第15話 前髪下ろすと童顔っていうのはわりとずるい

 夢を見ていた。確か糸と初めて会った頃の夢だ。

 どこか寂しそうな顔をした男の子だと思った。沙亜羅は俺の後ろに隠れていて、それでも興味があったのだろう。背中から顔をのぞかせていた。

 俺はまっすぐに糸の傍に行って、すっと手を出した。


「おれ、おとぎりなかば! よろしく!」


 今思えば随分とあの時の俺のコミュニケーション能力は高かった気がする。

 糸は小さなころからそれはもう美形で、ちんちくりんの俺は幼心ながらちょっと嫉妬してたような気がするな。

 だけど、俺を見るその眼があまりに不安そうで。

 とても寂しそうに眉を下げているから、どうしても放っておけなかった。

 この綺麗な子のそばに、いてやらないとと思ったんだ。

 今もそれは変わらない。

 変わらないけど、少しだけ何かが違うと思うのは、気のせいだろうか。




***




「……い、……お……」

「うーん……くそAP余ってたのに……溢れた分消えるとか……このあぷりひとの、こころがねえ……」

「おい!起きろ!」

「ひええええ今回は課金してないから許して沙亜羅!」

「何言ってるんだお前は!」


 すぱんと一発頭を殴られ、痛みと共に思考も視界もクリアになっていく。横たわる俺を横からのぞき込んでいるのはフィレト……の筈だ。


「俺達は得体の知れない種族に浚われたんだぞ! 何を呑気に寝ていられる!」


 ぎゃんぎゃんとやかましくがなりたててくるし、銀髪だし、顔もフィレトなのだけど――これは大変だ。アイデンティティとも言えるあの上がった前髪が下りている。


「フィレト、やっぱり前髪下ろすと幼く見えるんだな」

「ハァ!?」


 おっと、チワワをこれ以上キャンキャンさせても俺の鼓膜が破けるだけだ。

 ぐるりと辺りを見回す。布で囲まれた空間はどうやらテント……天幕の内側のようだった。下は厚い毛皮のような布が敷かれていて、体が痛くないのはそのおかげなのだと理解した。

 俺もフィレトも別に拘束されてないようだけど、代わりに何処か体が重い気がした。

 害を加えられたわけでも、体内の魔力をいじられたわけでもない、でも……。


「……やっぱり、紅蓮が出てこない」

「……寝坊助でも理解できたな。そうだ、この天幕どころかこの周辺に強力な結界が張られている。古代種以外の種族の人間は恐らく、まともに魔力を使えないだろう」


 でも口だけを動かしてフィレトが付け加えた言葉に、俺は黙ってうなずいた。

『だが、聖女は例外だろう』

 紅蓮が出てこないのは、上手く魔力を扱えないのではない。聖獣は聖女の魂――俺の内側が本来の居場所だ。外に出ているのは俺が紅蓮を連れて歩きたいのと、多分紅蓮自身が外を見たがってるから。

 でもその紅蓮が内側にいるということは、身体に貯めた魔力を俺に使ってと訴えているのかもしれない。それだけに強力な結界なんだろう。

 でも、きっと俺には破れる。


「……まず、俺たちを浚った人たちに話を聞こう」

「正気か?! 花嫁にするとまで言われてただろう」

「ウッ、いや、まあそれはまず置いといて」


 眉を寄せて腕を組むフィレトに向い合うように正座をして、俺は肩を竦める。

 あのルゼルって男の子や、一緒にいたエイザと呼ばれてた男の人の事は気になるが、今はどうしてあの人達が花嫁を必要としていたかを聞きたい。


「それにさ、聖女を花嫁にとも言ってだろ、沙亜羅に何かあったら大変だし、言葉が通じる種族ならまず話を聞いて見ても悪くないだろ?」


 残してきてしまった糸や沙亜羅たちが心配だけど、あの時多分アレシスさんたちと合流はしている筈だ。あの二人と一緒なら大丈夫かもしれないし、俺がこうなった以上ノア様にも連絡が行ってるかもしれない。自分でも驚くくらい、わりと冷静にものを考えられるのはやっぱり順応が早いからだろうか。

 でも、流石に考え無しのようだったらしく、フィレトはすんっと顔をチベットスナギツネみたいにして俺を見つめてきた。


「……花嫁という名目で生贄にされるかもしれないぞ、本当にお前お人よしの考え無しだな、危機感がないのか? 頭の中が花畑なのか?」

「……ご、ごめん、というか淡々と罵られると結構ダメージ来るんだけど」


 さっきみたいに喚きたてられる方がまだマシかもしれない。しかもほぼ正論だから返す言葉もなく、ただ肩を落とすに俺にフィレトはビッと指を差して顔を顰めた。


「黙れ、いつもお前を甘やかす奴らと俺を同じに見るなよ」

「あ、甘やかす……」

「兄上どころかダアンまで籠絡しておいて白々しい、お前が女なら女狐と呼んでたな」

「フィレトはチワワだけどな」

「だからそのチワワという呼び名をやめろ!」


 ぎゃんっと毛を逆立てるみたいに俺に怒鳴ってから、フィレトはふうと深いため息を吐いたかと思うと、すうっと目を細めて素早く天幕の入口へと目を向ける。

 それに釣られて俺も顔を上げたとき、布をめくってその子はやってきた。


「目が覚めたか! 俺の花嫁!」


 今回の誘拐犯――赤い髪のケモミミ少年は、それはもう瞳をきらきらさせて幸せそうに笑っていた。



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