第11話 『白雪』

 端的に言うと青葉は選択を間違えた。三年前と違いセンチネルという武器を得たことで星喰いと対等に渡り合えると過信してしまったのだ。頼もしくすら思えたセンチネルの起動音も星喰いの前では許しを乞うように聞こえてくる。


「まさか刃すら通らないとは……」


 巨大蜘蛛の体に一刀を与えた青葉の刀型センチネルはいとも簡単に弾き返された。殺傷能力だけでいけばセンチネルで一、二を争う。そこに惑星ノア一の使い手である青葉の技術を加えれば斬れない物はないとされてきた。


「実戦と訓練の違い。三年の月日を費やしてもその差は縮まらないということか……」


 青葉は後方に跳び退いて安全な間合いを作ってから得物を確認する。弾かれはしたが刃こぼれをしている様子がないことに一先ず安堵した。得物として通用はしなくても身を守る盾としての有用性はある。それが一度の斬撃で刃こぼれるするようなら強度が心許ない。


「きょ、教官! こっちの攻撃がまったく通用しないっす!」


 援護射撃するスグリの弓矢も巨大蜘蛛の鋼鉄の体が弾く。せめて牽制の役割になってくれることを願うも、迫る巨大蜘蛛の動きに変化はない。


「……退却する。葵とスグリはユリを連れて先に行け。殿を俺が引き受ける」


「それだと教官が⁉」


「殿役は部隊で一番強い奴が引き受けるものだ。それに生徒が教官の心配をするな。今は自分の心配だけをしていればいい」


 青葉は改めてて戦闘態勢を取って一歩前に出た。


「何をしている? さっさと行け!」


「合流地点でお待ちしています! 必ず帰還してください!」


 葵たちは青葉に背を向けて走り出した。その最中に振り返ることはしない。それは殿を務める青葉に余計な気を遣わせることになってしまうから。ここでは自分たちが無事に退却できることが何より青葉の助けになるはずだと葵たちは自分の心に言い聞かせた。


 青葉は無事に遠ざかっていく葵たちの気配に安堵の息を漏らした後、意識を全て巨大蜘蛛に向けた。どういうわけか退却する葵たちの姿を見ても襲い掛かってくる気配はなく、悠然とした立ち振る舞いで睨みだけを利かせている。青葉だけを獲物としたのか、或いは気性や生態によるものなのか、その辺りは不明だが、危機に直面している青葉にとっては好都合である。


「教官は生徒を導き、守ることが使命。先輩方から学んだ訓えをまっとうします」


 青葉は学生だった頃に教わった教官や先輩からの訓えを声にした。三年前もその訓えに則って殿を務めた教官や先輩たちのおかげで青葉は生還することが出来たのだ。そして三年後にその使命が自分に訪れた。


「まずは時間を稼がないといけないわけだが、敵の眼が俺に向いてくれたことは幸いか」


 逃走する三人を標的にされては余計な注意を払う必要が出てしまう。それでは殿として三人を退却させた意味がなくなる。退却した先で襲撃されないわけではないが、深読みはかえって思考も行動も鈍らせてしまう。今はただ眼前の星喰いを足止めすることだけに青葉は一点集中した。


             ◇


 逃走を図る葵たちは周囲に視線と注意を払いながら緊急事態に陥ったときの合流地点を目指す。茂る草花を掻き分けながら鬱蒼とした森林を必死に走る。合流地点を記憶しているとはいえ、鬱蒼とした森林を迷わずに走れるのは廃墟と化した瓦礫が点在するおかげだ。それが目印となって迷子になるのを防いでくれている。その最中でも三人の心に募らせるのは殿として残った青葉のことである。なかでも戦闘の術を持たないユリの心情はより強い。


「青葉さんは大丈夫でしょうか?」


「普通に戦えば勝ち目はないと思います。ただ、センチネルの拘束を解けばもしかし

たら……」


「センチネルの拘束?」


 ユリに説明するべきか葵とスグリは悩む。センチネルの存在は惑星ノアでも周知されているが、詳細な情報は秘匿されている。それはセンチネルの開発技術を漏洩させないためだ。星喰いと対等に渡り合えるとされたセンチネルは従来の兵器と比べてその威力は百倍以上とされており、仮に開発技術が漏洩して闇社会に出回れば闇取引として出回ってしまう。そんなことになれば地球奪還どころか惑星ノアすらも滅びてしまうだろう。


 だが今は緊急事態。頼りになる青葉が不在の中では非戦闘員であるユリとの連携は必要不可欠である。だがそこに隠し事があれば信頼関係を築くのも難しい。


 だから葵はセンチネルの機密情報を教えることに決めた。


「……センチネルは生きているんです」


「生きている? それは――」


「比喩でもなんでもないっす。そのままの意味で受け取って欲しいっす」


 葵とスグリは協力するように説明していく。


「センチネルは星喰いの細胞を基に造られている。それを説明と呼ぶには情報が欠落しています」


「だけど、嘘をついているわけでもないっす。星喰いそのものを兵器としているのだから。ただまあ、屁理屈に等しいとは思うっすが……」


「……その拘束を解除するとどうなるのですか?」


 核心を突く質問に葵とスグリは口を閉じた。今になって情報を秘匿したわけではない。二人にもセンチネルの拘束を解除した先を知らないのだ。ただし許可なく解除をすればそれ相応の罪を背負うことになると学園側から釘を刺されている。


「ですが、そのルールだと……」


 青葉もまた許可なく解除すれば罪になるということ。そのことが青葉を心配するユリの心を更に揺らがせた。


             ◇


 青葉は回避に専念していた。そこには葵たちの退却時間を稼ぐ目的もあるが、それ以上に接近すら許さない勢いで仕掛けてくる巨大蜘蛛の攻撃を躱すのに必死だった。


 巨大蜘蛛の攻撃は酸によるものだ。毒性を孕む酸攻撃は大地を穿っては草土を焼いて悪臭が充満していく。野外であることから酸の毒がすぐに人体に害を及ぼすことはないが、それも時間の問題である。


「――センチネル第一拘束パージ」


 青葉の声紋に反応してセンチネルから駆動音が鳴り響くと、刀の外殻が剥がれ落ちた。外殻を破って現れたのはパージ前と同様に刀剣。しかしその刀身は血管のように赤く脈動しており、耳を澄ませば鼓動の音すら聞こえてくる。


 変化したのは刀身だけではない。外殻がなくなったことで自由度を増したセンチネルは持ち主の体の制御を奪うように鞘から触手のような管を伸ばして腕に絡みついていった。


「――吸え、白雪しらゆき


 白雪とは青葉のセンチネルの名称である。名前を呼ばれたセンチネルは脈動の速度を上げると、連鎖して刀身の血管と腕に絡みつく管が深紅色へと染まっていく。


「寝起きに吸血は体に堪えるのー……」


 若干、言葉遣いに癖のある若い女性の声が青葉の鼓膜を揺らした。


「目覚めの所で悪いが、しっかり覚醒してくれよ」


「随分と余裕がないのー、と言いたいところじゃが、気を引き締めた方がよさそうじ

ゃな」


 若い女性、白雪も眼前に迫る巨大蜘蛛を視界に収めるなり気を引き締めると、それを確認した青葉は反撃に転じた。

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