第2話 夢の異世界召喚とイケメン三騎士
日常が突然非日常へと姿を変える。しかしあらゆるファンタジー作品、特に聖女ものを読み漁ってきた俺にはわかった。
豪奢な家具や調度品が並ぶ広い円形の室内、足元に広がる魔法陣に周りを取り囲むファンタジックな服装をした魔法使いたちに貴族らしい服装の人々。
そしてあの一言。
そう、そう、俺は今、聖女ものの異世界召喚の冒頭シーンをリアルに見ているのだ!!
「せい、じょ……?」
だが、沙亜羅の戸惑った声ですぐに我に返る。恐らく【聖女】としてこの世界に呼ばれたのは沙亜羅だ。
でもこれはどういうパターンだろう。聖女を召喚するということは、当然ながら何か問題があるに違いない。それはきっと危険なこともある。王道でいくなら沙亜羅はイケメンズに守ってもらうことになるし、その中の誰かと恋に……えっちょっと待ってそれは嫌だ。まだ妹を手放す心の準備ができてない!あと50年くらい待ってほしい。
「央、大丈夫か。落ち着け」
「えっ、あっ、い、いと」
そうだ、糸も呼ばれたんだ。俺と一緒に聖女もの作品を読んできたせいか、びっくりするくらい糸は動じていなかった。でも俺の手を掴み、庇うように後ろにしてくれている。くそう、こんな時でもイケメンか。でもそれは沙亜羅にしてやってほしい……と思ったら沙亜羅が歩き出して、神官さんぽい人に向き合っていた。
「ずっとずっとお待ちしておりました聖女様。このようなお呼び方で本当に申し訳ございませんでした、いえ、今はご混乱しておられることでしょう――まずご説明を……「待ってください」
え、え、沙亜羅ちゃん?
「兄さんたちはスルーですか。私が聖女かどうか置いておくとしても、まず私だけに謝罪するのはおかしいかと」
「……も、申し訳ありません……!異界召喚は強大な儀式故、無関係な方々も巻き込んでしまったのでしょう……」
「……」
「いと」
「なんだ」
「沙亜羅、ガチキレしてない?」
「してるな。多分、お前気付いてないとおもうけど一部がすごい嫌そうに俺達見たからだろ」
「あー、聖女の近くにいる男だから?」
「まあお前が兄ってわかった奴らが目の色変えたけど」
「異世界も人間恐い」
まあなんとなくわかる。聖女は神聖なもので、だいたいの作品だととても大切に守られる。近くに寄れる男は本当にメインキャラか、聖女の近くに置くにふさわしいと周りが判断した人間に限られているのが定番だ。なのに知らないオマケが二つ付いて来たら面白くないし、大変な儀式の末呼び出したんだから神官さんも感激のあまりスルーしちゃうだろう。
「沙亜羅、俺たちは大丈夫だから話を聞こう?」
「……兄さん」
しゅん、とさっきまでの覇気を消して傍によってくる沙亜羅に笑みを向ける。ぎろりと沙亜羅に見惚れていたらしい男たちの視線が突き刺さるのがわかるので、頭を撫ではしない。まあ人目がなくなったら撫でるけどな。
「本当に申し訳ありません、どうぞこちらへ」
すっと前に出て来たメイドさんに驚く間もなく奥の部屋へと連れていかれ、そして神官さんに状況……つまり世界観説明が始まった。
まず、この世界には二つの大陸があること。人間の国と魔物を従える魔族の国こと魔界。ふたつの種族が大陸を分けて暮らしていて長い間両国は不可侵で過ごして来た。でも、最近になって魔族が人間を浚うようになってしまったという。
今まで交流がなかったせいで人間は魔族のことは何もわからず、ただ人を浚う悪として忌み嫌うようになったらしい。魔族の国には結界があってコンタクトをとることもできない。しかもその国から自然を枯らし人を弱らせる瘴気が漏れ出しているという。
その瘴気から人々を護る結界の強化と、魔族の国の結界に穴を空けて浚われた人間たちを取り返すために聖女を呼んだらしい。うーん、聖女ものというよりはちょっと戦闘ありの召喚ファンタジーなあらすじだ。
