5 チョコレートなどより、よほど甘いものを知っておる


「す、すみませんっ。その、龍翔様が行ってしまわれるんだと思うと、急に心細くなってしまって……」


 こんなわがままを言ってはいけないとわかっているのに。

 情けなさに涙ぐみそうになりながら、苦労して袖を掴んでいた指をほどく。


「あ、あのっ、大丈夫ですから。龍翔様はお気になさらず甘いちょこれーとを――」

「甘いというのなら」


 不意に、秀麗な面輪が大写しになる。


 反射的にぎゅっと目をつむるのと、唇が柔らかなものにふさがれるのが同時だった。

 衣に焚き染められた香りが濃く揺蕩たゆたう。


「チョコレートなどより、よほど甘いものを知っておる」


「ん……っ」


 頭の芯がくらりとしびれるようなくちづけ。

 唇を離した龍翔の吐息が肌をすべるだけで、そわりと背筋にさざなみが走る。


「お前が許してくれるというなら、もう少し、そばにいてもよいか?」


「はい……」

 こくりと頷くと、優しく微笑んだ龍翔が、寝台の端に腰かける。


 袖を掴んでいた手はするりとほどかれ、代わりに大きな手のひらに包まれた。

 たったそれだけなのに、心がゆるゆるとほどけるような安堵が胸を満たす。


「お酒に酔うって、こんな感じなのですね……。なんだかふわふわします」


 まるで、雲の上を漂っているような心地がする。ふこふこの絹の布団に寝ているからだろうか。


「前に……。蚕家さんけで酔っ払ってしまった時も、こんな感じだったんでしょうか……?」


 ふと何気なく呟くと、龍翔の肩が揺れた。


「……覚えているのか?」


 警戒するような、緊張をはらんだ低い声。

 なぜ龍翔が急変したのかもわからぬまま、明珠はふるりとかぶりを振った。


「すみません、何も覚えていないんです……。ただ、前にもこんな風に、ふわふわした気持ちになったことがある気がするなぁ、と……。なんだか、身体がちょこれーとになったみたいに、融けていく気がして……」


 ぼうっとかすみがかった思考と、龍翔が隣で手を握ってくれているという深い安堵に、ゆるゆると眠気がやってくる。


 つないだ指先にわずかに力を込めると、ぎゅっと力強く握り返された。


「ん……っ」


 鼻にかかった甘い声が洩れる。

 慌てたように力を緩めた龍翔の手を逃すまいと、明珠は慌ててきゅっと握りしめる。


「放しちゃ、やです……。龍翔様にふれていただくのは、安心して、気持ちよく、て……」


 自分でも何を言っているのかよくわからぬまま、もごもごと呟き……。


 明珠は、心地よい眠りの中に落ちていった。


  ◇   ◇   ◇


 すうすうと明珠が完全に寝入ったとわかってから、龍翔は詰めていた息を吐き出した。


 己の中で渦巻く激情をも、一緒に追いやるように。


 龍翔の中で暴れる欲望を見透かされ、誘われたのかと。

 冷静に考えれば、明珠に限ってそんなことをするなど、万が一にもありえぬとわかっているのに……。


 そうであればよいという願望が、思考を曇らせた。

 というか。


「袖を掴んで引き止めるとか、放しては嫌だとか、気持ちがいいとか……。反則だろう、あの愛らしさは」


 はあぁっ、とこぼした吐息が予想以上に大きく響き、あわてて明珠とつないでいない方の手で口元を押さえる。


 手のひらもふれる肌も、熱でも出したかと思うほど、熱い。鏡を見ずとも、顔が赤くなっているだろうとわかる。


 耳の奥でこだまするのは、龍翔がふれるたび、あえかに洩らしていた甘さを帯びた声だ。


 特に意図しているわけではなく、チョコレートのせいで無意識にこぼしているだけ。


 頭ではわかっていても、甘やかな声は、龍翔の理性を揺さぶるには十分で。


 くちづけだけで留まれたのは、奇跡に近い。


 いや、明珠を傷つけるようなことなど、決してするつもりなどないのだが。

 蚕家で泊まった時のような事態は、二度と御免だ。何より。


 「安心して……」と曇りのない信頼をこめ、とろけるように幸せそうな声で告げた明珠の笑顔が甦る。


 純真極まりないあの笑顔を裏切るくらいなら、我が身を引き裂いたほうが、よほどましだ。


「しかし……。これではもう、明珠にはあまりチョコレートはやれぬな……」


 卓の上にはまだ、山とチョコレートが詰まれているというのに。


 初めて食べたと言っていたので、慣れぬせいで強く効果が出てしまったのだろうが……。


 こんな明珠は、間違っても他の者には見せられない。見せたくない。


 かといって、龍翔の前ならいいのかと問われれば……。


「あまりに愛らしすぎて、うっかり惑わされそうになってしまうな……」


 そっ、と手のひらで頬を包むと、「んぅ……」と明珠が身動みじろぎした。


 甘える子猫のように、目をつむったまま、すり、と手のひらに頬をすり寄せてくる。


「まったく、お前は……」


 蜜の香気に誘われるまま、眠る明珠に覆いかぶさる。

 なめらかな頬に軽くくちづけ。


「お前はチョコレートなどより、よほど甘いのだから……。あまり、わたしを惑わせてくれるな」


 かすかに苦く、融けるように甘く――。


 龍翔の呟きなど全く知らず、すよすよと眠る愛らしい少女に、龍翔は優しく囁いた。


                              おわり


  ◆   ◆   ◆


 楽しかったです~っ!(突然の告白)


 ストックを作らないと来週の更新がヤバいのに、何を書いているんだ私は、とツッコミが入ったりもしたのですが……。

 あっまあま、書くの楽しかったです!( *´艸`)


 お読みくださった皆様、ありがとうございました~!(ぺこり)


 さてさて。お知らせについてなのですが。


 以前、「呪われた龍にくちづけを」シリーズの累計PVが100万PVを突破した記念に、リワードで絵師様にイラストを依頼したのですけれども。


 それを皆様に見ていただきたいと思いまして……っ!


 とはいえ、カクヨムにはイラストを出す機能がありませんし、綾束はTwitterもしておりませんので……。


 これだけのために、noteにアカウントを作りました!(笑)


 というわけで、ご興味のある方は、どうぞ下記から明珠ちゃん&ダブル龍翔様(青年バージョン・少年バージョン)のイラストをご覧くださいませ~っ!


 https://note.com/ayatsuka/n/n75e49a472bbe



 ……本当は、もっと以前に納品をいただいていたのですけれど、カクヨムコンのバタバタで、お見せすることができなくて……。


 遅くなって、誠に申し訳ございません!(><)


「呪われた龍にくちづけを」シリーズはまだまだ、のんびりと連載を続けますので、今後もおつきあいいただけましたら嬉しいです~!(ぺこり)


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お遊び番外編!もし「呪われた龍にくちづけを」の世界にバレンタインがあったら!? 綾束 乙@迷子宮女&推し活聖女漫画連載中 @kinoto-ayatsuka

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