ありがとう Chapter.7

 白雷びゃくらいが黒雲の波間に猛り息吹く。

 その渦中にて〈雷命らいめい造娘ぞうしょう〉と悪神ロキは対峙していた。

 これが……最後の闘いだ!

 〈神〉と〈科学ひと〉の!

「ヘッ、わざわざエネルギー源の中へ誘き寄せたってか?」絶対的な自信に酔いつつ、ロキは周囲の電蛇を蔑む。「ちげぇよ、バーカ! 乗ってやった・・・・・・のさ! 全力のテメェを完膚無きまでに叩き潰さなきゃ、オレの気が済まねぇからな! ヒャハハハハハハッ!」

「そうか、ありがとう」

「……あん?」

「おかげで、オマエを叩き潰せる」

「てンめぇぇぇ……ッ!」

 ピキッと青筋を立てた。

 如何いかなる感慨すらはらまぬ率直な宣言は、そのまま〈かれ〉への侮辱でしかない!

「あの世で後悔しやがれェェェーーーーッ!」

 光矢のごとき突進!

 みなぎる〈気〉を乗せ、繰り出す拳!

 が──「消えた?」──攻撃が当たったと思えた刹那、眼前にいた像は残像と消える!

 それは〈完璧なる軍隊フォルコメン・アルメーコーア〉との戦いで見せた高速移動!

 背後に出現した気配を察知し、ロキは咄嗟とっさに両腕の交差にガードした!

「ふんっ!」

「グッ!」

 渾身の雷拳らいけんを間一髪で防ぐ!

 重い!

 その衝撃の余力は、ロキを数歩退かせた!

「まぐれが……続くかよォォォーーーーッ!」

 かざてのひらから放たれる気弾!

「む?」

 顔面を捕らえた!

 しなやかな巨躯きょくが、りよろける!

 このすきを見逃すはずもない!

「ヒャハハハハハハッ! ヒャハハハハハハハハハハッ!」

 連射!

 連射ッ!

 連射ッッッ!

「ヒャハハハハハハッ! どうした? まだまだ、これからだぜ? ヒャハハハハハハハハハハッ!」

 最高だ!

 いくら浪費しようと尽きる事など無い!

 最高の生贄バッテリーだ!

 サン・ジェルマンは!

 濛々もうもうたる爆煙へ向けて、飽きるまで叩き込む!

 視界を埋めるかすみが〝雲〟か〝煙〟かは、もはや判らない。

 と──「何……だと?」──拡散に消える煙幕から現れたのは、無傷な〈〉の姿であった!

 彼女の前にパリパリと弾ける微光の蟲──展開していたのは、不可視たる電気の壁〈電荷イオンバリア〉!

 高電圧の障壁が、気弾を電解拡散させたのだ!

「テメェ……結界魔術を?」

 神話の遺物が理解出来ようはずもない──人類の貪欲な吸収欲を! その罪深さを!

「ふむ? そういう使い方も、あるのか……」

 おのてのひらを眺め〈〉は一顧いっこを刻んだ。

 見様見真似で試す。

「ふんっ!」

 膨大な光弾が迫り来る!

 光弾・・

 いな、これは雷弾・・だ!

 自身には行使出来ない〈気〉に代えて、自在に操れる〈電気〉にて再現したのだ!

 またひとつ〈怪物・・〉は学習した!

「ざけんじゃねぇぞォォォーーッ!」

 迎え撃つ気弾!

 腹の底から絞り出す!

 ぶつかり合う巨光!

 呑むか──呑まれるか!

 凱歌を吠えたのは雷光!

 おびただしい躍動をまとう巨弾が迫り来る!

「クソが!」

 忌々いまいましさを噛んだロキは、頭上への跳躍で回避した!

 眼下を過ぎる光球をやり過ごすも、一息の間すら無い!

「ふんっ!」

「何ッ? グハァ!」

 背後に現れた〈〉は、体重を乗せた後ろ回し蹴りをブチ込んだ!

 蹴り飛ばされる悪神!

(ふざけんじゃねぇぞ……下等な〈怪物〉風情が!)

 慣性に刻む自尊心プライドが虚空をとどまらせる!

 にらえるは、追撃に跳び迫る

 雷光らいこうまと科学怪物・・・・

オレ・・は〈〉だァァァーーーーッ!」

 たけくるいきどおりを吠え、内在する〈気〉を──〈神力しんりょく〉を絞り出す!