なら、余計心配になる。沙亜羅は絶対に守られるだろうが、リスクゼロじゃないはずだ。
「ですが、念のためサアラ様には鑑定を受けて頂きます」
「……鑑定?」
「あっ、スキルとかレベルとか見るんですね!魔法への適性とか!」
首を傾げる沙亜羅と反対に俺のテンションはぴょんと跳ね上がる。鑑定だぞ鑑定。色んな作品で見て来たあの鑑定だ。
「異世界の方はやはりお詳しいのですね、その通り。この世界の誰しもが個人の能力値や持っているスキルなどが表記されたステータスを所有しています。が、それは【鑑定士】としての職を持つ者しか視ることができません。その中でも聖女かどうかを認定できる程の強力な鑑定士はこの世界には一人しかいないのですよ」
「……沙亜羅ちゃんが聖女じゃない可能性は?」
「それは正式な儀式を行って召喚魔法を使用しましたし、実際召喚された時この世界に聖女が舞い降りた時だけに雨のように降る光の花が現れたのが確認されています。なので、正しくは聖女の認定というよりスキルやステータスの確認に近いですね」
どうやらそれだけなら普通の鑑定士さんでもできなくないのだが、精度のようなものを重視するとその偉大な鑑定士様がいいらしい。その人は今城に向かってる最中で、今は昼だから夕方には到着するようだ。
そこで沙亜羅の鑑定をしてもらって、聖女と認定されたら後日国民にお披露目をしたいと神官さんは言った。
「俺と央は普通の鑑定士さんにステータスの確認をお願いできないんですか?」
「お二人とも巻き込んでしまった方々とはいえ異世界の方、聖女様と同じく大鑑定士ことノア様の鑑定を受けて頂きます」
あ、そこは軽く見られないらしい。というより、糸が切り出したのに少し驚いた。異世界に召喚されても糸は沙亜羅と同じく動揺を顔に出さない。寧ろはしゃぎだしそうな俺を沙亜羅と一緒にちらちら見ては小動物を見るような笑みを浮かべている。この顔面力フルマックスの二人、たまに理解ができない。
……と、ここで確認だ。
「沙亜羅は俺の読んでるの知ってはいるけど、大丈夫か?本当に聖女だったら……」
「……自分ではまだ整理がついてませんが、今は従います。本当に聖女と鑑定されたなら、そこからまたこれからを考えたいです」
「そっか、わかった」
「はい、ありがとうございます兄さん」
「俺もいるから、無理はしないで」
「糸さんもありがとうございます」
沙亜羅が置いていかれているような気がしたが、大丈夫みたいだ。流石俺の妹。でも心配なので暫く様子は見ていよう。俺は無邪気にはしゃいではいるが、この世界は作り物でもゲームでもない。沙亜羅がどうしたいかを一番に考えられるようしてやらないと。ふ、と糸と視線を合わせて頷き合うと少しだけ胸が暖かくなった。
そして、俺は自分から神官さんにまた話を切り出す。
「えーと、沙亜羅は聖女としてこの城に置かれるのはわかりました。俺達はどうしましょう?多分能力値は普通の一般市民だと思うんですけど」
そうだ、身の振り方も考えないといけない。沙亜羅が心配なので、できたら近くにいられるように城の騎士見習いとか雑用とかなんでもいいから仕事がしたいとポンポン切り出す俺に神官さんは慌ててとりあえず鑑定を待ってくださいと言った。ちょっと先走り過ぎだただろうか。でも大切なことなので、言語は問題ないとして、この世界の文字の読み書き、これからの生活の保障、できたら職の紹介などをお願いしてみると神官さんは順応している俺にちょっと引き気味になっていた。というか多分動じてない糸と沙亜羅にも戸惑っている。うん、この二人親しい人以外には基本無表情だからな。まあ無表情でも沙亜羅は世界で一番かわいくて綺麗だけど!!
「聖女作品たくさん読んでたからって順応しすぎ」
「しょうがないだろ!それに沙亜羅が聖女でも俺達平々凡々モブの可能性が高いんだ!沙亜羅の近くにいて、かつ自分たちで食っていく力がないと駄目だろ!糸は俺に食わしてもらうつもりなのか?!」
「いや、央は俺が養う。お前がニートでも健やかに過ごせるようにどの職に就くかはちゃんと現在進行形で考えてた」
「お前のそういうとこ好きだけど俺を堕落させないで」
「私も兄さんを養います、兄さんには安全と安定のくっちゃ寝生活をして頂きたいです」
「やめて!聖女に養われる兄ニートとか聖女作品を穢してしまうからやめて!耐えられない!」
油断すると俺を甘やかそうとする顔面力高い二人といつものコントまがいのやりとりをして、俺ははっと我に返って困惑気味の神官さんに視線を戻した。
「あと、聖女ってこの話だと危険にさらされたりしますよね。瘴気とか魔族の妨害とかありそうですし、うちの沙亜羅を護ってくれる人達っているんですよね?」
そう、これもメインどころだ。聖女ものといえば登場するイケメンたち。複数かそれとも少数か。どちらでも楽しみではあるが、沙亜羅とフラグが立つんならそれはそれで複雑だ。すごい複雑。でも聖女ものの大ファンとしての俺がシスコンの俺をなんとか押し退けようと脳内で攻防が繰り広げられている。
神官さんは俺の問いに笑顔を浮かべて頷いた。そしてメイドさんに合図をする。
まさかこれはと俺は目を輝かせ、沙亜羅は首を傾げた。糸は何故か顔がひきつっている。
「勿論いらっしゃいます。聖女が降臨された際、前もって選定されていた三人の騎士が護衛を担当いたします。三騎士の階級は金銀銅とこの序列になっておりまして、聖女の指名がない限りは金の騎士が近衛として側に控えます」
ノックの音がしてそちらに視線を向ける。ぎらぎらと目を輝かせ鼻息を荒くする俺の頭を糸が押さえつけていたがそんなこと気にならなかった。
「こちらが我が国の三騎士――聖女を護る守護者たちです」
カツカツと気持ちのいい音を響かせて室内に入ってきたのは三人の騎士。
ツンツンした態度が目に見てわかる前髪を上げおでこを出したものすごい眼つきが悪そうな俺達と同じくらいの年に見えるイケメンと、しっかりした体つきの背の高い男性。ダークブラウンの目と髪の色がちょっと熊っぽくて優しそう、年齢は多分三十代過ぎだと思う。
「……うわ」
そしてその中で一際目を惹いたのは中心の騎士だった。少しだけ癖がある短めの金色の髪。オレンジがかった赤い瞳を飾る睫毛は長く、顔立ちは端正でスタイルもいい、正に絵に描いたような王子様がそこにいた。
「初めまして、アレシス・クレディントと申します。お会いできたことは光栄ですが……それよりも先に。聖女様、そしてそのお身内の方々、このたびは我が国の勝手でお呼び出ししてしまったことお詫びしてもしきれませんが、どうか謝罪をさせてください。本当に申し訳ありませんでした」
礼をする所作まで芸術家と疑うくらいに完璧で目がちかちかする。駄目だこれ、楽しみにしてたのにいざキンキラキンのイケメンを目の前にすると光の強さで目が焼けそうだ。だって光ってるもん。あ、顔を上げないでつらいから。なんだこれ、何もしてないのに後光が差してるぞ。
しかしそんなスーパーイケメンを前にしても沙亜羅は無表情だ。兄としては良いことだが、「アレ?」という気持ちが強い。だって多分この人がメインヒーローだろう、申し訳なさげに顔を歪めながらこちらを見る顔に嘘はなく見える。本当に俺たちに対して申し訳なさを抱いているのだろう。恐らく二十代前半くらいで、俺達とそう変わらないのになんて良い人なのだろう。何故かもう一人の騎士とガンを飛ばしあっているため彼を見ていない沙亜羅の代わりに、俺はその騎士さん……アレシスさんに首を横に振ってからにこっと笑いかけた。いや多分すごい引きつってると思うけど。たかがモブである俺が下手なことは言えないので、せめて貴方のせいじゃないですよ、大丈夫ですよってことはわかってほしくて。
「……!」
するとアレシスさんは驚いたように俺を見て――安堵したようにほほ笑んだ。
それはたった五文字じゃ表せないくらいの笑顔だった。ふわりと、花が一斉に咲きだすみたいな輝きに満ちた笑みは、騎士では無く一人の男性としてのものに見えて俺を動揺させるには十分だった。
ひ、ひえ~~イケメンの笑顔ってこんなに破壊力あるんだな、こっっわい!!
ぺこぺこと頭を下げて赤くなってしまいそうが頬を抑えていると、何故かジト目の糸に顔を覗き込まれた。
「……糸、やばい」
「何が」
「イケメンの顔面はな………………凶器だ」
俺がものすごく真剣に告げた言葉に、糸は今までにないくらい哀れみを含んだ「こいつほんと馬鹿だな」というような眼差しで俺を見下ろしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます