第16話 幻獣族とその事情、そして


「な、なんとまあテンプレな……」

「第一声にそちらの世界の言葉を使うな、緊張感もない」


 そんな風に俺に悪態をつきながらも、フィレトはまるで庇うようにルゼルというケモミミ少年と俺の間に立ってくれた。


「――幻獣族は基本的に我らの国に干渉しないと聞いていたが、これはどういうことだ」

「あ、さっきの五月蠅いオマケ」


 ざわり、とフィレトの髪が逆立ったような幻覚が見えた。思わずやばいと声が漏れたが、フィレトは俺のときのように憤慨もせず、静かにルゼル君に言葉を重ねる。


「幻獣族は魔力に恵まれた古代種とも呼ばれる種族、それが聖女を嫁に娶ろうなど何か目的にがあるとしか思えん」

「聖女じゃなくってこいつを嫁にするって決めたんだけど」

「……お前、話が通じないのか?」

「フィレト、フィレト我慢して! ちょっと我慢! 頼むから!」


 折角フィレトが冷静に問い返してくれたのだが、どうやらこの子は見た目と同じように精神的にもちょっと幼いらしい。というか、天然なのだろうか。

 再び噛みつきにかかりそうなフィレトをなんとか諫め、ひとつ深呼吸をして俺は改めてルゼル君の目の前に立って話しかけた。


「ええと……君は、ルゼル君でいいんだよね」

「ああ! ルゼルだ、ルゼル・アグノヴァ!」

「俺は音霧央……ナカバっていうんだ。その、状況を整理したいんだけど質問に答えられる範囲で答えてもらっていいかな?」

「おう! なんでも聞いてくれ!」


 こちらを見上げて屈託なく笑う姿に思わずキュンとなるも、隣のフィレトの視線が怖くて苦笑いしてなんとか流す。


「まず、此処は?」

「幻獣族の里だ。特殊な結界で護られてるから普通の人間は入れないところだぞ」


 詳しく聞くと、この里自体は俺達がさっきまでいた場所から遠く離れた森の奥にあるらしい。さっきの魔法はフィレトの言った通り、元々ある森の一部を召喚したもので、魔法を解除するときに俺達を連れて来たのだそうだ。里自体の規模はそんなに大きくないようで、みんなこんな感じの天幕を住居にしているらしい。

 思ってたより素直にたくさん話してくれる様子を見てると、やはりルゼル君自体は悪い子ではないのがよくわかる。でも素直というか……少しだけ純粋過ぎる。少しばかりそんな違和感を覚えながらも、俺は一番重要な質問に移った。


「……君は、いや君たちはなんでお嫁さんが欲しいのかな?」

「それは……」


 ルゼル君の耳が少しだけ震えて下を向く。今まで笑顔だったその表情の変化に首を傾げつつ彼の言葉を待つ。


「それは、こちらから説明させて頂こう」


 けれど、返ってきたのはルゼル君の声じゃなかった。フィレトが再び俺を庇うように前に立つと同時に入って来たのは、数人の幻獣族の人たちだった。

 五人くらいの男性が守るように囲っている中心には小さなケモミミの御老人がいて、その護衛の中にさっきルゼル君にエイザと呼ばれていた隻腕の人もいた。


「……」


 じっとこちらを見つめたかと思うと、他の人たちと同じように顔を下に向けて一歩下がる。けれどルゼル君だけは膝をつくことも頭を下げることもせず、また花のように笑ってご老人の方に駆け寄った。


「じっちゃん!」

「長老と呼べといっとろうが!」


 御老人こと長老さんは、ルゼル君たちと違って思いっきりこう……半獣というよりほぼ動物というか……二足歩行の二頭身のわんこみたいな姿をしている。

 正直なところ抱っこしてモフモフしたいくらいぶっちゃけかわいいが、今はそれどころじゃない。

 ルゼル君だけとなら普通の話せたけど、こんなに仲間が来たとあってはやはり萎縮してしまう。それでも身体が震えないのは、きっと目の前にフィレトがいてくれるからだ。


「アホ孫を嗜めるのは後じゃな、見苦しい姿を見せてすまんかったの」

「あ、いえ……」

「儂は玄獣族の長のアレフじゃ、エレゲルティアの御客人」

「何……」


 客人、という言葉に俺とフィレトが目を見張ったと同時に、ケモミミおじいちゃんことアレフさんが――なんと俺達に深々に頭を下げた。


「この度は、暴走した若者たちが無礼な真似をして申し訳なかった。里の長として深くお詫び申し上げる」

「な――」

「え、ええ!」


 驚いたのは俺とフィレトだけじゃなく、護衛の人たちも焦ったように顔を上げる。


「長!」

「じっちゃん……?」


 ルゼル君を横目でじとりと睨みながらもこちらに頭を下げ続けるアレフさんの前に慌てて膝をついて、俺はぶんぶんと首を横に振った。迷わずその小さな手を取ると、何故か周りから息を呑む音が聞こえた。