 それは、遥か〈神話の時代〉からむしばんでいた〝心の闇〟であった……。




 天は嘆きに激情を噛み絞める。

 雷雨を狂わせる黒雲に、二対の激光が明滅を繰り返していた。

「……見えますか、ヘル?」

「……ああ」

 互いに満身創痍の身体を支えあい、戦乙女ヴァルキューレと冥女帝は全貌知れぬ激戦を仰ぎ眺める。

「戦っています……彼女・・が! 私達の親友ともが!」

 低くうなる黒雲が、またも激しく発光した。

 ヘルは静かに噛み締め願う──自身でも背負いきれぬ酷な願いを。

(…………止めてくれ……父上を!)




 マリーは祈った。

 路地裏の入口から見守る天の威嚇いかくに……。

(神様、どうかお姉ちゃんを守って下さい……大好きなお姉ちゃんを…………)

 あの雷雲の向こうでは、どんな凄まじい光景が展開しているのであろうか?

 一際ひときわ大きい轟雷が弾ける!

 大地を震わす恐ろしい咆哮に、小さな肢体が畏縮にすくんだ!

 脳裏に浮かぶのは、反り血に染まりながらも暴力を止めなかった虐殺の雷人!

 大好きな〝お姉ちゃん〟に潜む、もうひとつの顔!

 やはりあの時・・・の恐怖が甦り、カタカタと震える身体をギュッと抱き締めた。

 ドス黒い悪夢が、少女の足腰からちからを吸い取っていく。

 それでも──「ずっと見てるよ、お姉ちゃん……見守っているよ……だから、帰ってきて…………」──確固たる決意に奮起して、遥か果てに見えぬ戦いを正視した。




 もはや普通の天候現象でない事は、街人達の目にも明らかであった。

 そして、同時に察していた……あの黒きヴェールの内側でが起こっているかも。

「な……何なんだ? あの〈女怪物・・・〉は?」

「あのとんでもない〈ロキ〉と互角にやりあってるのか?」

「いったい……何者なんだ?」

 ざわめき戸惑う群衆。

 その困惑に答える者が、彼等の背後から進み出た。

「知りたいか? あの〈〉が、戦う理由を……」

 一同の注視が向けられる先に居たのは、卑しい容姿のせむし男──アイゴールであった。




「ぅがあああぁぁぁーーーーッ!」

 光速が迫る!

「クソがァァァーーーーッ!」

 迎撃に踏み込むロキ!

 雷拳らいけん気拳きけんが、ぶつかり合う!

 周囲に踊り狂うエネルギー反発!

「何なんだ! テメェは! 何故、そこまでして人間共に荷担する! テメェだってうとまれて生きてきたんだろうが! それを……何故だ! 何の得がある? ああっ?」

「……友達・・がいる」

「な……何ィ?」

「……生命いのちる!」

「だから……何だってんだ!」

 苛立いらだちをエネルギーに転化した!

 膨れ上がる気!

ぬくもりがあるッ!」

 ならば、呑み返す!

 辺り一帯から雷電を呼び込んだ!

いかづちを喰らいやがるか!」

「無尽蔵なのはオマエだけじゃない!」

「ッ! テメェ、サン・ジェルマンを取り込んだ事をッ?」

 ふと予感を覚えた。

「ま……まさか?」

 何故、サン・ジェルマンは〈気〉の種明かしをした?

 何故、ヤツは気弾ではなく接近戦に重きを置いていた?

 その特性を明かさねば、きょを突く事も出来た!

 即興的に取り込んだ自分が〈気弾〉を放てる以上、サン・ジェルマンがその攻撃法・・・・・を知らぬはずがない!

「まさか……謀られた・・・・ってのか!」




「受肉?」

 サン・ジェルマン卿の奇策を耳にして〈〉は怪訝けげんそうにたずね返した。

 樫卓で揺らぐ燭灯しょくとうに照らされ、対面に座す精悍が柔らかく微笑ほほえむ。

「錬金術師が、何故〈金〉の創造へ血眼ちまなことなるか……解るかね?」

「富を得たいから?」

 俗説を鵜呑みにしている〈〉に、サン・ジェルマン卿は苦笑しつつ首を振る。

「それは〈鞴吹ふいごふき〉と呼ばれるやから──自称だけ〈錬金術師〉を名乗って、貴族パトロンから泡銭あぶくぜにを吸い取ろうとする山師・・さ」

「そうか。じゃあ知らない」

「旧暦中世まで〈金〉は〝完璧なる金属〟とされていた。その中に不純物が混じっていれば〈銀〉〈水銀〉〈銅〉〈鉄〉とランクが下がる。つまり〈金〉とは〝一切の不純物が混在していない究極の金属〟とされていたのだよ。そして〈錬金術師〉の目的は〈金〉そのもの・・・・ではない。〈金〉を生み出すプロセス・・・・の方なのさ」

「プロセス? 何のために?」

「不純物が混在しているとされている〈銅〉や〈鉄〉から〈金〉を生み出すには、どうすればいいと思うね?」

「総ての不純物を除外する?」

「そうだ。そして、そのプロセスを〝人間〟に応用しようと試みていたのさ」

「人間に? どうして?」

「……〈神〉となるために!」

「ッ!」

 一際ひときわ大きな稲光が、神の威嚇いかくとどろく!

