二章 男の聖女
第6話 イメージはやっぱり大事
今、俺はとてつもなく居心地が悪い。
ずらりと長方形に囲うように並べられた長机には国の権力者や王宮の魔術師たちがずらりと座していて、一番奥には王様がいる。
そして、俺はそれに向かい合うように一番手前の真ん中にアレシスさんと糸に挟まれて座らされていた。因みにあれから二時間は経ってるのにまだ髪の色は戻らない。勘弁してほしい。
「説明はみな聞いておるな」
すると、静まり返った室内にノア様の高い声が響いた。
「ま、そういうわけじゃ。聖女は沙亜羅ではない。その兄――央である」
ざわっと室内に広がるざわめき怯んでしまう俺に視線が集中する。因みに今沙亜羅はいない。間違われていた立場を気遣ってノア様が配慮してくれたみたいだが、それはそれで心配なのであとで様子を見に行くとしよう。
(……まあ、問題はこれだよなあ)
あれから儀式は当然ながら中止になり、怪我人の手当てや警備体制の練り直しだとかで鏡を見る前に此処に連れてこられてしまったが、やはりこのやたらキラキラした銀髪と紅い眼は夢でもなんでもないらしい。周りの目が召喚されて来た時と全然違う。
「……ど、どうも」
曖昧に笑って片手を上げる事しかできないが、これが俺の精一杯だ。好奇の目、期待の目、だが沙亜羅の時と違ってそこには困惑と敵意も感じられる。そりゃそうだ、聖女が舞い降りたと国中に大々的に発表したのに実はそれがその兄だったなんて知られたら、昔から聖女を信仰してきたこの国はパニックに陥るに違いない。
(俺だって沙亜羅だとばかり思ってたよ!いくら聖女ものが好きだからってこんな非王道ジャンルの主人公になりたいなんて思ったことなかったわ!)
乙女ゲームでも言えるが、俺は感情移入型ではなく物語であれゲームであれ、たとえ無個性であろうとも主人公に自己投影はしない主義である。なので素敵だと思っても、そうなりたいなんて思ったことは一度だってない。さっきハイテンションになったのも複雑ではあるが妹が聖女だと思ったからだ。
でもどうだ、蓋を開けてみれば俺が聖女?とてもつまらない!誰の得になる!
いや確かに一部には喜ぶ人もいそうだしそのジャンルを罵るつもりはないけど、だけど、俺個人としては萌えない。まっっったく萌えない。
これで俺が沙亜羅のお姉ちゃんの少女とかだったらまだ受け入れられ……いや自分の性転換とか考えたくないや。頭の中でぐるぐるとこんなことを考えている俺をよそに、国王や大臣、五つある師団の騎士団長たちは今後をどうするか少し強めに討論している。
「民に誠実であるべきです、此処は間違いを訂正し神の子として発表し直すべきでは」
「だが昔から我が国は聖女を信仰してきたのです!民に混乱が広がるのでは」
「それはお堅い貴族たちが物語に固執しているからでしょう、女であれ男であれ我が国に降りられた使いには変わりない。現に負傷した騎士団員のほとんどをナカバ様が奇跡で治療してくださった。我らは全師団共に央様をお守りします」
「それは騎士団の意見だ!我らが言っているのは今後をどうするかだぞ!」
……これは中々に厄介だし、原因が自分なだけあって非常に心苦しい。糸に軽く肩を叩かれたり、アレシスさんに気遣わし気に見つめてもらって気がちょっとだけ楽だけどこの二人自分たちの顔面の良さが俺にちくちく与えるダメージを自覚しているんだろうか。でもそれより今考えるべきは本当にこれからだ。
(まあ、問題はシンプルだ。聖女が男だった。それを国民に知らせるか知らせないか)
ただそれだけのことだが、国の事情もあるだろう。それだけ聖女の信仰は根強い。俺だって国を無駄に混乱させたくないし――守りたい存在もある。
「あ、そうか」
ぽろりと俺がそう漏らすと、ノア様がこちらを向いてすごく嬉しそうな深い笑みを浮かべる。この人は全部わかっているんだろう。俺が何を今思いついて、提案しようとしているか。
「央?」
「ナカバ様……?」
首を傾げる糸とアレシスさんに交互に頷いて、俺はそろそろと手を上げる。
「あの……ですね、俺は裏方に回るってのはどうでしょう?」
しん、と室内が静まり返る。両側のイケメンが目玉がこぼれるんじゃないかってくらいに目を見開いていた。
「表向きは沙亜羅を聖女に。俺はその守護者でも側近でもいいので常に傍にいても許される立場をもらえたら警備も人員を無駄にさかなくてすみそうですし。俺としても妹の身の安全が一番なので、偽物をさせちゃいますけどそれだけの守護の元に置かれるなら万々歳なんですよ」
「……央、お前な……」
「で、有事の際は沙亜羅の傍で聖女の力でやれることやります。浄化とか、いちいちお披露目しなくてもいいなら隠しようはあると思いますし」
「だがナカバ殿、わかっておるのか?沙亜羅様の御身は絶対にお守りするが其方がこれからどれだけ聖女としての務めを行い、民の為に尽力してもその感謝は全て彼女に向くことになってしまう。其方は最悪ただの従者としか認識されぬのだ。此度の偉業も」
