カルト「鼻クソ教団」ができるまで ── 鼻クソ量産史(5)完
当然のごとくコピー品が出回ったものの、
紀大の鼻クソはまごうことなき「奇蹟」だった。しかし、紀大の鼻クソ生産量にも限界があった。紀大ひとりが鼻腔内をわざと傷つけて鼻クソかさぶたを造ったところで量はたかがしれているからだ。紀大は欲を掻いてビジネスを拡大するつもりはなかった。しかし後輩氏をはじめとした紀大の熱心な信奉者たちの懇願によって、紀大は自身の鼻クソ量産ノウハウをとりあえず成文化した。
ノウハウどおりにやった結果──紀大オリジナルには至らないものの、競合他社にまさる鼻クソを大量生産することができた。儲かって仕方がなかったが納税額も増えていった。誰もが考えることは節税である。休眠している宗教法人を買収して、紀大は名実ともに教祖と呼ばれ崇められるようになった。
サクセスには悲劇がつきものである。財も名誉も手に入れた紀大だったが、資産額や社会的地位の上昇と反比例するように知能が低下していった。
鼻クソの量産による副作用だった。鼻腔の粘膜を数百回も傷つけているうちに脳のちかくを損傷していたのだ。つまり鼻汁だけでなく紀大の脳汁まじりの鼻クソが供給された。
皮肉なことに、後期から末期にかけて摂取した脳汁まじりの鼻クソほど薬効が高かった。たとえば、摂取したがん患者はがんが治るだけでなく絶対音感が備わるなどの知能変異症状があらわれた。インフルエンザ患者に投与すれば5分で完治した。死滅した毛根が支配せし頭皮に塗布すれば枯れ果てた大地に新たな毛髪が芽吹いた。
脳幹を損傷しただから寝たきりになりそうなものだが──長いあいだ薬効ある紀大の鼻くそをもっとも食べてきた紀大自身はちょっとやそっとではくたばらなかった。
紀大は鼻クソによって培われたバイタリティを発揮して教団の武装化に取り組みはじめた。はじめ核兵器の製造を試みたが、ちょっと難しかったので、ウランやプルトニウムよりも入手しやすい材料で造ることができる生物化学兵器へと方針転換した。限界集落に大量の信者を送り込んで化学──くわしい事情を知りたければ森達也か村上春樹のルポルタージュを読んでもらうとして──脳汁を垂れ流しながら反社会的エクスタシーで全身を震わせていたらおとずれた破防法適用による強制捜査の日。捜査開始のあと数時間後に紀大は機動隊員によって発見された。だが、すでに紀大は息絶えていた。関連施設に貯蔵していた大量の塩蔵鼻クソの大部分は押収されたが、全国一斉摘発を事前に察知した信者グループのなかには大量の瓶詰めを持ち出すことに成功した者たちがあった。やがて内紛による殺し合いによってその派生団体は自然消滅に至ったが、じつは警察はこれを紀大教団の残党が引き起こした事件だという認識をもっておらず、地下の隠し倉庫を発見することができなかった。はからずも大家が渋々おこなった大規模リフォーム工事中に発見された紀大の遺産こと大量の塩蔵鼻クソは産業廃棄物として捨て値で処分された。その行方はだれもしらない。
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