 庭に生えていた〝オークの大樹〟が裂かれ燃えた!

 落雷である。

 あたかも〝人間ひとごう〟を糾弾するかのような……。

 しばしの沈黙──ややあってサン・ジェルマン卿は浅い苦笑に思惑をつむいだ。

「その逆プロセスをロキ・・へと応用する」

「ロキに? どうやって?」

取り込ませる・・・・・・……」

「ッ!」

 息を呑む〈ドルター〉!

 それは、あまりにも残酷な奇策!

「逆論で言えば〈神〉が受肉をするという事は不純物・・・が混在するという事──つまりは劣化・・だ。ともすれば、きみにも勝機は生まれる」

「その……後は?」

「……心配は要らないよ〈ドルター〉? は示してくれた──フォンも、エリザベスも、生きている・・・・・と」

 そういつくしみに言って、愛しい〈〉の頭を胸に抱き寄せた。

きみ守りたい者・・・・・ために生きなさい……おのれおのれるために…………」

 自分・・には叶わなかった……。

 ならば、が〈〉に託そう……。

 不死と定命が共存できる未来せかいを…………。




「ロキィィィーーーーッ!」

 渾身こんしん雷拳らいけんに総てを乗せる!

 つちかった信念を!

 はぐくんだ愛を!

「誰も愛せない者が、誰かに愛されるわけがないだろう!」

 右頬を打ち貫く痛み!

「他人を愛せない者が、自分を愛せるわけがないだろう!」

 左頬に刻まれる痛み!

 打つ!

 打つッ!

 打ち抜くッッッ!

 想いを乗せた拳は、まといかづちよりもそれ・・自体が痛かった!

(クソが!)

 いらつ。

(クソがッッッ!)

 腹立たしい!

(何故、死なねぇ!)

 世界にうとまれた──。

 万人に忌避された──。

 そして、われなき嫌悪を浴びせられ続けた────。

 この上なく似通った環境に足掻あがき苦しみながらも、その着地は真逆であった。

 だから、見えてしまうのだ……この〈〉の姿に重なる己自身・・・が!

 かつて心の奥底に封殺したはずの自分・・が!

 殴打に浴びせられる〈〉の糾弾は、自分自身・・・・からの糾弾であった!

 神話時代に殺したはずの良心の亡霊・・・・・であった!

(殺したはずだ……遠い昔に……殺したはず・・・・・だろうが! 俺自身テメェはよ!)


 ──成程……きみにも罪悪感・・・があったというわけか?


(サン・ジェルマンッ?)


 ──だから他者を軽視して認めようとはしない……自分自身から目を背けるために。


(黙れ! クソが! ブッ殺すぞ!)


 ──我々われわれと同じく、憐れな魂だったのだな……きみも。


(黙れ! 黙れ! 黙れ黙れ黙れ! 黙りやがれ!)


 ──だが、ロキよ……きみと──いや、我々われわれと〈かのじょ〉の差は『世界の──愛の重さから目をそむけた』か『愛の重さにしがみついた・・・・・・』かの差なのだよ。


「うるせぇって……言ってんだろうがァァァーーーーッ!」

 激情の暴走に〈神力しんりょく〉が荒れ狂う!

「むぅ!」

 咄嗟とっさに〈電荷イオンバリア〉で防ぐも、エネルギー斥力に〈〉は弾き飛ばされた!

 滞空に踏み留まり敵を見据える。

 荒げた息遣いに立ち尽くすロキからは、満身創痍がうかがえた。

 さりながら臨戦意思に減衰は無い。

 ともすれば、次が最期の一手・・・・・と考えて間違いないだろう──決着の時だ!

