「疾走する玉座」あるいは完璧なタイトル

人類史において、あらゆるレガリア——王権を象徴する遺物——は失踪するものである。
だからこそ、彼らは人々の心を掴んで離さない。ある者にとっては欲望の象徴であり、ある者にとっては夢の表象であり、またある者にとっては人生の総決算となる。だからこそ、あらゆる犠牲がレガリアのために払われた。
それはここシェストラ王国でも同じことである。
その失踪が、普遍的な理由——王室内の政争の結果でも、あるいは首都を襲う災害の結果でもなかったとしても。
王国を襲った政治的混乱の結果、玉座は古代の自走機械に取り付けられてしまった。
そうして玉座は疾走し、そして疾走したのである——。
そうしてあらゆる種類の人間が、玉座を狙って動き出す。

一癖も二癖もある、魅力的なキャラクターたち。
ファンタジーとしても、またSFとしても優れた設定。
スチームパンクでサイバーパンクなガジェット群。
無駄なく、しかし濃密なストーリー展開。
それら相互の魅力を失わせることなく結合させる、軽妙で重厚な文体。
群像劇としては(あるいはそうでなくとも)およそ完璧と思われる筆力。
どれをとっても賞賛に値するが、特に驚異的なのは作品を通じてリアリティが失われないところであろうか。文芸におけるリアリティとは何も現実世界を細密に描写することではない。むしろ現実とはかけ離れた世界を、まるで現前する景色のように描写することにあるように思う。本作はあらゆる要素や作風や設定が盛り込まれた、一貫したエンタメフィクションだが、それと同時に痛切なリアリティを感じさせる。「疾走する玉座」というあまりに楽しいタイトルと設定に引き摺り込まれたあと、読者は確かにこの世界に固着してしまうのである。

玉座が奇怪に動くさまを見て笑い、
生死をかけたバトルに手に汗握り、
明かされる真実に驚愕し、
キャラクターの愛憎と矜持に心動かされるのである。当事者として。

これほど完成度が高く、濃密で、熱の籠もった作品はそうあるものではないと確信している。それでいて軽妙で読みやすい(続きがすこぶる気になってしまうことも相まって)。すごい。
小説の内容と比例して、語りたくなる部分はとっても多い。しかしキリがないのでここは泣く泣く自重し、重厚すぎる群像劇における本作において、いちばん好きになったキャラクターを紹介しよう。

それは疾走する玉座である。

告白すると、冒頭で八本足と描写された時点でもう虜になっていた。
むろん、”主人公”ウェスを含め、主要キャラは人間であるが、私は玉座が気になって仕方なかった。
何せ、玉座を追う物語であるがゆえ、玉座の登場シーンは多くない。しかしひょっこりと出てきたときの面白さといったら!中盤で玉座に隠された秘密が明らかになり、彼(彼女)の魅力は倍増するのであるが、それは読んでのお楽しみというやつだろう。

そしてラストに至っては……!

さあ本編を読もう。これを書いているのが深夜3時である点から言って、寝られなくなること受けあいである。

なるべく早く、私の稚拙なレビューがより優れたレビューに上書きされることを願いつつ。

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