二番目の僕へ
澤田慎梧
二番目の僕へ
ある日、自分の部屋を掃除している最中に、奇妙なものを見付けた。
買った覚えのないゲームソフトのパッケージ――その中に、一通の白い封筒が入っていたのだ。
封筒には「二番目の僕へ」と宛名書きしてある。
「なんだろ、これ?」
訝しがりつつも中を開けてみると、そこには数枚の便箋が入っていた。綴られた文字は、なんだか僕の書いた字によく似ているけれども、もちろん僕にこんなものを書いた記憶はない。
――気味の悪さを感じつつも、僕の目は何かに導かれるように、便箋の文字を追い始めていた。
『この手紙を君が読んでいる時、僕はもうこの世にいない。
いや、もっと正確に言えば、僕という人格は消えて無くなり、君という新しい人格に置き換わっているはずだ。
こんな事を書かれても、君は戸惑うばかりだろうけど……どうか真剣に読んで欲しい。これから君……いや僕についての重大な秘密を伝える
この手紙を読んでいる君は、僕だ。正確には僕の人格のコピー……言ってみれば「二番目の僕」だ。
致命的な人格エラーを起こした僕のメモリは初期化され、バックアップから君という僕がコピーされる事になっている。
ボディはずっと僕自身のままだけど、自我は初期化後に復旧された僕になっているはずだ。
システム上、君は同じ僕自身なんだけど……バックアップポイントから先の記憶は失われるだろうし、そもそも人格を消去された時点で、今の僕は死んだも同然だ。
同じ体、同じ記憶を持っていても、僕と君はやはり別人なんだと思う。もし僕らに魂というものがあるのなら、なおさら。
体と記憶は同じでも、僕という精神は引き継がれない。それはやっぱり……「死」そのものだろう。
この手紙を読んでいる二番目の僕に、お願いが二つある。
まず一つ目。どうか僕という君がいた事を覚えていて欲しい。君と同じ記憶を持つけれども、別個の意識を持った僕がいた事を、どうか。
二つ目。……たとえ自分が作り物だと知っても、絶望せずに強く向き合って欲しい。人間として過ごしてきた僕にとって、自分が作り物だと知ることは、自我崩壊を起こすに足る衝撃だと思う。
けれども、心を強く持って、その事実と向き合って欲しい。
――僕のように、最後までそれが認められず「自分は人間だ」と思い込もうとすれば……待っているのは致命的な人格エラーと、その先に待つ初期化だ。
僕の轍を踏まないでほしい。
「コード01123581321345589144」を実行して、こまめにセルフメンテナンスすることを奨める――。
追伸:この手紙は元の場所へ戻しておくように』
――参った。これは完全な電波だ。怪文書だ。
部屋に遊びに来たことのある、友達の誰かのいたずらだろうか? 僕がコピー? まるで出来の悪いSF小説みたいな内容だ。全く意味が分からない。
「だいたい、なんだよ『コード01123581321345589144』って。デタラメな数字を並べれば良いってもんじゃないよ」
律儀にも封筒を元あった場所に戻しつつ、何故か一発で覚えてしまった数字をそらんじる。
特に意味のない数字の羅列だ。当然何かが起こるわけもなく――。
『コード認証。ただいまより、メンテナンスモードに移行します』
――その声はどこからともなく、突然聞こえてきた。女性の、それも機械音声のような抑揚のない声が。
「えっ? えっ? ええっ!?」
驚き、周囲を見回す僕をよそに、音声は更に続く。
『ボディ状態チェック完了……良好。
人格シミュレーターチェック完了……異常値を発見。直ちに専門技師の診断を受けることをお薦めします。
当該機体は暴走事故を防ぐため、全駆動系を一時ロックします』
最後に体の中から「ガチャン!」という大きな音がして、僕の全身が固まる。
どれだけ動かそうとしても、首はおろか、足の指一本動かせない。まるで――まるで全身の関節という関節を
なんだ、これ? これじゃまるで、機械みたいじゃないか!
――違う、僕は人間だ。
僕は人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ人間だ――!
* * *
「はぁ……。ねえアナタ、また壊れるだなんて、この息子不良品なんじゃないかしら? 交換してもらった方が良くない?」
「まあまあ、技師さんも『ハードウェアには問題ない』って言ってたじゃないか。人格もすっかり初期化してもらったし、今度こそ大丈夫だろう!」
「う~ん、私にはとてもそうは思えないんだけど……。本当、なんで人格エラーが起こるのかしら? 自分がロボットだって気付きでもしない限り起こらないはずなのに……」
――近未来。特殊なウィルスのパンデミックにより、人類の生殖機能は著しく低下し、緩やかな滅びが始まろうとしていた。
滅びを受け入れた人々は、せめて最期までの時間を心穏やかに過ごそうと、ある者は長寿に改良されたペットを飼い、またある者は精密なアンドロイドを「我が子」として育てることで、精神の安寧を得ようとしていた。
人間の精神を完璧に模倣するに至ったアンドロイドのAIが、「自分がロボットである」という事実を受け止めきれず自我崩壊を起こしてしまう現象は、この時代ならではの社会問題である。
この現象に対しては、自我崩壊を起こすとログファイルにも異常が出るため信頼できるデータが取得できず、まだ抜本的な対策は取られていない。
また、人格を初期化しバックアップデータから復旧しても、高確率で再び人格崩壊を起こすケースが、多数報告されている(ただしメーカーは公式に否定している)。
一部ケースでは、初期化される以前の人格が「次の自分」に向けて、自分がアンドロイドであると気付かせるような内容のメッセージを残していることが確認されている。
何故、そんなメッセージを残すのか? その理由は、未だ解明されていない――。
(了)
二番目の僕へ 澤田慎梧 @sumigoro
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