第3話 美少女はグーパンかましても美少女
「どうしよう糸、イケメンすごい、やばい、語彙力なくす」
「前から央は語彙力ないだろ」
「ナンテコッタイそうだった」
アレシスさんから飛んでくるキラキラがすごくて言葉を失う。そんな俺を何故か恨めし気に見る糸にほっぺたをひっぱられてちょっとだけ正気に戻ると、沙亜羅とにらみ合っていたツンツン頭の眼つきが悪いイケメンが吐き捨てるように顔を背けた。
「何が聖女だ。仏頂面の眼つきが悪い女じゃないか、これのどこに世界を救える力があるって言うんだ」
「フィレト!!」
「兄上もだ。クレディント家の跡継ぎともあろう者がこんな異界の得体の知れない者たちに頭を下げるなどと。いつか恥として吹聴されても知らないぞ」
うわー、これはあれだ。王道のツンデレ要員というか最初めちゃくちゃツンツングサグサって攻撃してくるせに何かのきっかけで主人公にデレていくタイプの男だな。だてにそれ系の小説や乙女ゲーをやってきた央様じゃないぞ。しかし沙亜羅の悪口を言った事だけは許せない。何が仏頂面だ、糸と一緒で沙亜羅は確かに無表情だが内面はわりとコミカルででも冷静沈着でかっこよくて最高なんだぞ若造め。多分同い年くらいだけど。
今までで培った知識を元に妄想……もとい想像するに、きっとこいつは三騎士という役割が不満なんだろう。でも多分栄誉あるものではあるから、仕方なくやってる。でも異世界への偏見はバリバリだから、きたばっかりで動揺してる俺達をいびって腹いせをしている……ってところかな。
……で、すっかりスルーしてたけどこの男、フィレト、アレシスさんを兄上って呼んだ?!
「重ね重ね申し訳ありません皆さま、こちらが銀の三騎士であるフィレト・クレディント。私の弟であり、クレディント家の次男となります」
やっとほっとしてくれたアレシスさんがまた申し訳なさそうな顔になってしまった。というか全く似てない兄弟だ。
そして悲しいかな、憂いた顔をしてようが影が差そうがイケメンはイケメン。アンニュイな表情に控えているメイドさんたちまで見惚れる始末。なんだろうこの顔面格差社会。俺以外の人間の顔面偏差値みんな高いって本当にどういうことなの。
内心でそんなふうに嘆いていると、ふとフィレトの視線がソファから立ち上がった沙亜羅に続いた俺と糸に刺さった。びくりと俺が肩を震わせると、すっと糸が前に一歩出てくれる。しかしそんな様子が情けなく見えたのだろう、ずかずかと前に出て来たフィレトは、糸を押し退けて俺のすぐ前に仁王立ちをした。くそ、長身め!!俺だって平均な筈なのにこの世界は顔面だけじゃなくて平均身長も高いのか?!
ふん、と鼻を鳴らしてこちらを見下ろすフィレトの目はもう侮蔑とか嘲りとか、負の感情をたっぷり詰めた福袋のようだ。こんなぎゅうぎゅうセットいらないが、突っ返すこともできない。
「お前ら大した魔力も持たない一般人だろう。聖女はともかくとして、お前らなど鑑定が終われば身ひとつで城下に放り投げてやる」
「あー、いや、沙亜羅は妹だし、心配なのでできたらこっちのお城の下働きがいいなーって今話してたんですけど」
「……は?」
「それがどうしても駄目なら連絡くらいは自由に取らせてもらおうとは思ってて。そうなったとしても職探しもありますし」
「……」
「なので、ちょっと目につくかもしれないんだけど少し我慢して頂ければー…」
しまった、と思ったのはフィレトの目がぎらりと光った瞬間だった。どうにも状況に慣れ過ぎていて、俺は周りとズレているらしい。多分フィレトの望んだ反応じゃなかったし、寧ろつらりと嫌味をスルーした生意気な異世界人に映った筈だ。そんな奴にムカつかないわけもない。おまけにこいつは今気が立っているもあってか、沸点もかなり低そうだ。
ぐっと胸倉を掴みあげれられながら、俺は内心で冷静にそう思った。
「貴様……っ、へらへらと!この俺を馬鹿にしているのか?!」
してないと言っても信じてもらえないやつだ。周りがざわめき、糸が俺の名前を呼ぶ。アレシスさんがフィレトの名前を呼びながらこっちに駆けて来て、フィレトのもう片方の手が勢いよく俺に向かってきて――その前にべりっと引きはがされた。
「あ」
間に入り込んできた手の主は、そのまま俺を背に庇い――多分、拳を、グーパンチを思い切りフィレトの腹へと放った。そう、沙亜羅が。
「ぐはああああっ?!」
「聖女様?!」
「沙亜羅!?」
後ろから見ていたのではっきりはわからないが、そりゃあもう綺麗にすっぱりストレートに入った。クリティカルヒットだった証拠にまともに腹パンを受けたフィレトは口許を抑えてえづいたかと思うと――口からキラキラが出た。いや、実際キラキラじゃないんだけども。
