面白さは保証する。もし興味があるなら、今すぐにでも読み始めてほしい。

 ――英雄も、いずれは老いる。
 たとえ歴史に名を刻むほどの者であっても、老いを避けることはできない。
 そして、老いは判断力を曖昧にする。

 想像して欲しい。

「強大な力を持つ英雄が、老いて判断力を失い、なにかの拍子に力を暴走させてしまったらどうなるか」ということを。

 恐ろしい暴走を防ぐため、老いた英雄たちは一か所に集められ、人里離れた場所でひっそりと余生を送っている。
 それが、この作品の設定だ。

 設定だけを見ると「ファンタジー世界版・老人ホームの話かな」と思うかもしれない。確かにそれを連想させる雰囲気はある。
 しかし、この作品に登場する施設は、決して穏やかな場所とは言い難い。

 彼らの暮らす場所は、『魔王の棲家』と呼ばれる。
 かつて世界を救った英雄が『魔王』と呼ばれるだなんて、なんとも皮肉めいた話だ。
 その呼称には『老いた英雄たちへの畏怖』を感じる。

 そして、「かつての英雄たち」の老後の姿は、私が想像するような生易しいものではなかった。

 過去のしがらみ。
 容赦なく進行する老い。
 老人たちの暴走を警戒する緊張感。
 それぞれが抱える事情。
 何が起きても外部へ助けを求めることができないという壮絶な制約。
 そして、襲いかかる最悪の事態。
 その現状は、これでもかというくらいシビアである。


 作品の面白さは保証する。

 もし少しでも興味を持ったなら、このレビューを読むのをやめて、今すぐ作品を読み始めてほしい。


【※作品情報では「連載中」になっているが、本編(第一部)は完結済み。
番外編や後日談を追加する予定があるために「連載中」となっているとのこと。
第二部も、現時点で掲載されている部分については完結しているため、区切り良く読むことができる。(2020.05.21現在)】


 さて。作品の紹介はこれくらいにして、以下は個人的な感想を書こうと思う。

 作品を読み終えて最初に思ったことは「これ、本当に無料で読ませてもらっていいやつなんだろうか……」という途方もない不安だった。
 この作品が無料で読めるなら、「読まない」という選択肢なんてない。あり得ない。

 ファンタジーには興味がない、という人でも、
 老人介護には興味がない、という人でも、
 ましてや、小説を書いている人はなおさら。
 この作品だけは、ぜひ読んでほしい。


 とても面白い作品である。
 しかも、話が進むにつれて面白さが増してゆく。
 一話読むごとに面白さに震え、読み進めてはまた震える。

 この作品には「退屈な部分」がまったくない。
 多くの小説は、多かれ少なかれ退屈な部分を内包している。説明だとか、見せ場と見せ場のつなぎとか、どうでもいい日常シーンとか。
 でも、この作品にはそんな部分がまったくない。
 すべてのシーンが興味深い。

 特に、第一章でさらりと全体を書いておいて、第二章でそれぞれの要素を掘り下げる構成がすごいと思った。
 この作品における第二章は、「起承転結」の「承」の部分にあたる。「承」は比較的ダレやすい部分だと思っていたが、これは良い意味で裏切られた。
「えっ、小説ってこんなふうに書けるんだ!?」と衝撃を受けた。

 伏線の回収もすさまじい。
 作中にはかなり多くの伏線が張り巡らされているが、どれも記憶に残りやすいように工夫されている。キャラの名前はあまり覚えなくても大丈夫。
「ああ、そういえばそんなことがあったな」と思い出せるようになっている。

 伏線を回収するタイミングも絶妙。
 伏線が回収されるたびに「おおっ! ここで回収か!」といちいち熱くなってしまう。

 そして、はたと気付く。

 そういえばこの作品の作者、プロットを書かないという噂を聞いたことがあるぞ……。
 え? これだけの構成を? プロットなしで? いや、普通は無理だよね?
 震えを通り越して血の気が引いた。
 正直、作者の才能が恐ろしい。


 そして、私はこの作品と出会って「老い」に対する考え方が変わった。

 今までは「老いとは恐ろしいものだ」と考えていた。
 体の自由は利かなくなるし、あちこちが痛むようになるし、目は見えづらくなり、耳は聞こえづらくなり、骨は弱くなり、足腰も弱くなり……。
 咄嗟の判断力は失せ、世間からは邪魔者扱いされ、記憶もあいまいになり、しまいには大切な人もわからなくなってしまう。

 しかし、この作品を読んで、ふと思った。
「老いとは人生の集大成なのではないか」と。

 作中には数々の名言が散りばめられている。
 登場する老人たちが、それぞれの人生から得た教訓を主人公に話す。そのひとつひとつに重みがある。

 この作品は「老いた者」の見え方や感じ方がしっかり描かれている。
 老いるということは、どういうことか。
 この作品の中には、その答えがある気がする。
 老いた者の心情を想像し、それを小説という形に仕上げる作者の力量には感嘆するばかりだ。


 また、この作品のリアルさには驚かされる。
 まるで、作者が見たことをそのまま小説にしたかのようだ。
 この施設も、このキャラたちも、まるで本当に存在しているかのように錯覚する。リアルというよりは「自然」と言ったほうがいいかもしれない。

 情景描写も自然だ。
 緻密というわけではないが、必要最低限のツボを押さえていて、映像を思い浮かべるには充分事足りる。
 あっさりした説明は、物語を読み進めるうえで邪魔にならない。とても絶妙な加減だ。


 ぜひ、あなたにもこの世界を体感してほしい。
 世間には知られていない、秘密の場所。
 年老いた英雄たちが暮らす家。

「ようこそ、魔王の棲家へ」

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