「ハァ……ハァ……クソが!」荒げる呼吸に呪怨がける。「……認めてやるぜ〈怪物・・〉? テメェは、このオレが全身全霊でたたつぶさなきゃならねぇだってな!」

「そうか、ありがとう」

「ああっ?」

「オマエは、を認めてくれた」

「ほざくんじゃねぇぇぇええーーーーッ!」

 吠える憤慨ふんがいに、ありったけの〈神力しんりょく〉をたぎらせる!

 弱体化に心許こころもとないなら〈〉だ!

 おのれの内に満ちる総てを振り絞る!

 それだけの相手だ!

 全身全霊をもったたつぶさねばならぬ害敵だ!

「ハァァァアアアーーーーッ!」

 それは〈〉にしても同じ事!

 憎しみも私怨も無いが、この男・・・は倒さねばならない!

 愛すべき人間の──いな、マリーの明日みらいために!

 なればこそ貪欲に喰らおう!

 周囲に漂い眠る幾多もの雷電を!

 黒雲の内部を闘技場パンクラチオンとして、二対のエネルギー球塊きゅうかいまばゆ奔流ほんりゅう威嚇いかく咆哮ほうこうさせた!

 瞬発の突撃!

 双方同時に繰り出す特攻!

「ロキィィィイイーーーーッ!」

「怪物風情がぁぁぁあああーーーーッ!」

 輝拳がぶつかり咬み合う!

 圧し合う力点が奔流ほんりゅうを放出する!

 拮抗する超常力ちょうじょうりょく

 科学・・

 この激戦を制したのは──「がふっ!」──血反吐ちへどを吐いた!

 悪神ロキの腕が〈〉の腹へとブチ込まれていた!

 空いた左腕を用いた奇襲であった。

「残念だったな、怪物?」

「ぐ……ぅ!」

 忌むべき槍を両手掴みに抑える〈〉。

「ヒャハハ……まともに相手すると思ったかよ?」

「ふぅ! ふぅ!」

 荒げる呼吸に狡猾をにらえた。

 乱れた髪からのぞ呪視じゅしは、ゾッとする鬼気をはらみながらも美しい。

 ロキの左腕を抑える両手にちからが込められる。

 ガッツリとした握力は指先を食い込ませた。

「……終わりだな、怪物? このまま、ありったけの〈神力しんりょく〉を──いや、現状いまは〈気〉か──を注ぎ込めば、さすがのテメェも御陀仏だろうよ」

「あり……がとう……」

「あん?」

「この瞬間ときを狙っていた……オマエが、私と強固に密着する瞬間・・・・・・を!」

「な……何ッ?」

「ぅがあああああぁぁぁぁぁーーーーッ!」

 獣が吠えた!

 死人が雄叫びを叫んだ!

 全身がおびただしい発光を帯び、その姿は球電そのものと思えるかのような光源だった!

「テ……テメェ! 何をッ?」

 戦慄がロキを呑み込む!

 恐怖が災厄ロキを支配する!

 怖れるべきは眼前の〈〉ではない!

 その効果だ!

 魂そのものを吸引するかのような感覚!

 間違いない……コイツ・・・は喰らっている!

 気を──生命力を──オレに内在する全エネルギーそのもの・・・・・・・・・・・・・・・・・を!

「電気は〈生命〉の源だ! だからこそ、電荷によって再生が叶う!」

「テメェ! 放しやがれ!」

 自由な右腕で殴り掛かるロキ!

 ひたすらなる殴打!

 が──(足りねぇ?)──明らかにパワーが不足していた。

 急速に生命力エナジーを奪われている!

「そして、電気を食らう怪物・・・・・・・・だ!」

「うぉぉぉッ? は……放しやがれ!」

 発光が微々と激しさを増してくる!

 それ・・を意味しているのか……現状いまのロキには把握出来た!

 還元されているのだ!

 おのれ生命力エナジーを!

 この〈かいぶつ〉の生命力に!

「それは、つまり応用すれば……生命力そのもの・・・・・・・を吸収出来るという事! ありとあらゆる生命・・と喰らえるという事! 解るか? この世の、ありとあらゆる生命・・は、私のという事だ!」

「テ……テメェ! テメェらは、最初ハナから、その算段で受肉をッ?」

 それは、この〈〉にしか行使できない特異性──みずからの〝操電能力〟と〈サン・ジェルマン細胞〉とのあわわざであった。

「受肉したオマエは、もはや〈〉ではない! 私と同じ〈怪物・・〉だ! 同じ〈怪物・・〉なら、私が負けるはずもない!」

「ッざけんな! オレ様は〈〉だ! 唯一無二の──」

「〈怪物・・〉なんだ! も! オマエ・・・も! この闇暦世界・・・・の一端でしかない! 忌み嫌われる・・・・・・怪物・・〉に過ぎない!」


 それ・・を知るという事は、ますます〝人間〟から掛け離れるという事──サン・ジェルマン卿は、そう言った。

 それでも構わないと〈〉は言った。

 どう足掻あがこうと、自分は〈怪物・・〉だ。

 溝が埋まるはずもない。

 ならば望むは、ひとつだけ──たったひとつの想いだけ。

 あの子マリー明日みらいだけ──。


(クッ! こうなったら、ありったけの〈神力しんりょく〉と〈〉をブチ込んでやる! 魂の底から!  後先なんざ知った事か!)

