風が吹けば

あきのななぐさ

第1話その瞬間、風に。

七時五十分。時計はそれを告げている。そろそろだ。もうすぐだ。

ちらりとバックミラーを見ると、いつもの調子で、いつものごとく奴が来た。


久しぶりだな、相棒。

より詳しく言うと259200秒ぶりだ。


待ったか?

俺は待ってたぜ、この瞬間を。

金曜日に負けた日からずっとな。リベンジだ。

言っておくが、先週の戦績は三勝三敗だったんだぜ。

すました顔で通り過ぎても分かるぜ。そのイヤホン。それは集中するためのものだ。

集中しているお前は、俺に見向きもしない。


だが、それはお互い様だ。


この信号で、お前は直進。俺は左折。

そのあとお前は時間帯一方通行の近道を通っていく。

俺は大きく迂回する。


そして、ゴールとなるあの大通りの信号。

これまで、幾度となくデッドヒートを繰り返してきたよな。


だが、そんな俺たちの勝負に、お前はやってはいけない事をしてきた。

本来ならあれはお前の反則行為だ。フェアなプレイじゃないからノーカンだ。


だが、俺も男だ。

ついた勝負にはケチはつけない。


だが、この俺が二度とあんな手に引っ掛かるとは思うなよ。


いや、それももういい。


全ては過去の出来事だ。

相変わらず、お前は後から来たくせに俺の前に陣取る。


だが、それもハンデだ。

俺は原付。お前は自転車。そのくらいがちょうどいい。


だが、俺には分かるぜ。お前のそのママチャリがただのママチャリじゃないことくらいな。

長年苦楽を共にしたあとがしっかりとにじみ出ている。

お前にとってはいい相棒なんだろう。

そして、お前も走りやすさを追求した服装をしている。


だが、俺も負けてない。

この間タイヤ交換したばかりだ。オイル交換も済ませた。オイル交換済ませたはずが、何故か『Oil Change』のマークが消えやしない。

だが、原付屋のおっさんが大丈夫というのだから、大丈夫なのだろう。


まあ、そんな話はどうでもいい。

そろそろ時間だ。


この瞬間、信号たちが俺たちの熱い戦いを燃え上がらせる色となる。


交差する信号は赤。

歩行者用信号も赤。


全ての信号が赤。

全ての車両が止まるこの一瞬の静寂。

数々の名勝負を生み出す、スタートの静けさ。そこにいる全員の鼓動がその瞬間を刻々と刻んでいく。


そして、信号が青になる。


その瞬間――。


お前の足がペダルに力を伝える。

俺がアクセルを回す。


そして、勝負が回り始め、風が湧き立つ。


――が、なんてこった!


またもお前は、姑息な手段に訴えてきたのか!

またも俺はその罠に引っ掛かったのか!


たちこぎ!


自らの体重を存分にかける事で、通常以上の力を引き出す技。

慣性の法則を打ち破るために編み出されたテクニック!

金曜日にも見せた、その業でもう一度来るとは!


卑怯なり!


必死に抗うも、そのひらひらが視線をそこに誘導する。


風になびく、スカート。

立ち上がった体は下に沈むが、スカートだけは慣性の法則に従い抗う。


突如訪れた不思議な感覚。まるで、ハイスピードカメラの映像。

ゆっくりとした流れの中で、眼球がその動きをしっかりと追う。


姑息なり。だが、二度とそんなものに惑わされはしない!


アクセルをふかす。目の前にあるのは、勝利への道。わき目もふらず、突っ切れば、次の信号に引っ掛からない。


もし、その信号に引っ掛かれば俺の負け。

そして、その信号を回避できれば俺の勝ち。


単純なものだ。

だが、金曜日はそれで負けた。


そして、今日も……。お前はジャージをはいてたな……。





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