ありがとう Chapter.6
「マリー……」
「お姉……ちゃん……」
その胸に顔を
街路から外れた路地裏──。
我が身には御似合いの汚ならしい掃き溜まり──。
だが、
外界では〈
気にする
この
やっと抱きしめられた……。
ずっと、こうしてあげたかった……。
どんなに望んでいただろうか……。
この小さな温もりを……。
優しい時間が戦場に流れる……。
嗚呼、時間が止められたら…………。
だが、いつまでも、こうしてはいられない。
向かわねばならない──決着に!
だから、伝えよう。
大好きな〝友達〟に。
「……マリー、ごめん」
「お姉ちゃん?」
涙に腫らした目を向けて、マリーは不思議そうな表情をしていた。
その
「何が……ゴメンなの?」
「うん、三つの〝ゴメン〟がある」
後れ毛を鋤き揃えてあげながら言う。
「一つ目の〝ゴメン〟は、怖い思いをさせてしまった事」
「パレードの日の事?」
「うん」
「ううん、もういいの」
「マリー?」
「わたしの方こそゴメンね? お姉ちゃん、わたしを守ろうとしてくれただけなのに……」
「マリー、怖くなかった?」
「ううん、怖かった」
「……そうか」
素直で無垢な答えに、二人は淡い苦笑をクスッと
「もう一つの〝ゴメン〟は……これから私は、また〝怖く〟なる」
その言葉を聞いた時には、さすがにマリーの表情も強張った……一瞬ではあるが。
「それって、また
「そう」
「あの〝悪い人〟を、
「うん、そう。だから、私を見ないでほしい」
頬を撫でてあげる。
一房の温かさであった。
大きな手には繊細な柔らかさであった。
「何で? 怖いから?」
「うん」
「平気よ!」
「マリー?」
思いもよらない拒否に〈
「怖くても見る! わたし、お姉ちゃんを見守っている!」
「ダメ、怖い」
「平気だってば!」
「ダメ、もっと怖い」
頑固な意固地同士が譲らない。
互いに〝大好きな相手〟を想うからこそ……。
さりとも、軍配は幼女の方へと味方する。
「だって、
ようやくにして、マリーは告げる事が出来た。
ずっと伝えたかった想いだ。
この本心だけは、どうしても伝えたかったのだ。
そして、その言葉は〈
(嗚呼、許されるのか……こんな幸せが…………)
狂気に造られた〈
歪んだ愛情の結晶たる〈
人間達に嫌われる〈
存在を望まれぬ〈
そんな〈
そんな〈
世界よ────。
「……分かった」
噛み締めた想いを胸の奥底へと大切に仕舞い込み、慈しみにマリーを立たせる。
そして、ゆるりと身を起こすと、再び大通りへと向かうべく
固い意志を踏み締める
「あ、待って! お姉ちゃん、最後の
背中越しの
ややあって振り向いた顔には
優しくも
それが〈
倒すべき相手は〈神〉!
これから身を投じるのは……
ぶつかり合う拳!
激しい〈
斥力を
ロキとサン・ジェルマン卿の闘いは互角と言えた!
「意外だな……サン・ジェルマン! テメェは、てっきり知略派だと思っていたぜ?」
「東洋武術には〈気〉という概念がある。
「だったら何だ!」
「つまりは、本質的に〈
地面の
「……クソが!」
腹立たしさを吐き捨てるロキ。
コイツといい、あの〈
それも〈科学〉だ〈錬金術〉だと〝神の
「ロキィィィーーッ!」
右頭上から斬り掛かって来る奇襲!
「チィ!」
「すっこんでろ!」
「ぐふっ!」
短い苦悶を吐いた!
そのまま合流するかの如く、サン・ジェルマン卿の
二対一の図式が、
(サン・ジェルマンの野郎、人間共に微かな希望を与える事によって、オレの〈
パワーバランスの均衡化……それこそがサン・ジェルマン伯爵の狙いであった。
それでも
たがしかし、この闘いが長引くのは得策ではない。
(こんな様を見りゃ、ますますオレへの〝畏敬〟は失墜し、逆に〈
そして、
ヘル以上に戦闘慣れしているにも
(あくまでもヘルを立てて、
付け焼き刃にしては、よく練られた策である。
腹立たしい。
(このままじゃジリ貧……何とか手を打たねぇとよ。手っ取り早く〈
対峙に構える敵を交互に観察する。
と、持ち前の狡猾さが冴えを見せた。
(……一か八か、やってみるか)
正直、気乗りはしない。
が、背に腹は代えられないのも事実だ。
(どうせ
腹を据えた。
胸中に涌く邪笑は噛み殺す。
ヨルムンガンドの執念は、ひたすらにブリュンヒルドを追尾し続ける!
「しつこい! これだから〈蛇〉というものは!」
優雅な旋回に
無理もない。
反撃手段が無いのでは好転などありはしない。
(せめて
仮に〈
(保っても
だからこそ、使用を
気休めの急造武器とはいえ、この大怪物に丸腰で挑む無謀さなど持ち合わせていない。
思考に意識を泳がせたのは一瞬である。
が、狡猾なる敵は好機を見逃さなかった!
大きな湾曲に向き直る
確かに距離はある。
到達までに、またも間合いを計られるだろう。
だが、
「シャ!」
毒液!