 いつぞやの再演の如く〈〉の顔面へとてのひらかざした!

 なけなしのパワーとはいえ、ここまで至近距離からならば起死回生の一撃と機能するはずだ!

 が──(させないよ)──一際ひときわ大きく脱力感が支配する!

 自分自身の内にいる別人・・からの横槍であった。

「クソがぁぁぁあああーーーーッ! サン・ジェルマァァァーーン!」

「……いま返して・・・やる」

 取り込んだ生命力・・・電気・・へと一気還元する!

 おびただしい雷蛇が〈かのじょ〉から生まれ、食らいつく相手を盲目に探り暴れた!

 青白い光を発する巨躯きょくを核として、生命いかずちの鼓動が具現化する!

 そして──「生命讃歌イッツ・ア・ライフッッッ!」──眩い光球が弾けた!

 白き閃光が総てを呑み染める……。

 黒雲も……。

 轟雷も……。

 黒天さえも…………。




 穏やかな丘陵に寝そべり、ロキはフラストレーションを吐き捨てた。

「チッ! クソが……」

「よぉ、ロキ? 此処にいたのか?」

「ああっ?」

 頭を上げれば、粗暴な髭面ひげづらが立っていた。

 筋骨隆々とした巨躯きょくの男だ。

 れど、いかつい面構えのわりには、豪気な破顔が人好きを誘う。

「……チッ! トールかよ」

 雷神〈トール〉──唯一の親友である。

 神敵〈霜の巨人〉の出自と知りながらも、ロキを対等に構える唯一の〈北欧アース神族しんぞく〉だ。

「また何かやらかしたのか?」

 脇に腰を下ろしたトールは、苦笑にがわらいに語り掛けてきた。

「……ケッ!」

 ふてた一瞥いちべつに、ロキはツバ明後日あさってへと吐き捨てる。

「どいつもコイツも気に入らねぇんだろうよ! このオレ様が〈霜の巨人〉でありながらも〈北欧アース神族しんぞく〉の一員だって事がよ! それも随一ずいいちの実力者だからな……やっかみはらみの嫌悪ってヤツだ」

「確かに我々われわれ北欧アース神族しんぞく〉にとって〈霜の巨人〉は永遠の神敵だ。偏見は根深いが……」

「以前はよ? オレとしても信頼を勝ち取ろうと思って必死コいてたさ。オメェの雷鎚〈ミョルニルハンマー〉や最高神クソジジイの神槍〈グングニル〉を、わざわざ手に入れてやったりもよォ……。だが、結局はどうだ? どこまでいっても、もの・鼻つまみ者じゃねぇかよ……ケッ、面白くねぇ!」

「フム……」トールは少々困惑を苦虫に、丘陵眼下の緑原りょくはらを眺めた。「オレからも機会あるごとに言ってはいるのだがな。アイツは、もはや〈霜の巨人〉ではない。立派な〈北欧アース神族しんぞく〉だ……と」

「……らねぇよ、クソ寒い同情なんざ」

 腕枕の仰臥ぎょうがに白雲が流れる。

「なぁ? ロキよ?」

「あん?」

ねるのも構わん……うとむのも構わん……嫌悪も構いはせん…………だが、歪んで・・・はくれるなよ?」

「ああ?」

「そうなったら……オマエが〈厄神〉と堕ちたら……オレは、オマエをブチのめさにゃならん」

「…………」

「…………」

 しばし視線をわしたのち、ロキは「ケッ!」と寝返りに背を向けた。

「……そん時ァ、楽しみにしてやるよ」

 互いにたずさえる苦笑。

 抜ける風が萌える緑を撫で去った。


 の『北欧光神バルドル殺害』の二日前の一幕であった。


 この後、ロキは〝バルドル殺害の重罪〟にて拘束封印される事となる。


 総ての神族から祝福と讚美を謳われる光神……。

 おのが身と対極にそれ・・が気に入らなかった。




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