第9話 『トラブル』

 ユリを紹介する前に現在位置の安全確認と拠点の確保を優先するべき必要があった。惑星ノアと地球を繋げている転移装置は学生時代の青葉が設置したものである。最後に使用してから三年という月日が経過しているが、定期的に物体の転移を繰り返すことで正常に起動することを確認していた。設置先を星喰いの目につかない場所を選んだことと、転移装置そのものに自律防御機能が備わっていたことが功を奏したと言える。そのことが三年越しの任務を後押しする結果のひとつだ。


 だが転移装置が無事に起動することが転移先の安全と比例するわけではない。近辺を星喰いが縄張りとしている可能性も十二分に考えられた。青葉が真っ先に安全確認と拠点の確保を優先したのはそれを考慮した上による判断だ。


「北から東の方角、半径五〇〇メートルの安全を確認」


「西から南も同様に確認したっす」


 青葉のもとに哨戒に当たっていた葵とスグリから連絡が届いた。本来ならばツーマンセルによる哨戒活動が基本のところを新兵二人だけに任せたのは惑星ノアとの通信が繋がらない不具合が起きたからだ。青葉はこれを緊急事態と定めて修復に当たり、葵とスグリにはツーマンセルで哨戒に当たるよう指示を出すも二人は安全と拠点の確保を早急に済ませるべきだと提案した。それは日が暮れるまでに拠点を確保しなければ生存率が下がってしまうことを青葉から教えられていたから。その訓えから哨戒の危険性を考慮しての提案だと理解した青葉は了承を出した。ただし当初の予定より範囲を短くする対処を取ることで危険度を低下させ、無事に哨戒が成功した旨が伝えられた。


 報告を受けた青葉は二人に帰還命令を出して、通信障害を起こしている転移装置に意識を集中させる。作業する青葉の姿に興味津々といった姿勢で背後からユリが覗く。


「直りそうですか?」


「それ以前の問題だな……」


 青葉は修理の手を止めた。正確には修理する箇所もなく正常に動いているから手を入れる必要性が一切ない。


「つまり故障が原因じゃない。でも葵さんやスグリさんと通信は繋がりましたね」


「通信を妨害する何かが地球にあるわけではないということか……」


 原因が惑星ノア側にあるのならば青葉たち地球組から解決する手段はない。本部と音信不通の事態は由々しき問題だが、通信が回復するまで待機しているわけにもいかない。回復の目途が一切分からないこともそうだが、青葉が最も危惧したのは人為的に通信障害を起こしたのではないかと考えからだ。


「もしかして私を狙って……」


「どうだろうな。ユリの持つ星喰いと会話できる能力もそうだが、地球の奪還を反対している連中からすれば俺たちの存在も邪魔者でしかないはずだ」


 疑い始めたらきりがないと青葉は思う。地球であっても惑星ノアであっても、人類が一枚岩になることは大凡ない。過去の記録を遡っても、人類があらゆる垣根を越えて協力したのは地球からの脱出をした時だけかもしれない。


「とはいえ、何も分からない現状であれこれ考えても意味はないだろう。本部と通信ができないのならできないなりに動くまでのことさ」


「さすがは実戦の経験者ですね。随分と落ち着いていられてとても頼りになります」


「教官が狼狽えていては示しがつかないからな」


 最悪の事態に陥っても冷静さだけは失わないように青葉は常々、心掛けていた。その結果がここぞという時に発揮できたのは重畳と言える。


 そうこうしている間に哨戒に当たっていた葵とスグリが帰還した。生徒たちの無事をその目で確認した青葉はそっと心を撫で下ろした。


「ただいま戻りました。何か状況に変化は?」


 青葉は首を左右に振った。その仕草で通信が回復していないことを悟る。そのことで葵とスグリは不安を覚えることはあっても狼狽える態度を見せることはしなかった。そこには人の手から離れて久しい地球が舞台だということが大きく影響している。


「この先はどのように?」


「それも大事だけど、その前にそちらの女の子の紹介が先じゃないっすか?」


 スグリは青葉の傍に立つユリに視線を向けた。続いて葵も視線を向けると、居心地の悪さを感じたユリは視線の圧力にたじろぐ。


「そうだったな。彼女はユリ=アトワイト。共存派のバンデルム=アトワイトの孫に当たる人物だ。不帰派代表であるイリア様からの依頼で同行することになった。もちろん元老院も了承済みだ」


「不帰派代表のイリア様が共存派のお孫さんを……」


「色々と疑問があるけど、下手に突くこともできないのが辛いっすね」


 最高権力の元老院が承認している以上、一生徒である葵たちが疑問をぶつけたところでまともな回答は期待できない。青葉ならば元老院の思惑も知っているだろうが、教官が口を割ることはないと葵たちは確信していた。もしも青葉が知る全てを聞いてしまったら最後、元老院の思惑の駒として扱われる人生を歩むことになるからだ。教官として教え子の人生を壊すようなことをするはずがない。


「元老院の思惑など考えたところで意味はない。今はただ仲間が一人増えた程度に受け止めればいい。それよりも今は目の前の方針を決めることが先決だ」


 青葉は一拍入れた後、今後の方針を三人に伝える。


「ここから北に位置する場所に以前、俺が使用していた中間基地がある。そこの通信機が正常かは分からないが、いつまでもここで待機しているよりは僅かな可能性に賭けようと思う」


 三年前の任務で拠点の一つとして利用していた基地の存在を思い出した青葉は僅かな可能性を信じながら方針を告げた。

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