ありがとう Chapter.8
白が晴れて闇となった。
だから、ロキは
「……死んだのか? オレは?」
「ィエッヘッヘッ……
「チッ! ゲデかよ?」
聞き覚えのあるダミ声に嘲笑され、その存在の気配を闇に追う。
応えるかのように浮かび上がった〈
「ィェッヘッヘッ……残念だったなあ? ロキ? オメェの敗因を教えてやろうか? そいつぁ『新しい時代』にオツムがついていかなかった事さね。
葉巻蒸かしのニタリ顔が優越めいて教示する。
相変わらずイケ好かない
いや、その
耳障りな声も──
「黙りやがれ! 原始宗教の死神風情が! オレとテメェでは格が違う! オレは〈霜の巨人〉にして〈
「ああ、そうだよ。オレ様は自分が非力だって事を、よ~く知ってるぜ?」一息深く紫煙を吐く。「だから〝
「……クソが!」
見上げる先には、この世界の支配者が据えられていた。
黄色い単眼の凝視を、
万事を呑み潰すほどの威圧感ながらも、彼の
「ィエッヘッヘッ……何なら
その提案は、
「……クソが」
この先、どうするかは定めていない。
どのみち〈
だかしかし、
(勝った気でいるなよ……〈
さぞ見応えのある
見届ける事が叶わないのが
「……オイ」
「ィエッヘッヘッ……何だよ?」
「……一本よこせ」
「あ? オマエさんは〝葉巻〟じゃなくて〝
「……よこせ」
「チッ、仕方無ぇな……オラよ」
渋々手渡された嗜好品に、指先発火で火を付ける。
(
(チッ……うるせぇよ)
内に棲みついた魂へ毒突く。
忌もうが拒もうが、もはや
「……クソまじィ」
クセの強い葉巻は、彼の嗜好には合わなかった。
白が黒へと戻り、戦いの化身はゆっくりと降臨した。
大激戦を終えた〈
「お姉ちゃん!」
街路へと降り立ったと同時に、マリーが駆けつけて来る!
飛び付く小柄を優しくも確かに抱き受ける。
「マリー、無事?」
「うん……うん!」
「私は、また
「ううん!」
ひたすらに泣きじゃくる幼女の頭を、大きな手が優しさに包み撫でた。
「大丈夫、マリーいいこ……いいこ……怖いけど、怖くない」
邪魔の入らぬ愛撫が時間を流す。
こんな幸せがあってもいいのか──そう思えた。
やがて〝友達〟が街路を歩いて現れる。
ブリュンヒルドとヘルだ。
全身ボロボロながらも、視認に交わす笑顔は清々しかった。
「ブリュド」
「……何です?」
「仲直りした」
「クスッ……そうですね」
「絶交、しない?」
「友達ですよ……ずっと」
そんな
だから、自然と一歩距離を置き、
視線交えた黄色い単眼に、自然と美貌が引き締まる。
(死んではいない……か)
それは〈ロキ〉への危惧であった。
(そもそも〈神〉は死なぬ……。人間が──いや、
一時的に
だが、それでいい。
それだけでも、大きな価値があった。
(この〈
次こそは
マリー……。
ブリュンヒルド……。
そして〈
そして、無情なる銃声が
崩れたのは、死人の
「何ッ!」
驚愕に意識を奪われながらも、ヘルは瞬時にして状況を把握した!
何者かによる射殺行為だ!
「お姉ちゃん? いや……いやぁぁぁーーーーっ!」
「そ……んな? 誰がッ!」
狼狽を
振り向いた先に居たのは、ダルムシュタッドの街人逹!
一人二人ではない!
全員が〈
「あ……
沸き立つ怒りに、ブリュンヒルドは唇を噛む!
彼等が
それは各人が手にする武装が物語っている!
木材も──
敵意だ!
愚かしくも〝命の恩人〟へと注がれた敵意だ!
