第7話 最近は帰還できないパターンも結構あるらしい
それから会議は終了し、俺の力の発動を見てしまった使用人や兵士、そして出席していた騎士団長や大臣達には箝口令とノア様からの制限魔法がかけられた。
口約束だけでは俺が本当の聖女という秘密を破るリスクがあるということで、その事実だけは口に出来ないように関係者には魔法で制限をかけてくれるという。
ノア様は鑑定士だが、魔法使いとしての才能も桁違いだったらしい。相当の技量のものでない限りはこれは破れないとノア様は自慢げに胸を張って魔法の解説をしていたが、その様があんまりにも可愛かったので実は内容があまり頭に入っていなかったりする。
沙亜羅が待っているという部屋へ糸とノア様と向かいながらその可愛いご尊顔を眺めている俺を見上げ、悟っているのかノア様はやれやれと肩を竦めた。
糸は何故かすごく不機嫌そうに見えるが、理由はよくわからない。
「ま、今此処で説明してもわからんじゃろ。落ち着いたら糸も沙亜羅もまとめて儂が魔法の授業をつけやるから安心せい」
「ノア様、何から何までありがとうございます」
「気にするでない。儂も暫く城に滞在することになったし、何より其方らに興味がわいた。弟子というより孫が三人出来たつもりでおるからあまり気構えることもないよ」
孫というワードになんだか新世界の扉を開きかけてしまうけどそれどころじゃない。わかっているんだけどどうしても俺のオタク心が叫んでいる。
(ノア様めっちゃかわいい……!!)
俺ショタ萌えじゃなかったと思うんだけどな……という非常にどうでもいい悩みを頭の片隅に置きながらも、気になるのはアレシスさんだ。
「あの、ノア様。アレシスさんの傷ってちゃんと治ったんですよね?」
「ああ、クレディントの長兄なら其方の奇跡で完全治癒しておるはずじゃぞ。痛みもこれだけ時間が経てばそうつらくもないと思うが……気が落ちているように見えたならそれは心因的なものじゃろうな」
「心因的……?」
「ま、あそこも複雑なんじゃよ。あまり踏み込んでやるな、今は自分の事を考えるのが第一よ」
ノア様はそれ以上は言わず、てくてくと歩き続ける。糸の方を向いてみるけど首を横に振られた。確かに今はすごく大変で、自分たちの状況を整理するだけで精一杯だ。
そんな中で中途半端に誰かの悩みに首を突っ込むのはよくないだろう。それはわかっているのに、どうしてもアレシスさんのあの眼が気になってしょうがない。
(話、聞いてみたいけど迷惑かな。アレシスさんすごくよくしてくれるから何かに困ったり悩んでるなら力になりたいんだけど……)
そうこう考えている内に沙亜羅がいる部屋につき、メイドさんに取り次いでもらうと――豪速で沙亜羅が俺めがけて突っ込んできた。
「兄さん!!」
「ぐばっ」
「ご無事ですか?怪我は?何を話されましたか?もし兄さんを男の聖女と軽んじるつもりなら私は……」
「お、落ち着け落ち着け沙亜羅!俺大丈夫だから!全然元気!ね?!」
国ひとつ潰しますと小声で聞こえたのは気のせいだと思いたい。
相変わらずの静かな表情だがオーラと声音が少しだけ荒々しいのは感情的になってしまっている証拠だ。
解説役のノア様と糸に手伝ってもらって、俺は謝罪も含めて今の現状を説明した。
聖女が実は俺だったこと。だけど表向きは沙亜羅が聖女であるとして、俺は守護者の役割を糸と貰って裏から聖女の役目を果たすこと。衣食住も安全もだいだい問題なくて、魔法やこの世界の一般常識についての授業も受けることになったこと。
沙亜羅はびっくりするくらい冷静に俺の話を聞いてすぐに理解してくれた。
それでも正直俺の内心は複雑だ。俺が決めてしまったことだけれど、沙亜羅は実質影武者になってしまったようなものなのだ。完璧な守護の元に置くとはいえ、油断はできない。
だからこそ俺が聖女になることで皆の目が沙亜羅からズレるのだけは避けたかった。勘違いのせいで、これから沙亜羅にも理不尽なやっかみがくるだろう。
それを少しでも緩和するには、やはり沙亜羅には聖女でいてもらわないといけないんだ。
「……そういうわけなんだ、ごめん。お前に無断で……」
「いいえ兄さん、謝る必要はございません。私の為にたくさん悩んでくれたんでしょう」
「……沙亜羅」
「寧ろ、私の存在が兄さんの身の安全に少しでも繋がるのなら願ってもないことです」
どんっと己の胸を拳で叩きながらそう言う沙亜羅はすごく男前で、綺麗で、やっぱり世界で一番の妹だと思った。
