鉱物に造詣の深いドワーフの姫シンシャを探偵役に、姫を慕うアナグマの獣人の少女アイオンを助手役にして展開される濃密なミステリ。
重厚な文体で、軽妙に描かれる謎解きは、読者を次のページへの誘う。
……しかし、あえてこの作品において特筆したいのは、ミステリというジャンルの閉塞感を、ファンタジー世界という道具をもって拡張しながら、歴史性という楔によって自己批判の意識をも内包している点にある。さらに、その歴史性をもまなざす重層構造が存在するのである。
ミステリはその性質上、制約が多く(ノックスやヴァン・ダインの戒律は、その典型だろう)、その可能世界は小さくなりがちである。(例えば、絶海の孤島であるとか、外界から隔離された洋館であるとか)。
それは緊迫感を演出し、トリックの強度を底上げする点でミステリの魅力であるが、同時に、読者に閉塞感をもたらすこともある。
本作は、そのデメリットを、亜人や魔法や竜やらの伝承伝説が織りなすファンタジー世界で置換することで、矮小な現実世界を拡張するというファンタジーの機能が働き、無限に広がる世界の地平を感じさせながら、同時に確固としたミステリのお約束を守ることを両立しているのである。
本作は、魔法を基調とし、亜人による文明が繁栄する大陸を、電気による”近代”文明をもって蹂躙した西方の島国セプタードアイル帝国の帝都が舞台である。実は、トリックや謎解きの根幹となるのは現実世界の鉱物知識や化学であり、ファンタジー世界を代表しているのは主人公とその付き人だけなのだ。ではあるが、要所要所に散りばめられた大陸の様子や、ドワーフの文化の描写が、読者の想像を広大かつ未知なるファンタジー世界に駆り立てるのである。その可能世界の広大さが、ミステリの閉塞感を打破し、柔軟な物語世界を構築している。
とはいえ、二つジャンル、特にファンタジーは、無自覚に世界を構築する危険性と隣り合わせである。無自覚に構成された世界は、ともすれば無秩序な世界を構築し、「なんでもあり」な、批判可能性を拒絶する悪性な世界になりかねない。
しかし、本作では歴史性という参照点によってこれを克服することに成功している。
先述したセプタードアイル帝国は、武人皇帝が治める権威国家であるが、これは大英帝国を批判的に脱構築した表象であるように思われる。それは同時にファンタジーへの潜在的自意識を内包している。亜人は有色人種の比喩として機能し、帝国における亜人の地位は帝国主義のアイロニーである。その亜人が、ホームズ役であるというのは、新しい視座を提供する。
また、”鉱物に詳しいドワーフ”など、トールキンなどファンタジーの歴史的文脈をふまえているし、ミステリの範疇でも、ホームズ(シンシャ)、アイオン(ワトソン、ハドソン夫人)、ダレス(レストレード)といったキャラクターの伝統的配置を踏まえつつ、シンシャとアイオンのシスターフッドの関係性を取り入れるなど、現代性への接続を示唆しているのである。
むろん、このような一義的な見方は偏狭ではあるが、しかし、これらの”楔”が参照点として小説における自己批判的な自意識の構造を構成している点は、この作品の魅力として語るべきだろう。