 『ありがとう。アハバは桃の花が大好きなんだ。きっと喜ぶよ』

 

 私は……やっぱり今度は私の番なんですかね。


 それから数日後のこと。

 お昼過ぎに、ジョージと桃林の中で待ち合わせることにしました。

 場所は、私たちが初めて出会った、あの桃の木の下です。

 待ち合わせの時間より、随分早く来てしまいました。今日は朝から何も手につかなくて、緊張しまくりです。

 なにしろこんなことは初めてなので、何から口にすればいいのかまるでわかりません。とりあえず、自分の気持ちを打ち明ければいいのかしら。それとも、黙って彼の胸元に飛び込めばいいのかしら。いや、それでは痴女と紙一重かしら。とか何とか頭の中を駆け巡っています。

 でも、不思議と迷いはありませんでした。

 どんな言葉であろうと、どんな行動であろうと、私はあなたに伝えよう。

 そう決めたのですから。


 木々の隙間から、ジョージの姿が近づいてきます。

 私の胸元には、彼への思いを込めた花束が抱えられています。

 

 桃の花。

 このエルフの隠れ里に、毎年春になると咲く代表的な花のひとつです。

 花言葉はたしか、「あなたの虜」。

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花言葉は、「あなたの虜」 長門拓 @bu-tan

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