「あ……あ……」
膝折に崩れた〈
両掌に溢れる流血は治まらず、
エネルギーの枯渇だ。
ロキとの決戦で、内在する生命力を惜しみ無く開放した……その
持ち前の治癒能力も発現できず、不死身の細胞も休眠していた。
黒雲滞る雨天を仰ぐも、決着を見計らったかのように帯電は消失している。
現状、どうする事も叶わない。
あらゆる〈生命〉は、彼女の〈
現状、
……さりとも、使う気にはなれない。
なれるはずがない。
それでは魂までもが〈
「いや……いや……お姉ちゃん、死んじゃヤダ!」
クシャクシャに泣き崩れるマリーの顔を慈しみに撫でた。
優しき
だから、マリーは安堵するどころか、ますます号泣に崩れた。
「ヤダ……ヤダァ!」
「マリー、ゴメン」
どうやら〝三つめのゴメン〟は、回避できそうにない。
それを授けるのは事を構えた〈
「コイツだ! コイツが総ての元凶だ! 〈
醜悪な
それが合図となった!
「やめて……やめなさい!」
ブリュンヒルドが制止の声を張るも、荒ぶる喧騒には通る事も叶わない!
彼女自身も人波の鉄砲水に
直後、高々と
マリーだ!
危害の波が押し寄せる瞬間、最期の力で〈
「このバケモノ! くたばれ!」
「此処は俺達の街だ! オマエみたいな〈怪物〉に好きにされてたまるか!」
「よくも〈
「これで他国の侵攻に脅えなきゃならなくなったんだぞ! この! この!」
全身を殴打する痛みに、呪詛の重みが乗せられる!
浴びせられる嫌悪が、憎しみの刃と容赦無く斬りつける!
痛い!
痛い!
痛い!
叩きつける棒が折れても、取り囲む暴力は収まらなかった!
鉄パイプが砕骨音を奏でても、興奮した加虐心は満足しなかった!
「ィヒヒヒヒッ!
惨たらしい芋洗いから、種火の役目を終えた
ロキからの指示であった──
そこに意味は無いだろう。
稚拙な嫌がらせに過ぎない。
しかし、その粘着質な執念は、彼〝アイゴール〟の趣旨と合致した指令であった。
世を
後は何喰わぬ顔で戦線離脱すればいい。
暴力に酔い堕ちた馬鹿者逹を、嘲り笑って高みの見物だ。
と、何者かが彼の逃走路に立ちはだかった。
「……貴様の仕業か」
「ヒィ? へ……ヘル!」
黒衣の女神である!
絶対的な支配者である!
その内なる怒りを
「
「ひ……ひぃぃぃ!」
圧倒的な凄味に、無様な尻餅で沈んだ!
振り上げられる大鎌!
その瞬間〈
「な……何? グッ!」
死刑執行人を疾駆の体当りで弾き飛ばす!
巨体の弾丸を受けたヘルは、そのまま後方の煉瓦壁へと叩きつけられ、気絶に滑り落ちた。
(良かった……彼女に〝人間〟を殺めて欲しくない)
振り向く先には、心身共に醜悪な
「ひぃ!」
(良かった……この
安堵した〈
「よく見破ったな!
「な……何?」
「
動揺が波紋と広がる。
「気付かなかったのか! 愚かなものよ! あの〈
揚々と悪態を突く〈
「な……何を?
虚構の独り舞台は続く。
破滅への演目である。
「だが、
「やめなさい!」
親友が
一瞬の間に
群衆は沈黙に続く言葉へと聞き入る。
「いい加減、虚偽は
彼女が
「
「クックックッ……どこまでも愚かしい!」
……違う。
「親友? 笑わせるな!」
……違う!
「
違う違う違う違う!
違う!
私は、
そんな……事の
ブリュンヒルドの胸は苦しみに裂けそうであった!
こんな事なら……
授けなかった!
「嘘よ!」
今度は、異なる
マリーだ!