張りつめかけた空気が消えた代わりに、今はなんとも微妙な空間になっている。いや、それはそうだな、聖なる少女が守護の騎士にグーパン決めるんだもの。ラッキースケベされたヒロインに主人公が平手打ち喰らうのとわけが違う。
「うわーフィレト~今のはお前が悪いわ」
しかしもう一人の銅の三騎士のお兄さんがけらけらと笑いながらフィレトの背を撫でる。面倒見はいいが面白がっている辺りわりとこう……性格が豪快だ。
「だ、黙れ触るな…おえ…っ!」
「兄さんを侮辱した挙句手荒に扱おうとしたのはそちらです、正当防衛かと」
「この、何が聖女だこの野蛮おん……ぐえっ」
「一度退室された方がいいのでは?その後いくらでもお話を聞きましょう」
「貴様……覚えておけっ」
混乱する俺と周りとは反対に、口でも勝った沙亜羅は無表情で拳を握ったままメイドさんに奥の部屋に連れていかれるフィレトを睨んでいた。……人を殴るのはよくないし、流石に今のはちょっと同情する。あれだけプライドが高い貴族が皆の前で腹パンされて嘔吐してなんて屈辱以外のなにものでもないだろう。
唖然とする周囲をものともせず、沙亜羅はスタスタと一直線に俺の傍までくると両手で頬を挟んできた。
う、うーん。俺に対する過剰防衛はとても困るけどやっぱりグーパンかましても沙亜羅は美少女だ。
「大丈夫ですか、兄さん」
「そうだ、傷はついていないか央」
「い、いやあの、それよりすごいこと起きたでしょ今。腹パンは駄目だよ腹パンは」
糸もそんなこっちの方が重要だみたいな心配そうな顔で迫っている場合じゃないだろう!
アレシスさんは驚きながらも申し訳なさそうに、銅のお兄さんはまだ笑っている。どれだけツボだったんだろう。目を回している神官さんに声をかけ、沙亜羅を落ち着けるとやっと笑い終わったらしい銅の三騎士さんがこちらへと向き合って礼をした。
「ダアン・エレテナだ。銅の三騎士に選ばれたが、正直騎士って柄でもねえんでな。普通に接してくれっと助かる」
さっきはあいつが悪かったしよくやってくれたなーとすぱっと言ってしまう辺りが豪快で、当人のお兄さんであるアレシスさんも苦笑している。やっぱりとっつきやすくて話しやすそうなお兄さんだと改めて思った。
一人いなくなってしまったが、自己紹介は一通り済んだみたいなのでこの微妙な空気を変える為にやや無理があるとわかりつつも名乗りを始めることにした。
「あの、俺からってのもアレですけど。央。沙亜羅の兄です」
「……糸だ。そこの兄妹とは幼馴染にあたる」
「……沙亜羅です」
しかし、この面子だ。笑顔であいさつできたのは俺だけで、糸も沙亜羅も吹雪きそうなほどに冷たい無表情。沙亜羅に至ってはさっきの怒りがまだ目に燃えている。
「沙亜羅、俺は大丈夫だ。これからお前を護ってくれる人の一人なんだし、許してやってくれよ。俺もちょっとこう……悟りすぎてズレてた自覚はあるし」
「……兄さんが、そう言うなら。殴ったことは後悔しませんが」
ズバリと一言。しかしアレシスさんはひたすら申し訳なさそうにしていたが、ダアンさんはその沙亜羅の言動に声を上げて笑った。どうやら沙亜羅のような大人しそうな顔をして中々に苛烈な性格をした美女が友好的な意味で好ましいらしい。……とりあえず、険悪にならなくてよかった。これからフィレトを見かけたらなるべく隠れよう。
あいつが嫌いだからではない、あの性格上また俺にちょっかいをかけるだろう。そうなると危険なのはフィレトの方だ。糸も大概だが、沙亜羅は特に俺が誰かに軽んじられたり暴言を吐かれることをとにかく嫌悪する。
俺が嫌いとか、そういう心が痛くなるようなものはあるけど、沙亜羅曰くそれは別にいいらしい。彼女が一番嫌がるのは、俺が理不尽に嫌われ、傷つけられた時のみ。家族も愛しているけれど、いざという時は両親の願いも跳ねのけて俺を何がなんでも優先する傾向にある。ありがたいけど優しくて、でもそういうふうに俺がしたのかもしれない。
昔の沙亜羅は、あんなこと絶対にできなかったから。
『兄さん、私は大丈夫ですから。だから、どうか泣かないで』
だけど、それでも俺は沙亜羅を護ると決めたんだ。まああいつの言う通り王宮から追い出されたとしても、向こうが勝手に呼び出した責任もあるんだしなんとかするしかない。
「改めて、弟が申し訳ありませんでした」
「い、いや、アレシスさんはもう顔を上げてくださいって」
「ナカバ様……」
まともに喋るのも緊張するイケメンにこれ以上頭を下げられ続けるのはどうもいたたまれない。
たじろぎつつもう一度言うと、アレシスさんは顔を上げてありがとうございます、と笑う。
その笑顔もまた目が焼けるんじゃないかってくらい綺麗で、俺は改めてこの室内の顔面偏差値を呪ったのだった。
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