カルト「鼻クソ教団」ができるまで ── 鼻クソ量産史(3)

 紀大のりおはみずからの鼻クソをなんら躊躇せずに食べられる男だった。しかし紀大は、他人にそれを強要するほどのサイコパスではなかった。鼻クソ食いの紀大ですら、他人の鼻クソを「きたないもの」と一般的な衛生観念に基づいて判断していた。

 十数年後には世間を騒がせることになる「奇妙な熱狂」の発端は、あるひとりの大学生から始まった。それは紀大よりも1歳年下の男子学生だった。要するにおなじ大学の後輩である。

 ひとの前でもかまわず鼻クソをほじっては口に含んでもぐもぐやってみせる紀大の仕草ひいては生き様にシビれたのだった。奇人への憧れはやがて崇拝にまでエスカレートしていった。紀大のものまねをして自分の鼻クソを食べるだけならまだしも、ついには紀大のほじりたての鼻クソを所望するほどにまで至った。

 驚いたのは紀大のりおである。さんざん鼻クソ食いを軽蔑され嘲笑されてきた人生を歩んできた紀大にとってみれば、まさか「鼻クソを譲ってください。カネを支払っても構いません」という破格の申し出を受けるなどは想定の埒外であった。

 いかに紀大のりおが鼻クソ食いであっても人格まではクソではない。わが国の最高学府にさほど努力もせずに天賦の才によって入学した優秀な男子だった紀大は、鼻クソ食いの悪癖を除けばきわめて高潔な精神の持ち主だった。くだんの鼻クソ狂いの後輩の申し出をはじめは問題外だと拒絶していた。しかし鼻クソへの偏執的な食欲にとらわれた後輩の度重なる懇願によって、ついに紀大はみずからの鼻クソを有償によって譲渡する決断をせざるを得なかった。悪食の徒が提示した購入価格は──5万円だった。後輩氏は不動産デベロッパー経営者の子弟だった。鼻クソに馥郁たる欲求を感じているかれにとっては、たかがひと月分の小遣いの何割かにすぎなかった。

 先に述べたように、公衆の面前にもかかわらず鼻クソをほじってはそれを乾かぬうちに口に放り込むような紀大だったが、生真面目なところがあった。元手がタダ同然である自分の鼻クソを譲るくらいで5万円も貰ってしまっては申し訳ないと考えて──一週間分の鼻クソを溜めに溜めて、くだんの狂った後輩氏に差し出してみせた。

 この当時からである。いかに効率良く鼻クソを生成するかのノウハウを紀大のりおが研究し始めたのは。

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