「お姉ちゃんは、
(嗚呼、マリー……)
胸に染み込む嬉しさ……。
どんなにも望んだ温もりか……。
その感慨を噛み締めながらも、体現させる事は許されなかった。
ただひとつ……ただひとつだけ確かなのは、思い残す事無き
「ガキ、礼を言うぞ」
「お姉……ちゃん?」
「オマエのおかげで、街の内情を詳細に知る事が出来た」
見知らぬ
刃物のように鋭利な声音は、マリーにさえ軽い恐怖を
それが仮面と悟りながらも……。
「やはり子供というのは浅知恵だな……クックックッ……少しばかり優しくしてやれば、コロッと〝友達〟などと
二発目の銃声!
仰け反る上体へ
四発目!
そして、暴徒による鉄槌が再開される!
「この悪魔め!」
「子供の純真を
「神を……
「コイツは〈悪〉だ! この世に
──嗚呼、これでいい。
──これで〈
──これでブリュンヒルドの
──これでマリーは〈
──そして、これで街の人逹が、
──
独善的な暴力は続く……。
ブリュンヒルドの声も──マリーの声も──悲痛な
「……アンファーレン」
「娘さんかい?」
「……うん」
「おお……おお……」
歓喜に近付くよろめく足取りを〈
「どうしていたんだね? いままで、どうしていたんだね? 急に黙って出て行くなんて……」
「うん、ごめん」
慈しみに
「うん?」鼻を突く鉄分臭に気付き、老人が眉根を曇らせる。「娘さん? 怪我をしておるのかね?」
「うん、転んだ」
「し……しかし、転んだにしては?」
盲目
明らかに過剰な血臭だ。
それでも〈
「何回も転んだ」
嘘は嫌いだ。
だけど、いまは嘘をつける事を誇ろう。
それが
きっと、禁忌に生まれ落ちた身の……。
「……アンファーレン」
「何かね?」
「ヴァイオリン、聴きたい」
久々の余興だ。
暖炉前のロッキングチェアへと沈み、老人の弦が叙情を震わせる。
いいかい〈
(うん、そうだね……サン・ジェルマン…………)
怯えて暮らしてきた日々を思い起こす。
拒絶と排斥に嘆き哀しんだ日々を思い出す。
とても怖く、恐ろしく、残酷で、苦しい世界なのさ────。
(
叩きつける木材が折れるまで痛みは続いた。
投げつけられる石には憎悪と嫌悪が込められていた。
(でもね、サン・ジェルマン……)
満ち足りた感情に唇は
(
大切な人達が次々と脳裏に流れていく。
それが『走馬灯』と呼ばれる事を〈
穏やかな調べが〈
そこでは青い空が白い雲を浮かべ、緑に広がる草原には動物達が息づいていた。
鹿や栗鼠がこちらを見た。
優しい
だから、腰を下ろした。
次第に取り囲む数が増えていく。
皆、仲良く腰掛け、風に乗る旋律へと意識を乗せた。
(嗚呼、
優しさだけしか存在しない。
丘陵の下に流れる川辺に寄り添う人影を見つけた。
たぶんフォン・フランケンシュタインとエリザベス・ランチェスカだろう。
これからも、あの二人はずっと一緒だ。
この世界で、永遠の幸せと共に……。
夢幻でたゆとう意識と同時に〈
暖炉熱に乗った調べが、ずっと内包していた想いを触発する。
もしも、この老人に出会わなかったら、きっと冷たく寒い夜空に
もしも、この老人に出会わなかったら、大好きなマリーと〈友達〉にはなれなかった。
そして、もしも、この老人から
きっと
嗚呼、だから返そう。
いまこそ感謝を込めて、
「アンファーレン……」
「…………」
「……ありがとう」
死体は優しい
満ち足りた
盲目の頬に涙が
止める
彼は〈
だから、慟哭は
黄色く淀んだ単眼が見下す
いつまでも……。
いつまでも…………。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます