一章 聖女召喚+2名

第1話 好みは千差万別

 昔からアニメや漫画は好きだった。

 そして知る理由はちょっと特殊だったけれど俺こと音霧央おとぎりなかばが一番好きなジャンルはどちらかといえばイケメンがたくさん登場する女性ファンが多いジャンルだ。乙女ゲーとか女性主人公が多いアニメやゲームと言えばいいだろうか。

 男がこういうのを好きだと浮くとか恥ずかしいとか、イベントに並んでると下手したら転売屋疑惑をかけられたりするけど、そんなのも気にならないくらい俺はこのジャンルが大好きだ。

 その中でも今のマイブームは【聖女】もの。女性向け恋愛ファンタジーライトノベルが主だろうか。ネット小説も毎日更新を追っているものがたくさんある。

 同じ題材でもやはり作者によって世界観も立ち位置も違う。その違いや、展開を楽しむのが好きなのだ。

 そんな俺が、どうして予想するだろう。


「嘘だろ……?」


――自分が聖女の力を持って異世界召喚されるなんて。




***




いと、もうこの前貸したやつクリアしたのか?」

「ああ、今回は選択肢選ぶだけだったから楽だった。シナリオもシステムも良かったが、隠しの扱いが薄い」

「あー、わかる。隠し作るんだったらもっと濃くしてほしかったよなー、ファンディスクでやってくれそうだけど」

「お得意商法ってやつか」

 パソコンの前でソシャゲの周回作業を続ける俺の後ろ。正しくは俺のベッドに腰かけて本棚を眺めているのは幼馴染の譜弦糸ふげんいと。ワックスも使ってないのにほどよく緩い襟足の長い黒髪に、深い青色の目。びびるくらい端正な顔立ちをした185センチというスタイルも抜群な長身のイケメンだ。

 学校を歩けば必ず女子が振り返るその糸が、俺の趣味を知りたいと定期的に乙女ゲームを借りてくると知られれば校内パニックだろうと思う。あ、編成ミスして出撃してしまった。

 マウスを無限にクリックし続けるそんな俺に慣れている糸は、一見ポスターもフィギュアもないシンプルな部屋の一角を見て何かを選んでいる。

――そう、俺の乙女系コレクションの本棚を。


「また増えてるな聖女もの小説と漫画。あ、でも悪役令嬢もある、意外」

「主人公は転生悪役令嬢なんだけど、親友になる聖女がめちゃくちゃいい子なんだよ。サイト連載してから追ってて、書籍化をずっと待ってたやつなんだよね」


 ゲームに漫画、小説までずらりと並ぶ一角は特殊で、男友達が来た時には別の本棚をスライドして隠せるようになっている俺の聖域である。

 クールで口数が少ないわけじゃない糸は一見リア充でスクールカーストの上位にいるような男だが二次元にまるで偏見がなく、乙女系に限らず俺が面白いと言った作品はだいたい見てくれるし、飾ったりせずに率直な感想をくれる。

 勿論言葉を選んで、央は好きだと思ったけど俺はこういうところが少し駄目だったとか正直に言ってくれるのだ。絶対に人の好きなものを侮辱したり、否定したりしない。偏見とか嘘とかおべっかとか、そういうもの全般を嫌う糸らしいその姿勢が俺はとても好きだしこいつが親友で幼馴染で良かったと思う。……照れくさいので口には出さないけど。


「央は本当に好きだよな聖女もの。俺もこの前ネットの読んでみたけど、異色なやつも面白かった」

「最近王道以外でも色々増えてるからな~探すのも楽しいんだ。書店でもコーナー作られてるし。あ、そうだそうだ。ゲームの段の一番右端が最近買ったやつだから糸やっていいよ」

「ん、これか。PCだけど全年齢だ」

「未成年だからどちらにしろ発禁はできません。それはな、めっっちゃくちゃ、ほんとにめっっちゃくちゃ泣けた。シナリオが神」

「『君の涙を拭うために世界を崩壊させる恋愛ADV』ね、央好きそう」

「糸が好きな愛情重い系魔王破壊者が出てくるぞ」

「やる。三日でフルコンする」

「やめろよ寝ろよ」


 思わず作業の手を止めて振り返るともう既に鞄にゲームを入れているところだった。興味でも強烈なものを抱くと一直線なのが糸らしい。ゲームをしている時だけかける黒渕眼鏡を机に置いて苦笑すると、糸も薄く笑う。あー、この笑顔に女子が卒倒していくんだな。同い年で同じ夏生まれで黒髪も同じなのに俺は平凡顔で平均身長、神様はどうしてこうも不公平なのか。


「糸そういう男好きだよな、女の子の趣味かとかなんて聞かないけど」

「……強いて言うなら、共感が多いからだな」

「へ?」


 どういう意味だと聞く前に、軽いノックの音が響く。途端、糸への疑問がぶわりと俺の頭から吹き飛んだ。がちゃりと返答を待つこともなくドアが開き、俺の天使が顔をのぞかせる。


「兄さん、糸さん、お母さんがケーキを焼いてくれたから食べませんか?」

沙亜羅さあら!!」

「沙亜羅ちゃん、お邪魔しています。是非ごちそうなるよ。行こう央」

「おう!待ってろ沙亜羅!」


 一旦作業を中断してブラウザを閉じ、にこにことほほ笑む天使に満面の笑みを返す。ええい気持ち悪いも正直ドン引きも聞き飽きた。それでも俺は自分の妹が世界一可愛いのだ。

 ストレートの黒髪、俺と同じダークブラウンの瞳。ぱっちりとした二重に長い睫毛の整った美人系の顔立ちは薄化粧でも後光が見えるほど美しい。すらりとした足だが、体形は細すぎず太すぎずの健康的ささえ感じる印象でどっからどう見ても美少女。現に昔から一緒に街を歩くと芸能界やモデル事務所からスカウトがかかるほどの天使――それが俺の一つ下の妹、音霧沙亜羅おとぎりさあらだ。

 俺はこの妹が世界一可愛い。同じ血が流れているのに、彼女は本当に全てが完璧だ。でも俺は知っている。

 だからこそこの子は俺が護らないといけないし、見ていてやらないといけないんだ。


『兄さん、わたし、どうすればいいかわからないの』


 あの時みたいに、後悔しないように。


「央?」

「あ、ご、ごめん」

「……どうかしたか」

「なんでもない、ありがとな糸」

「……」


 心配そうに覗きんでくる糸の肩を叩いて大丈夫だと伝える。今に始まったことじゃないが、昔から糸は俺のことをよく見てくれた。

 幼馴染で親友だからといって、俺も糸に頼りすぎている自覚はある。辛い時も落ち込んだ時も、慰めてほしいタイミングで糸は現れたし欲しい言葉をかけてくれた。敢えて何も言わずに傍にいてくれたこともある。

 きっと、糸は俺よりも俺に詳しい。そして俺も、糸より糸に詳しくなりたい。

 そんな俺達は昔から冷やかされることも多かったけど、不思議と離れようとは一度も思わなかった。俺たちの友情というか、関係を理解してくれない相手にどう言われても別に構わなかったからだ。勿論、ちゃんとわかってくれる友達もたくさんいたし。

 俺が糸にもらっているものを、いつか糸に返せたらいい。

 リビングについて沙亜羅とお茶の準備をしている糸をキッチンから眺めながらそう思った。

 母さんに急かされるまま皿を出し、焼きたてのチョコレートケーキを切り分けて乗せてテーブルに並べた。

 そしてみんなが椅子につけば、いつものお茶会が始まる。


「糸君が来てくれるって聞いてたから甘さ控えめにしてみたのよ」

「ありがとうございます、ビターチョコ好きです」

「ね~、糸君は昔から大人だったのものね」


 テンションが高い母さんに沙亜羅と苦笑いしつつケーキを食べる。休日の午後のこのお茶会は昔からずっと続いていることで、多分俺と糸が小学生のころからだ。

 そう、糸の両親が離婚した時期から。


織姫おりひめさんは元気にしてる?」

「母さんは相変わらずです、出張が多くて一昨日また海外に。おばさんと皆によろしくと言ってました、来月に俺の食費とかも送金するって」

「一応決まり事だからもらってますけど、いつも必要以上に入っているからそれはやめてくださいって伝えておいてね」

「ですけど、ずっと夕食だけじゃなくこうして菓子も頂いてるわけですし。母さんもそういう気持ちで……」

「それはそれでこれはこれ!糸君ももううちの家族なんだから!変な遠慮はなーしなしなし!」


 ぷうと頬を膨らませる母。アレな口調もだけど、ちょっといい加減厳しいぞ、確かに見た目は20代だけど実年齢は立派な50目の前だ。もう慣れたけど。


「母さんの言う通りです、糸さんは私にとってももう一人のお兄さんなんですから」

「そうだぞ糸、お前が真面目なのはわかってるけどさ」


 頷く沙亜羅に俺も便乗する。

 糸の家はおばさんがシングルマザーになってから最初のうちは家政婦さんが糸の面倒を見ていたのだが、おばさんの友達でご近所のうちの母さんが心配して糸を一定の時間はうちで預かることにしたのだ。

 その日から高校に上がるまで、ほとんど糸はうちで育ったと言っていい。時にはうちに泊まったり、夏休みの旅行は糸も一緒にでかけた。

 その分の食費や経費をおばさんが母さんに払うことにしたのはあの人なりのけじめらしい。

 糸のお母さんの織姫さんは糸の為に必死で働いていて、でもそれと母親が両立できなかった。でも糸はおばさんを尊敬しているし、おばさんは糸が大切で、親子関係は良好。ただそれでも多感な年頃の子どもに家政婦さんとだけの食事とひとりきりの夜は寂し過ぎた。

 だから、あの時期から糸は俺達にとって新しい家族も同然になったのだ。

 父さんも母さんも糸をかわいがったし、俺と沙亜羅も糸と過ごすのが当たり前になっていた。


 多分、俺と糸の距離がおかしいと言われるのはそれが原因かもしれない。気が付いたら右に沙亜羅がいて、左に糸がいた。いつも二人の手を引いていたし、いじめてくるやつは皆追っ払った。逆に俺がそれで傷だらけになったら両側からわんわんと大音量で泣かれて耳が痛かったのもよく覚えてる。

 俺の部屋に泊まる日、夜中におじさんとおばさんを呼んでは泣きだす糸の背中を撫でて、何も言わず自分の布団に引きずり込んで手を繋いで寝たこともある。さすがに小学校高学年くらいにはなくなったが、糸に触れることに俺は全くの嫌悪も無かった。

 それくらい……最愛の妹と比べられないくらい、俺は糸も大事だ。


「……ありがとうございます、でもやっぱり俺の気がすまないので、お返しに央の勉強の面倒は俺が見ますね」

「ゲッッ」

「兄さん、また赤点だったんですね。私もお手伝いしましょう、一年遅れてはいますが高校で学ぶ内容はもう頭に入っていますから」

「あら~……央、あとでお話があります」

「糸ーーーーー!!!!」


 突然の裏切りに俺が嘆くと、沙亜羅が笑う。糸も声を殺すようにくくっと笑いを堪える。

 そんな穏やかな時間は当たり前で、だからこそ尊かった。


 


 

――そう、そうやって俺の毎日は巡っていた。


 一年遅れで高校に通う沙亜羅を気遣いながらも、糸たちと楽しく毎日を過ごし、夜には糸と一緒にファミレスでアルバイトをし、その労働で得た給料で購入した乙女ゲーをし、アニメに一喜一憂し、スマホの画面を前に頭を抱える目まぐるしい日々。

 なのに、それは突然やってきた。

 糸と沙亜羅と放課後にファミレスに寄った帰り道、突然俺たちの足元に出現したのはアニメやゲームでよく見る魔法陣で。現実にはありえないそれに驚愕している間に、俺達の視界は白に包まれ。そして。




「召喚に成功した!!我らの希望――聖女様が舞い降りてこられた!!」



 夢にまで見た異世界に、あっさりと召喚されてしまったのだ。


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