第13話「一つの謎の終わり」

 部屋の掃除が終わる頃には、もう既に夜が明け始めていた。窓の外から遠くを眺めると紫の光帯が東雲を下からぼんやりと照らしている。探偵事務所の長い一日が終わったのだ。そして、俺は徹夜二日目となる。頭がクラクラする。


「……眠い」


 俺はおもわず目を擦る。夜通しの片付けが功を奏して、大井青子に宛てた部屋は昨日の昼間と何ら変わらない状態にまで片付けることができた。そして、部屋荒らしの犯人は応接間のソファーでまだ眠っている。黒川は何処からか空の瓶やらグラスやらを持ち出して、抱えている。いったい何に使うのか、と訊く前に彼は答えた。


「よし、あとは彼女の机の側にワインの空き瓶とか置いておこう。これで酔っ払って寝ちゃったんだよ。とでも言えば完璧さ。ああ、というわけで白崎くんも、話は合わせておいてくれよ」

「お前、探偵よりも詐欺師の方が向いてそうだな」

「ああ、よく言われるよ。最近の悩みの種だ」


 お互いに軽口を叩きあいながらも、——おそらく俺と黒川のどちらもが——内面は外見ほどの余裕が無い。というのも、この後どうするべきか、つまり、全く手かがりの無い状態からどのようにストーカーを調査するべきか、皆目見当もつかないからだ。


「ふむ。調査については根気よくやるしかないだろうね。だが、まあ。これで僕たちのお話はおしまいさ。あとは警察の捜査に任せれば良い」

「意外だな。お前のことだから犯人探しを徹底的に行うと思っていたが」

「弁えることにしたのさ。現実と理想をね」


 それからの出来事を並べると、黒川はその日のうちに地元の精神科医に連絡し彼女と付き添うことになった。そして、俺は元あるツテを利用し、今回の騒動のことについて警察に一報を入れた。


 それぞれの結果だけ記すと、大井青子は大学を一年休学し復帰治療リハビリに励み、街を脅かしていた連続殺人鬼はお縄にかかった。こうして、平和が戻り、黒川英一運営の探偵事務所にて起こった奇妙な事件は幕を閉じることとなったのだ。


 そして、最後に黒川英一の話をしよう。奴はこの事件の教訓として「日本でハードボイルド探偵なんてやってられない」と気づき、俺を連れてイギリスへ移住することとなった。奴は結局最後まで「シャーロック・ホームズに憧れる」馬鹿だってことだ。いや、「行動力がある」と言うべきだろうか。


 もし次の機会があるのならばその英国の地にて巻き込まれた話についてしようと思うが、今はここで筆を置かせてもらおう。

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影のないストーカー Sanaghi @gekka_999

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