「頭を上げてください! 状況がちゃんとわかってないのに謝られても、余計混乱してしまいすし……まずお話を聞かせてください!」


 何もわからない状態で謝罪をされても、こちらだって判断ができない。

 でも謝るということは、向こうに少なくともこちらを害するつもりはないと俺は思う。

 フィレトには甘いと言われるかもしれないし、もしかしたら謝罪も演技かもしれないという疑念はゼロじゃない。

 でも、もしそうだったとしても頭を下げるこの人と、その様子に慌てて悲壮な顔をするこの人達の話を聞いて見たいと思ったのは本当なんだ。


「……嗚呼、やはり貴方様は……」

「……?」


 アレフさんはゆっくりと顔を上げ、手を取る俺をじっと見つめると何処か遠くを見るように目を細めて手を放した。何かを懐かしむような、愛おしそうでどこか悲しそうな眼差しだった。でもすぐに表情を真剣なものにして、こくりと静かに頷いてくれる。


「……我らが不可侵領域に住み、人と交わらぬ種族であることは聞いていますな?」

「は、はい」

「幻獣族は魔力に愛された種族です。人間よりも強く自在に魔力を扱える代わりに、我らは逆に大地に宿り流れる魔力の影響を受けやすい。この森に里をおこしたのも、汚れない純粋な魔力が流れる土地が故」

「……瘴気の影響か」


 アレフさんの説明に、黙って話を聞いてくれていたフィレトがぽつりと漏らす。

 どういうことかと俺が聞く前に、頷いたアレフさんが言葉を続けてくれた。


「そう、しかし魔族がここにきて瘴気をこちらに送ってくるにつれに我らの里の核となる聖なる大樹――精霊樹の力が衰えているのです。葉の一部が病にかかったように黒くなり、結界も揺らぐことが多くなり、何より精霊樹の清らかな魔力を浴びて生きてきた幻獣族のものたちも体調を崩しはじめてしまっておりまして……」


 精霊樹というのは、大地の魔力が集中した特殊な木のことらしい。里から少し離れた森の中心の遺跡に囲まれた場所にあるそうで、その樹の影響でこの里の人たちは純粋な濁りの無い魔力を浴びて生きていけているらしい。

 純粋な魔力とそうじゃない魔力の違いがよくわからないが、そこは後でフィレトに聞いたら教えてくれるだろうか。


「でも、どうしてそこから聖女を花嫁にするって話に?」

「そこのアホ孫とばかども……コホン、うちの里の一部は聖女の伝説を過剰なまでに信仰していましてな、エレゲルティアに降臨された新たな聖女か強い力を持つ人間を花嫁に迎えれば神の恩恵を受け、大樹も清らかさを取り戻すだろうとなんの根拠もないのに、勝手に信じ込んで、暴走をしたというわけです。全くお恥ずかしい限りですじゃ」


 ぎろり、と毛を逆立てて周りを睨むアレフさんにルゼル君以外のお兄さんたちが怯えるように肩を震わせて下を向いた。ルゼル君もさっきからやけに大人しいと思ったらエイザという人に片手で口を塞がれている。……余計なこと喋らないようにしてるのだろうか、突っ込みたいのを耐えつつも、素直に言葉が零れる。


「……もしかして、俺とんでもなくどうしようもない理由で浚われた?」

「……ああ、そうだな」


 流石にフィレトも頭を抱えていて、俺も苦笑いが浮かぶ。

 でも、次のアレフさんの言葉に再び俺達は目を丸くすることになった。


「何より、今精霊樹はとある人間たちから呪も受けているのです。花嫁以前にそちらを解決せねばならんというのに」

「……え?」

「我らの里には人間は立ち入りできませんが、森自体は力が強ければ入れます。その人間たちは我ら幻獣族が弱っていることを見抜いた上で呪いで樹を弱らせ、我らに配下に降れと脅しているのです」

「な、なにそれ……それでなくても樹が弱っているなら里も危ないんじゃ……」


 幻獣族についてノア様に教わった時に、不可侵の一族の他にその理由もやんわりと聞かされていた。ずっとずっと遠い昔、それこそ初代の聖女の時代に幻獣族のひとたちは人間に奴隷のように扱われていたという。

 色々あって人と和解しても不可侵でいたのはそれがルーツにあるからと聞いた。

 そんな人たちを従えようとしている酷い人間がいるだけで、ぞっとする。

 でも、この近郊でそれをするということは。


「それは、エレゲルティアの貴族か」

「……そうだ」


 エイザさんという人が眉を顰めて問いかけたフィレトの方を見る。その顔が険しいのは何故だろうと思っていると、どこか探るように彼は続ける。


「といっても、不祥事を起こして首都を追い出された一族だ。辺境に飛ばされたのをいいことに我らの森を見つけ、遺跡に居座り大樹を穢している」

「……」

「一番力が強く周りを先導しているのは……お前と同じ、青みがかった銀の髪と金の瞳を持つ男たちだ」 

「――!」

「フィレト?」


 その言葉に、フィレトの顔から血の気が引いた。真っ青になり、目を見張ったまま固まるフィレトに追い打ちをかけるようにエイザさんはその一族の名を口にする。



「エンデルグルグ家――かつてエレゲルティアで強大な権力を得ていた貴族だ」



 その名前を聞いた瞬間フィレトの顔に浮かんだ表情に、俺はただ目を見張り何も言えなかった。いや、言えるわけがない。



 だってそれは怒りでも驚きでもなく――怪物を前にした子供のような、ひどく怯え切った表情だったのだから。


 

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