王様のその言葉に、俺に感謝してくれているという騎士団長たちが一斉にこちらを見て首を振った。さっきから思っていたが本当に恩義を感じてくれてるらしい。がむしゃらにやってしまったことだが、喜ばれるのは単純に嬉しい。なので彼らを刺激しないように、今までの知識を使ってそれらしい振る舞いをしてみることにする。
「ありがとうございます、騎士団長の方々。皆さまが無事でよかったです」
「……ナカバ様」
「感謝の気持ちは忘れません。それに俺は自分が犠牲になっているなんて思っていません。聖女の行いが沙亜羅のやったことだと周りが認識しても、向けられた感謝の想いは変わりません。相手が違うだけなんですから。民の為ならば、必要な嘘もあっていい」
本心だけどキャラは少し盛っている自覚はある。証拠に糸が吹きそうになっている。お前後で覚えていろよ。
それでも、ギリギリのラインでラフさを保つ。軽すぎず重すぎず、そしてこれが妹や国を慮った完全な善行とは思われないように、自分の欲も隠さない。
「陛下の仰る通りです。ですが、俺も純粋に清い心から提案しているわけではないんです。言ったように、俺が一番守りたいのは妹、そして友人の糸です。沙亜羅はあの魔界の女性に俺の妹と知られています、だからこそ守護者がいる。――それこそ、三騎士の皆さんレベルの強い方々が」
皆の持っている聖女の夢を壊してしまうかもしれない。それでも立ち上がり、前を向いて交渉するんだ。それが俺のできること。これは夢でもゲームでもない現実なんだから。
「そうか、つまりこれを約束事……契約にしようというのだな。其方が身分を偽ることで我が国は変わらず聖女の存在を確固たるものとし、其方は大切な仲間を【自分ごと国最強の守護の元に置く】。……なんとも大胆なことよ」
「そ、そんな聖女に契約などと失礼な……」
「そういう約束事の方が、俺は信じやすいです。対価があって報酬があってみたいなシステムなら無償で色々与えられるより居心地がいい」
「……ナカバ様、貴方は……」
「どうでしょう?」
ここが勝負どころだ、と気合をいれてみたのだが――不意に王様がけらけらと笑いだしてしまった。これには一同唖然である。ただ一人だけノア様だけが「ああ始まった」と済ました顔でお茶を啜っていた。
「え、あの?」
「陛下?」
「――気に入った!サアラ様も中々勢いの良い女性であったが流石その兄上である!これを契約として受け入れよう。ナカバ殿……いや、ナカバ様たちの衣食住も安全もこちらで保証し、イト様とナカバ様には共に異界から降りられた聖女の守護者としての立ち位置を与える。よいな、神官」
「か、かまいませんが――それでは、お披露目の方は」
「聖女の安全を鑑み、混乱が落ちつき次第と発表を。その間にナカバ様たちこの世界の教育と魔法の授業を受けてもらわねばならん」
「……っ、ありがとうございます!よろしくお願いします!」
頭を下げて感謝するも、思った以上にとんとん拍子で進んでしまって驚いているのが正直な気持ちだった。そんな俺を視線で促し再び椅子に座らせ、ノア様は周りを説き伏せて行く王様を見やってやれやれと笑う。
「元々其方のそういう気質は国王の好みじゃったからの、不思議に思う事もない。あれは純真すぎるものよりも下心を隠さぬ方が信頼できると以前から言うておったし」
「は、はい……」
「全く、其方は周りに紛れようとするわりには腹を括ったら一直線じゃの、傍にいるものが苦労しそうじゃ」
「その通りです」
「おい、糸」
しゅぱっと手を上げる糸を睨みつけ、俺はふうとため息を吐く。一応毅然として提案してみたが、下手したら立場をもっと悪くする可能性もあった。上手く事が運んだことに感謝していると、不意にアレシスさんと目が合う。
「あ、勝手なことしてしまってすみません」
「……いいえ、御立派でした。流石聖女の資格を持つ方です……本当に」
「……アレシスさん?」
太陽みたいな暖かい色をした瞳が細まって俺を見つめる。その眼はとても綺麗だったのに、どこか切ないような……寂しいような感じがして俺は違和感を覚えた。
アレシスさんはとても親切で、俺が聖女と解る前から笑顔を絶やさなかった。あの騒動の後もノア様と場を収め、まだ傷の痛みが残っている筈なのに沙亜羅の保護まで手配してくれた恩人だ。これからきっとダアンさんやあの眼つきが悪いツンツン弟に俺のことも説明しなきゃいけない。
あまり個人的に話したことはないが、とても迷惑をかけてしまっている人の一人だ。
だってこれから俺だけでなく、表向きの聖女にする沙亜羅の守護もさせてしまう。本人の確認も取らず、強引な安全策をぶんどった俺に呆れているのだろうか。
それにしては、敵意がない。寧ろ逆で、元気がないのに無理して俺に笑ってくれているみたいだ。沙亜羅も心配だが、アレシスさんも気になってしまう。
「御心配にはおよびません、ナカバ様もサアラ様もイト様も我々が必ずお守り致します――もうあのような失態は起こさないと誓いましょう」
けどその強い言葉と笑顔がこれ以上踏み込むことを拒んでいるように思えて、俺はこの場では彼の望むまま何も問わず、曖昧な笑顔で頷くしか出来なかった。
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