ああどうしよう泣きそうだ。めちゃくちゃ大好き、サイリウム振りたい。なんかノア様がすごく何か言いたげな顔でドン引きしてるけど、引いてても美少年のご尊顔は綺麗だからまあいいか。
「う……っ、ありがとな沙亜羅……!お前が頑張りすぎないように、俺も頑張るから!」
「ああ、沙亜羅ちゃんも央も無理をしないように俺がちゃんとサポートするよ」
「糸……」
「ありがとうございます、糸さん」
そうだ、糸も被害者のようなものなんだ。沙亜羅も糸も、俺に巻き込まれて此処に呼ばれてしまったんだから。
男の聖女ってまだ完全に理解できてないし、あんな力を自分の意思で自由に使える自信は正直無いけれど、王様に宣言した以上俺は逃げられない。
逃げるつもりもない。二人を巻き込んでしまった責任を、俺がとらなきゃいけないんだ。
「……無理はするなって、央こそ思い詰めるなよ」
「う」
糸にはすぐに考えてることがわかってしまうのがちょっと悔しい。苦笑しながらほっぺたを抓ってくる糸の手を抓り返して、俺は考える。
これからの事と言っても問題は山積みだ。
城の敷地内にある小さな屋敷をノア様と一緒に使わせてもらえることになったが、件の魔界の問題や瘴気の完全な浄化については俺の成長次第になっている。
魔法を学んで、この世界を知って――あの力を使えるようになる。それ以外にもたくさんやることはある。
でも、糸がいる。沙亜羅もいる。二人を守って、二人に助けてもらって、なんとかやっていくしかない。こうやって笑えば笑い返してくれる大切な二人のために、俺は……。
「――で、儂、ずうううううっと気になってたんじゃけど」
「ノア様?」
「なんでしょう」
「そういえば神官さんたちと話してましたね、変な顔で」
糸の言葉にうなずいて、俺達のやりとりをずっと静かに聞いてくれていたのノア様はものすごーく微妙そうな顔をした。
「――其方ら、帰りについてなんで何も聞かんのじゃ?」
「「「あ」」」
す、すっかり忘れてたーーーーー!
「いや、こう、問題解決したら普通に帰れると思ってました」
「俺もこの前央に借りたゲームそういうオチだったので」
「私も兄さんにお借りした本が自由に行き来できる設定でしたので」
「はあ~~、慣れてると言うのも困りものじゃな~~。そちらでどれだけの流行りなんじゃ異世界転生とやら」
え、もしかしてもう帰れなかったりする?!
そんなような口ぶりに不安になると、ノア様は違う違うと首を横に振った。
「心配せんでも概ね央の予想で合っておる。召喚はこちら側から異界に片道の穴を空けてその引力で世界が望む者を吸い込むという仕組みでの、逆をするには相当の魔力量が必要じゃ。でもそれをするには現状この世界の魔力が足りぬ。大地が穢れすぎていての」
ノア様の説明によると、基本魔法を使うための見えないエネルギーである魔力は大地……草木や土などの自然が源になっているという。
でもこの大地に蔓延しつつある瘴気で人どころか大地自体が弱っていて、魔力も少しづつ無くなっている。
この世界は科学技術もそこそこに発展しているが、生活の中心はやはり魔法なので、大地の恵みを失ったらどうなるかは目に見えている。
だからこそ国は焦り、儀式を行って聖女を召喚したという。
「結界の強化が最優先と言うが、問題事態を解決するには世界全体の瘴気の浄化じゃ。そのためには魔族がどうして人を浚うかを突き止め、交渉するなんなりで接触し、あちら側もまとめて瘴気を浄化せねばならん。そうすれば其方らを帰すどころか頻繁では無いが行き来もできるほどの魔力が世界に満ちるじゃろ。そのための調査、各地に出現する瘴気の浄化に出向ける為に儂は其方らを鍛えるというわけじゃ。おわかりかの?」
「おわかりです……」
「だいたいは」
「理解はいたしました」
「ふむ、飲み込みが早いのは便利じゃな」
一気に説明されてまた状況整理が必要になってしまったが、ノア様はぶっちゃけあの神官さんより詳しくしっかり教えてくれた。
俺たちが来たばっかりだったのもあるだろうけど……多分、魔族のことを言わなかったのは彼らが恐れているからだ。
そういうことを見極めて考えていかないと。それに、父さんと母さんも――糸のお母さんも絶対に心配している。
だから、やはり俺たちの最終目標は世界の浄化をして帰還することだ。
「当然じゃが、糸も沙亜羅もステータスは優秀じゃ。魔力を扱う素質も大地に愛される魂の輝きも持ち合わせておる。央も含めてしっかり儂が面倒みてやるから安心せい」
「ありがとうございます」
