第18話 過去話は好きなタイミングでいい
あの後、フィレトは青ざめた顔のまま倒れてしまった。他の幻獣族の人が診てくれたくれたところ、極度の精神的疲労と魔力不足だと言われた。
そう、フィレトはあの一番最初のルゼル君たちが襲撃したときにたくさんの魔法を同時に使っていたらしい。戦闘に加え、俺や沙亜羅たちのぶんまでの薄い結界を張っていただけでなく、里に連れてこられてからもまともに魔法を使えない状態なのに、それでも密かに外と連絡を取ろうとしていたんだろうとエイザさんが教えてくれた。
俺に頼めばよかったのにと最初は思ったが、それも違う気がした。きっとフィレトなりの気遣いだったんだろう。
「……余計なことを言ってすまなかった」
天幕の中に用意された寝台に横たわるフィレトをじっと見ていると、一緒に様子を見てくれていたエイザさんが急にそうぽつりと呟いた。
アレフさんや他の獣人族の人たちは今後を話し合うということで里の中心にある広場にいるようで、ルゼル君も引き摺られて行ってしまった。
でも重役っぽいこの人が残るのが意外だと思ってたんだけど、もしかして心配してくれたんだろうか。
「いや、あの……」
「ああ、きちんと名乗りも謝罪もしていなかったな」
一歩下がり、エイザさんはその場に膝をついてこうべを垂れた。
「俺はエイザ。幻獣族の次代の長であるルゼルの補佐をしている。……今回は巻き込んですまなかった」
さっきのアレフさんと同じように謝罪する姿に、俺はまた慌てて立ち上がらせる。
釈然としなさそうにしながらも、それが俺への謝罪になるんだといえば小さく頷いてくれた。
今の俺と同じ銀色の髪は腰のあたりまで長く、後ろで一本に結っている。褐色の肌にその色はすごく映えるし、何より顔立ちが美しい。アレシスさんがどこか男らしさを感じる精悍なものなら、エイザさんはどこか……こういう言い方もアレだがどこか色気がある大人のおね……お兄さんという感じだ。幻獣族は長寿らしいので大人どころの年齢じゃないんだろうけども。
「俺は音霧央といいます、貴方たちが浚おうとした聖女――沙亜羅の兄です」
「……そうか、血縁だからこんなに魔力が濃いんだな」
ヒヤっと肝が冷えた。思わず目を見開き驚く俺に、エイザさんは不思議そうに首を傾げる。
「強い魔法で誤魔化しているが、俺達には人の身体にある魔力の強さを感じ取れる。下手をすればお前は妹より強いだろう。隠して黒に見せているが実は銀髪なのが証拠だ」
「か、髪の色って何か意味があるんですか?」
「もう古い考えらしいが、古来より色素の薄い髪の者の方が魔力が強いと考えられていた。金髪や銀髪は高位にあたる。だが濃い黒髪で魔力が強いことも稀で、特別性が強い。……まあ五百年前には廃れた理論らしいが、この里ではこの考えが多いな」
……だから、オレと沙亜羅のどちらが『聖女』かわからないのか。幻獣族の人たちにとって『人間』は一括りなんだ。
兄の方が魔力が強くても、『聖女』と思ってはいない。ただ魔力の強い人間だとしかまだ思われていないんだ。
聖女の兄と護衛の騎士。間違ってないからこそ、俺達の正体はまだ黙っておくべきだろうか。これからどうするかも決まっていないんだから。
でも、何故だか長老のアレフさんにはバレてるような気がするんだよな……。
「話を戻すが、恐らくこの人間はエンデルグルグの血統だろう」
「……確かに、その、フィレトは養子だって聞いてますが……」
家名を聞いてもよくわからないというような顔をする俺に、エイザさんはざっくりとエンデルグルグ家が過去に何をしていたかだけ教えてくれた。
でも、どうしてフィレトだけがクレディントの養子になったのかとか、そういうのはやはりわからない。けどひとつわかるのは、今幻獣族を傷つけようとしている奴らとフィレトは、全然違うということだ。
しかし、エイザさんはそれとは別に気になることがあるらしい。じっとフィレトを見つめ、本当に不思議そうに首を傾げた。
「顔立ちも魔力の質も似ている。だが、この男はあいつらと違う。奴らは強い風の魔法と汚らわしい邪術を使うが、この男の魔力は寧ろ清廉な……」
「黙れ」
「フィレト!」
まだ調子が悪そうなのに無理矢理寝台から降りようとするフィレトに駆け寄って両肩を押さえる。寝てろと慌てる俺越しにエイザさんを睨みつけているけれど、なんでだろう声にいつもの鋭さがない気がする。
ふっと振り返れば、エイザさんは不快でも警戒でもない本当に不思議そうな顔でフィレトのことを見て、わずかに首を傾げた。
「……どうして隠す、何故無理に戦おうとする、お前は本当は……」
「俺は、騎士だ」
また何かをいいかけたエイザさんの言葉を遮るようにフィレトが何故か右目を押さえながら言葉を重ねる。
「偉大なるエレゲルティアの銀の騎士なんだ。剣を手に敵を薙ぎ払い民を守るのが俺の役目なんだ。剣と風、それだけが俺の武器だ――余計な事を言うのは許さない」
「……」
言葉に嘘はないと言い切れるほどその声ははっきりとしていた。でも、どうしてもどこか震えているような……まるで自分にそう言い聞かせているように思えてしまう。
でも、今はそれを気にしてる場合じゃない。きっと、エイザさんはフィレトが実家の事以外に秘密にしたい何かに気付いているんだろう。それを突っつかれたくなくてフィレトが無理をするなら、ここは申し訳ないが彼に退室してもらうしかない。
「あの、エイザさん」
「……言わなくても出て行く。だが入口に護衛は置いておく、食事や水などがいるときは気軽に申し付けてくれて構わない」
くるりと身を翻して天幕を出て行こうとするエイザさんを追いかける。思わず彼の纏っている布の端を掴んでしまったが、これだけはちゃんと言わないといけない。
「あ、ありがとうございます!」
「……」
フィレトの金色の瞳とはまた違う、少しだけオレンジ色が混ざったような蜂蜜色の目が少しだけ見開かれる。エイザさんはまるで言葉を探すように口だけを動かした後、結局何も言わずに天幕を出て行ってしまった。
「……自分をさらった奴だぞ」
「でも、ちゃんと謝ってくれたぞ。それにフィレトを運んでくれたのもあの人だ」
「……」
苦虫を噛み潰したような顔をするフィレトに苦笑して寝台の横に座る。再び横たわったフィレトは寝返りを打つように俺に背を向ける。
「何も聞かないのか」
「フィレトが言いたくないなら俺は無理に話せなんて言わないよ」
「……お前のそういうところは、短所で長所だな」
「あ、昔に沙亜羅にも同じ事言われた」
「グッ!」
変な声がしたけど気のせいだろうか。悔しそうに震える背をぽんぽんと叩いて、上を向く。それでも見えるのは綺麗な刺繍がされた布の天井だけだ。
「どこまで聞いた」
「えっ、あー……、エンデルグルグの人たちが当時王子様だった王様を呪って放逐されたってことだけ」
溜め息が聞こえる。それは呆れとかじゃなくて、何か言いたくないことを絞り出そうとするものだとなんとなくわかった。
沙亜羅が学校のことを話す時も、そうやって深呼吸をしていたのを覚えている。
(そうか、沙亜羅とフィレトって似てるのか。性格というか、根というか)
一人で抱えて、誤解されがちで、それでも自分を曲げなくて……そのせいでいつか折れちゃうんじゃないかって心配になるところがそっくりだ。
当人たちは絶対認めないだろうけど。
「……昔話をする。架空の、どこのだれもない、俺には全く全然関係ない話だ」
思わずフィレトの方を向きかける。でもぎゅっと拳を握って我慢して、俺はなんでもないように相槌を入れた。
「……うん」
そしてまた少しの沈黙の後――フィレトは静かに語り始めた。
「その子供は――命を犠牲に生まれてきたんだ」
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