カルト「鼻クソ教団」ができるまで ── 鼻クソ量産史(1)

 紀大のりおには鼻クソを食べる悪癖があった。

 ところで鼻クソを食べるのは悪いことだろうか? なにを食べようが勝手である。しかし鼻クソを食べるところを見せつけられるのを不快に感じる者は多い。だから世間体を気にせずに人前で鼻クソを食べてみせる紀大のりおは嫌われていた。


 紀大のりおが鼻クソを食べるのを紀大の家族はやめさせなかった。なぜなら紀大の父親も鼻クソを食べる男だったからである。紀大の父方の一族郎党が鼻クソを食べることに何ら疑いをもっていなかった。紀大の母親は快く思っていなかったが紀大の父親──夫の暴力行為をおそれて口を噤んでいた。紀大の母方の親類縁者もおなじだった。この世に生を受けてから18年間を経て、紀大はついに鼻クソを食べることの異常性を自覚しないまま、大学合格をきっかけに親元を離れることになった。


 鼻クソを食い続けたにもかかわらず紀大は有名な私立大学に合格した。おなじ高校に通っていた同級生たちの多くが、暇さえあれば鼻クソを食っている紀大よりも低い偏差値の大学へ進学していった。

 紀大のりおは、旨いから鼻クソを食っているのではない。鼻クソを食い続けているうちに旨いと感じるようになったのだ。

 我が身からいずるもの。愛着など生まれないが捨てるには忍びない。ましてや小指の先についたそれを腕を伸ばせば届く壁や什器になすりつけるような社会性欠落者ではない。鼻クソを食うことを除けば紀大は常識人の部類に属する。どうしても鼻クソが捨てられない。だから口元へ運んでいるにすぎない。


 紀大のりおはあるとき気がついた。自分が病気ひとつせずにこれまで生きてこれたことを。大学在学中から酒やタバコを嗜むようになり、睡眠時間を削ってオールナイトで遊ぶことも多かったにもかかわらずだ。

 もしや──毎日欠かさずに食べている鼻クソが健康にポジティブな作用を及ぼしているのではないか? そのひらめきは天啓のごとく紀大を衝き動かした。

 おれの鼻クソはただの鼻クソではない。

 その頃からである。紀大のりおが自分の鼻クソを「秘薬」と称して他人に譲りはじめたのは。

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