「お世話になります」
素直にぺこりと頭を下げる糸と沙亜羅にほっと胸をなでおろしていると、こつんとまた杖の先で頭を小突かれた。
「な、なんですか」
「安心してる場合では無いぞ、一から学ぶ者と其方みたいに潜在能力とスキルだけバンバンある宝の持ち腐れじゃスタートが違うのだ。央は変な力の使い方を覚える前に矯正せねばならん。スパルタでゆくから覚悟しとくのじゃな」
「……マジですか」
「大マジじゃ」
にっこりと笑うノア様の顔は絵画のように美しかったが、眼はギラギラと燃えていた。それが好奇心なのか、久々らしい教え子にテンションが上がっているかはわからない。
「ふふん、孫が三人できるとは中々にいい気分じゃの」
……だからせめて、今は子供が三人増えて喜んでいるおじいちゃんだと思って微笑ましく眺めていたい。
「さて、ではこれから滞在する屋敷に向かう事にするかの。ついて参れ、我が孫たち」
ご機嫌なノア様に手を引かれガクガクと震える俺を糸と沙亜羅はまるで生まれたての小鹿を見守るような見つめていて、ちょっぴり涙が出たのはここだけの秘密である。
「……そう、 世界に必要な者だけが此処に呼ばれる―― 例外なくな」
――その時、誰にも聞こえないように呟いたノア様の台詞。
説明の中に含まれていた重大なキーワード。
それを聞き流してしまったことを、いずれ俺は死ぬほど後悔することになる。
***
その夜、俺はこれから住むことになった屋敷をそっと抜け出した。
色々あって疲れには疲れているんだが、横になってもどうしても眠気がやってこなかったから気晴らしに、という早々に軽率な行為だ。自覚はあるが、今日だけはちょっとだけ許してほしい。
因みに警備は万全ではあるが、夜更けはノア様が守護の魔法をかけてくれいるので兵士さんは屋敷にいる数人だけだ。むやみに人員をさかずに済むのは俺もちょっと気が楽だ。警備を頼んだ張本人だけど、過度な負担はかけたくないし。
「庭園くらいなら行っていいって言われたしな……」
そう、それにノア様の許可済みなのである。ただそれでもこの場所の近くにある庭園までだ。それ以上行ったら杖で百回小突かれてしまうらしい。……殴らないあたりがノア様の優しさで溢れている。
糸や沙亜羅を誘うべきかと思ったが、今は少しだけ一人になりたかった。
……俺だけが呼ばれてれば妹と親友に迷惑をかけなかったのになんて、マイナスな自己満足の想いは絶対に知られたくないから。
「おお……!」
辿り着いた庭園は王宮の裏側にあって、あちこちに綺麗な花が咲いている。俺達の世界の花もあったが、季節感はバラバラで、何本かぼんやりと光を帯びている不思議な花もある。
流石異世界とワクワクしながら綺麗に手入れされた花々を眺めながら石畳を歩いていると――何かが聞こえて思わず足を止めてしまう。
「……音色?」
それは笛の音のようだった。でもオカリナとかフルートとか、そういう音とはちょっと違う。空気を優しく揺らしながら耳に届いて、体をほんのり暖かくするようなものだ。
(これ、魔力も混ざってる?)
脳裏になぜかオレンジの光がちらついて見える。ノア様が人によって使える魔法の属性が異なっているとは聞いたけど、こんなに色が鮮明に頭に浮かぶのは俺が聖女の力を持っているからだろうか。
綺麗な音色とどこかあったかいぬくもりに誘われるように庭園の奥へと進むと、そこには大きな噴水がひとつあった。女神の像が中心に置かれた壮大さを感じるようなものだが、俺の目は違うものに奪われていた。
「……」
夜闇の中、月の光と同じくらい光を放つ花々が辺り一面に咲いている。
散った花弁はまるで蛍のように舞っていて幻想的な光景というのはこういうものなのだと思わされる。
でもそれよりも綺麗だったのは、噴水に腰かけて硝子のように透き通った笛を吹いている人物だった。
昼間と違って防具も身に着けていない、とても軽い服装だったがすぐに誰かわかった。
月の光で透けるようにきらめく金色の髪、隠れてしまった太陽を思わせる暖かい色の瞳。そう、今日たくさん迷惑をかけてしまったあの人だ。
「アレシス、さん?」
「ナカバ様――?」
目を丸くしてこちらを見返すその表情は、昼間のアレシスさんからは考えられないくらい無防備で、何を言っていいかわからない俺は彼が立ち上がるまでそのまま棒のようにその場に突っ立っていることしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます