第13話 はじまりの紅
「え、ええええええ、アレシスさん?!」
「最初からつけてたんだぜコイツ」
「ええええええこんな顔がいい人どうやって誤魔化せるんですか!」
「ははははは、その為の魔法というか……」
「いや、顔について遠慮を見せろよお前」
そうか、そういう魔法もあるんだな流石ファンタジー世界と感心している俺に笑いながらアレシスさんは纏っていた布を外す。するとびり、と俺の肌に何かが走って思わず首を傾げるとダアンさんが感心したように頷いた。
「魔力感知だな、聖女だとちょっとの魔法の気配もわかるって聞いたけど成長してるじゃないか」
「ですね、頃合いだったということでしょうか」
「あ、あの、さっきからいまいち話が読めないんですけど――」
にこにこと笑う二人に困惑しながら問いかけた瞬間だった。腰のあたりからぱきり、と音がしたのは。
「え」
慌ててその音がしたであろうものを腰から外す。そうあの卵になっていた紅い石になんとヒビが入っていたのだ。さあっと血の気が引く。
「の、ノア様に椅子にされる……!」
「大鑑定士はどんな教育してんだこれ」
「ナカバ様、大丈夫ですよ」
アレシスさんの声に首を傾げると、みるみるうちに石のひび割れがひろがっていきやがてじんわりと熱を持ち始める。
「へっなにこれ、えっ、羽化、脱皮、産まれるの?俺が親?!」
「いやあテンパると反応が面白いなこの聖女様」
「でしょう」
慌てる俺を微笑ましく見守る騎士たちにちょっとだけ睨みをきかせるが小動物を見るような眼差しで流されてしまう。そうこうしていると、石の表面がばらりと崩れ落ちた。そしてその中から現れたのは。
「……と、トカゲ……いや、これは」
明らかに卵のサイズよりは二回り大きい両手にのるくらいの生物。爬虫類のような金色の目に、きらりとどこか光沢のある鱗の――鮮やかな紅色の竜。
「……紅で金目か、やったなこれは」
「やりましたね、これでフィレトも時間の問題だと思いますよ」
「あ、あの、だから全然話が読めないんですけどーー!!」
『ぴよ!』
「え、お前竜なのに鳴き声ひよこなの」
周りの護衛さんたちが思わず出てきて溜め息を溢したりなんだか泣きだしたりしてきていよいよ頭が限界になった俺に、アレシスさんとダアンさんは説明もとい――ノア様のも課題へのネタバラシをしてくれた。
「……聖竜?」
「ええ、聖女にはそのありあまる魔力を一時的に流しためておく器であり守護獣が必要なのです。通常人間の魔力は血液のように循環する仕組みになっていますが、聖女様の魔力は体に収まらず、このままでは魔力を暴発させてしまいコントロールもままなりません」
「んで、その魔力のタンクとして普段は自分の魂の中に住まわせておく特別な聖獣が必要なんだ。聖女の場合はそれが特別な宝石から生まれる竜ってわけな。でも孵すにはずっとその主人の傍にいないとけない。魔力を揺らがせると竜と魔力で繋がる糸が切れてしまうから授業も座学だってできなかったわけだな。変に知識つくと使ってみたくなるだろ?」
「ご、ごもっともです……でも、それなら最初から教えてくれても……」
「これは私の憶測ですが、ノア様はナカバ様に城内のものたちと交流をもたせたかったのではないでしょうか?」
「へ?」
アレシスさんの話では、俺がうろうろしていた時間は実は全然無駄じゃなかったらしい。異世界人の俺が積極的に城の人たちと交流を持ったことで、実は異世界に恐ろしさや勘違いをしていた人たちが減ったという。そして聖女に対しての好感度が増したと同時に、神子である俺と糸の評判も最近いいらしい。
「最初からそれが計算に入ってたなら、ノア様めちゃくちゃ怖い人じゃないですか」
「まあ、自称五百歳以上の方ですからね」
「そういうわけで、お前さんは最初っからず~っと実はあの大鑑定士の掌でころころされてたってわけだ、わかったか?」
「……ものすごーくわかりました」
『ぴっ!』
生まれたばかりだというのにもうちょっとだけは飛べるようになったらしい竜が俺の頭の上でぴよぴよ鳴く。これは小動物大好きな沙亜羅はすごく喜びそうだ。というか、ノア様怖すぎない?やばすぎない?しかもダアンさんとアレシスさんがこれ知らされたの三日前だって。
「ま、これでちゃんと魔力も安定するだろうしちゃんと授業受けられるようになるさ」
「ご安心くださいナカバ様」
「あ、ありがとうございます……でもなんかどっと疲れた……」
だが、ぽんっとダアンさんの手が頭に置かれる。首を傾げる俺に、ダアンさんとアレシスさんはにっこりと笑った。
「でもま、もう一仕事あるから頑張ってくれ」
何が、と声に出す前に――ダアンさんが布が巻かれたままの剣を掲げた。まさか、と思った時にはぶわりと周りに空気が一変する。此処は整備がきちんとされた公園のはずなのに、なぜかあたたかみを感じるような土の匂いがした。
それはダアンさんを中心に渦を巻く。これはこの人の魔力だとわかったとき、風のような形態の魔力は一か所に集中していく。そしてきらりと光りを放ったと思うと――俺の手の中に飴くらいの大きさのオレンジ色の宝石が落ちてきた。
それがダアンさんの魔力の欠片だと察するが、その時にはもう彼は地に片膝をついていた。慌てる俺ににこにこと笑いながら、アレシスさんも同じように魔力の結晶を出すと、ぽんと俺の手の平の上に置いてしまう。透き通った紅なのに、結晶の中で火花が爆ぜているような不思議なものだった。
そしてアレシスさんも白いマントをなびかせて膝をついてしまう。
「金の騎士、アレシス・クレディント」
「銅の騎士、ダアン・エレテナ」
「「今この時より、聖女の資格を持つ音霧央様に心からの忠誠を誓います――貴方に、神々の祝福があらんことを」」
ぶわり、と身体の内側から力が込み上がっていくような感覚だった。でも最初の時と違い、何をするべきかわかりながらも意識がちゃんとあった。
手をかざして、跪く二人に自分の魔力を粉のようにしてふりかける。どうしてそうしなければいけないのかわからないけど、またそうした方がいいと思えたのだ。これが聖女として頭にある知識なのかもしれない。
すると二人の纏う魔力何かの膜が張られたことがわかった。二人も同じだったようで、にこにこ笑いながら立ち上がる。
「……ここで誓いって、急すぎません?」
「まあまあ、上手くできたことだしいいだろ、央様」
「申し訳ありません――ですが、ありがとうございます。央様」
「こちらこそありがとうございます、よろしくお願いします。というか、二人ともイントネーションが……」
どうやらこれも加護の影響らしい。なんでもありだなこの世界、ちょっと説明書がほしくなってきた。
『ぴーよ!ぴよぴっぴっ!』
ぐったりする俺をアレシスさんとダアンさんが肩を叩いて励ましてくる。どこか弟を扱うようなその対応に恥ずかしさを感じながらうなだれていると、紅い竜が何かいいたげに俺の髪を引っ張った。不思議と言わんとしていることはわかってしまう。
「……名前ほしいの?」
『ぴっぴっ!』
「そ、そうかあ……」
ネーミングセンスに関してはいまいち自信がない。でも話によるとこの子は俺の分身のような存在らしいし、責任とって俺がつけてあげないといけない。
……いやワンパターンだけど候補はあるんだ。だけどありきたりというか、ちょっと厨二かもしれない……。
「央様の良いと思った名前をつけてさしあげた方が、この子も喜びますよ」
「そうそう、直感が大事だって」
二人にそう言われると、なんだかちょっと迷いが馬鹿らしくなる。そうだな、俺は、俺だし周りは周り。自分の良いと思ったものを信じるのが一番だ。
「よし!」
頭から降ろして手の上に竜を乗せる。紅い体をしているが尻尾や翼の色は薄い桃色から端の方が淡い緑色になっていて、ある花が頭に浮かぶ。
「――
ぴ、と金色の目が光った気がした。
「お前は今日から紅蓮だ、どうだ?気に入った?」
『ぴいいいいっ!』
嬉しいらしく、翼をぱたぱたさせて鳴いている。その様がなんだかかわいくて、俺はもう一度そいつを頭に乗せて笑った。
「よろしくな、紅蓮!」
――そしてその後、誓いの報告や、聖竜の誕生などで大騒ぎになってしまい、俺がようやくベッドに戻れたのは夜明け近くになったのであった。
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