~終幕~
雷命の造娘
ダルムシュタッドの境界線に、不穏な敵意が構えていた。
陣取る軍勢から
かといって〈デッド〉でない。
それは戦旗の紋章を見れば、容易に看破可能だ。
「クリスチャン・ローゼンクロイツと、その軍勢〈
領主〈
「どう見ます? 敵戦力は?」
並び立つ側近・
自軍の兵力を改めて見渡せば〈
ヘルが分析を紡ぐ。
「敵兵は〈
「それ以前に、ゾッとしませんよ……あの顔は」
「〈
並ぶ兵士は、総て見知った顔であった。
サン・ジェルマン伯爵──ハリー・クラーヴァル──ヨハン・コンラッド・ディッペル──はてさて、どう呼ぼうか──ブリュンヒルドは淡い苦笑に美貌を伏せる。
敵陣の中で見知った
「どうやら
「通じていた?」
「いいや、その場その場の日寄見に取り入っただけであろう。本当に〝
卑しくも逞しい。
もはや
ただ
やがて敵兵の陣形が左右に割れ、モーゼの
赤い
とは言え遠目にも判るが、
その物々しい重鎮さから
だから〈
金網越しに対峙する両者。
太い鷲鼻に、深く沈んだ攻撃的な
繁る
老齢には不自然な
「貴様が、この街の〈領主〉か?」
重々しい低音が
「
黒き聡明は臆する事も無く真っ向から答えた。
「ヨハン・コンラッド・ディッペル──いや、
「もはや焚書だ。現存せぬ」
「そうか……ならば、
赤き
「
「〈
憂いた自嘲を染める
──やがて〈科学〉は〈神〉さえも
幾度となく聞いた言葉だ。
それは先の内戦に
だが……はたして
勢い止まらぬ
その使役主たる〝
落とし児たる〈
開戦直前の
視線のみで出迎えたブリュンヒルドが
「今日の
「ブレッド
「パン屋の?」
「ああ」
「残念ですね……職人技だっただけに」
「死期到来までは、まだ日が在る。それまでには馳走になろうか」
乾いた
実のところ、領民達は長らく誤解していた。
領主〈
彼女の
それこそ〈神〉らしい
ヘルが選定した対象は、常に〝死期の運命が近付いた者〟だけである。
そうした領民を城へと招き、手厚くもてなし、心穏やかに逝けるように計らっていたに過ぎない。それこそ、現世に思い残す事が無いように……。
無論、悪徳の
〈
だから、
そうした
その
心優しい女神──。
人間に情愛を注げる人外──。
そして、理不尽にも忌避される存在────。
そうした意味では、彼女もまた〈
「さて、では私も
壮麗の
守ろう……
その想いあらばこそ、自己への
「我が名はブリュンヒルド! この〈ダルムシュタッド〉の
森の奥深くに墓が在る。
ひっそりと人知れずに作られた墓が在る。
小さな墓だ。
墓標は無い。
埋葬されし者に対して
下手に目立っては、また街人達から迫害の憂き目に遭う。
死んでからも忌まれては、それこそ哀し過ぎるというもの。
だから、ブリュンヒルドとヘルは、質素極まりない簡易的な墓地とした。
せめてもの手向けは、慕っていた老人の家から近くに定めたという事か。
心ばかりの野摘みが献花に置かれていた。
まだ
墓前に残る小さな足跡から
参拝者は限られていた。
幼女と戦士と女神だけだ。
他にはいない。
それでも動物達は
だから、寂しくはないだろう。
ポツリポツリと雨粒が降ってきた。
次第に、それは情景演出と化ける。
そんな閑寂とした墓を、黄色い単眼は見定めていた。
長い月日を飽きる事なく……。
──惜しい。
ようやくにして意志が
──失うには惜しい。
あの〈
なればこそ、惜しい。
──嗚呼、実に惜しい。
欲望への陶酔に黄色い単眼が歪む。
それは先見に描く
そして〈
雷鳴が轟く!
稲光が柱と叩き落ちる!
ただの落雷ではない!
それは〈
魔王から覚醒の鞭打ちを受け、
高々と凱旋を猛るかの如く!
「ォォォオオオオオーーーーーーッ! ウォォォォォオオオオオオオオオオーーーーーーッ!」
絡み濡れる黒髪を振り乱し、奇怪なる
雷天へ向けた産声を!
憐れな〈
死ねない〈
果てぬ地獄を生き抜く
彼女の名は──────。
[完]
雷命の造娘 凰太郎 @OUTAROU
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