それを
「しまった!」
開く
「
「キシャアァァァーーーーッ!」
「クッ!」
渋っている
迎撃せねば
意を決して
(せめて、効果的な部位を!)
本能的に身体が動いた!
目だ!
目を狙う!
刺突!
突進の勢いと渾身の体重を乗せた刺突!
「ギシャアァァァァァアアアグッ!」
鼓膜を破るかと思える咆哮が、甲高い悲鳴と響き渡った!
激痛に暴れ狂う上体が、
地表へと落ちた
「毒素? 何という猛毒!」
使い捨ての槍を手放したブリュンヒルドは、離脱に眼下の惨状を見定めゾッとする。
おそらく毒液と同じ成分なのだろう。
もしも、
改めて先の槍を見れば、ブスブスと
「ですが……これで、こちらも打つ手は無し…………」
再認識を
強く噛み締めるのは絶望か焦燥か。
「どうやって……どうやって倒せば…………」
明答の見えない思索を巡らせる。
「キロキロキロッ!」
チロチロと踊る二股舌が、生理的嫌悪を触発する。
「クッ!」
気休めでしかない。
「キシャアァァァーーーーッ!」
鎌首を勢いと転じて、
洞穴と開けた
白亜の鍾乳石から
「クッ!
祈りを盾に乗せる!
それが何にもならぬであろう事は承知だ。
(最悪の場合、ヤツの体内から〈
玉砕覚悟の自爆を覚悟した。
らしくない……が、それで
それで人々を救えるなら!
そして、それで
(後は……頼みましたよ)
脳裏に浮かぶ優しい
──ザンッッッ!
両者を
それは虚を突いた
「キシャアァァァーーーーッ?」
刻まれた激痛を仰ぎ吠えた!
一方、謎の光はブリュンヒルドの眼前に集束していく。
そして、やがて形を
「これは……魔剣〈グラム〉?」
見間違うはずもない!
かつて〈
かつて、
そして……かつて愛した
(嗚呼、シグルズ……)
込み上げる想いのまま手に取る。
刀身の内に
「これなら……いける!」
力強く
直感ではない……確信だ!
だから、
蛇竜の頭頂よりも高く!
両手構えの魔剣を振り構え、激痛に躍り狂う巨柱を凛とした正義に睨み据える!
「タアァァァアアアーーーーーーッ!」
振り下ろされる刃!
刀身から放たれる膨大な光は〝巨人の剣〟と世界を裂き、恐るべき
「キ……シャァ……ア!」
断末魔さえも呑み込む〈
確約された運命〈
激戦の
「……見守っていてくれたのですね、シグルズ」
胸の奥にて〈愛〉を噛み締める。
いつかは会える──そう信じていた。
例え、どのような形であっても……。
「いま
果てなく深い黒雲は、純情なる
それでも、
きっと再会できる……いつかは。
「馬鹿な! ヨルムンガンドが
有り得ぬ事態だ!
まさか〈
それも、あの〈女怪物〉ならいざ知らず、たかだか半端な〈
これで
「ふ……ふざけんじゃねぇぞ……ふざけんじゃねぇぇぇーーーーッ!」
わなわなと吠える
直後──「がふっ!」──熱い痛みに血を吐いた!
その
サン・ジェルマン伯爵だ!
「らしくない
「テ……テメエェェェ……がはっ!」
叩き込まれる〈気〉が、体内から血を押し出させる!
「ロキィィィーーーーッ!」
背中を斬り裂く
それは
「がっ? ヘ……ヘル! テメエェェェッ!」
肩越しに
さりとも、
「何故、
「ッざけんなよ……クソ共がァァァーーッ!」
この期に及んでも、総てが無駄──その再認識だけを悲しく噛み締め、
「
「ッギャアアアァァァァァァーーーーッ!」
耳を覆いたくなるような断末魔!
背中から叩き込まれる激しい想いと、腹部から注がれる
が──「クックックッ……」──不意に聞こえた
ロキであった!
他ならぬロキが邪笑に溺れている!
「な~んてな? クックックッ……」
「あうっ!」
路面を滑り飛ぶヘル!
即座に臨戦意思へと身を起こすも、その眼前に展開していたのは戦慄の光景であった!
「な……何?」
取り込まれている!
サン・ジェルマン伯爵が!
攻撃と加えた右腕は、肩口付近までガッチリとロキの腹へと呑み込まれていた!
「クッ! 抜けん!」
焦燥に
「礼を言うぜ、サン・ジェルマン? 叩き込んでくれてよォ?」
メリメリと進行する捕食!
「確か〈気〉とやらは〈
「貴様は……何を?」
「おまけにテメェは〈不死身の男〉──特性は〝無尽蔵の
「まさか! 貴様は?」
「オレへの畏敬が減少して〈
「グッ!」
「……
「ぐぁぁぁ……っ!」
激しさを増した雷雨に叩きつけられつつ、ようやく〈
ヨルムンガンドの最後は見届けている。
あの巨体だ。何処に居ても
ならば……残すは!
「ッ!」
視認した
ギリギリと首を片腕で絞め吊るされているのは、悲壮な痛みを刻んだ
近くに転がり崩れているのは、
気配を察知した
「よォ? 来たか、
「うん」
無抑揚が応える。
「んじゃ、
「うん、そのつもり」
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