第8話 『いざ地球へ』
作戦当日――。
転移装置が置かれた学園の地下には武装化した先遣隊と、それを見送ろうとする救済科のメンバーが集まっていた。これから死地へと赴く若者たちを見送るには寂しい光景だが、地球奪還計画には公表できない極秘情報もあることから漏洩を避けて見送りは救済科だけが許された。そのことに先遣隊のメンバーから不満の声はあがらない。こうなることも予想した上で彼ら彼女らは先遣隊に志願した。
転移装置に乗る前に武装のチェックを入念にしていく。裾が足元まである黒衣を羽織り、その背には蒼星学園の校章である両翼が天に羽ばたく形で刺繍されている。黒衣の布には宇宙結晶と呼ばれる鉱石が縫い込まれていて、刃物による斬撃や数発の銃弾であれば無傷で防御できる代物だ。
黒衣から視線を全身に向ければ各自のセンチネルが装備されている。葵ならば扇形をした白銀の盾を右腕に嵌め、スグリは身長と同等の大きさを誇る巨大な弓を背に担いでいる。教官の青葉は刀だ。それは腰帯に差す形で固定され、利き手には紅色の小手が嵌められている。羽織る黒衣も含めた武具全てが各生徒に合わせたオーダーメイドという優遇ぶり。それだけ生徒たちに寄せる期待の表れと言えるだろう。
武装のチェックを済ませた青葉は葵とスグリに視線を送る。二人の表情からは緊張の色がはっきりと出ており、筋肉を引き攣らせた表情は堅い。緊張の色は全身に巡り、震えとなって表に出ている。当日になって恐怖と緊張が襲うのはよくある話。行き先が未開の土地ともなれば心情の揺らぎもひときわ強いだろう。
「緊張するなという方が無理な話か」
青葉は緊張する生徒たちの姿と過去の自分を重ねた。過去の自分も葵やスグリと同様の反応を見せながら作戦当日を迎えていたのだと考えると自然と笑みを浮かべてしまう。それとは別に当時の教官だった亡き先輩の言葉を思い出す。
――あの人はどのように声をかけただろうか?
青葉は過去を振り返りながら言葉を思い出す。その言葉は確かに恐怖と緊張で委縮する体を和らげる結果に繋がった。だがその言葉をいざ自分が声にしようとすると恥ずかしさが込み上げてくる。それでも生徒の命と引き換えにはできないと、青葉は意を決心した。
震える二人の肩に手を置く。
「お前たちには俺がついている。どんな危険に陥っても俺が命を賭して守ってやる。だからお前たちは安心して俺についてこい」
勇気の出る言葉。それは学生時代の青葉に限らず、葵たち現役の学生たちの胸にも響いた。改めて振り返ると変哲もない言葉だ。約束を守れる確証も何もない。それでも胸に響いたのは偏に生徒たちが教官に寄せる信頼が成せる業と言えるだろう。
「……ありがとうございます、教官」
少しずつ表情が和らいでいくのを肌身で感じた葵は青葉に礼を言うと、スグリも頭を下げて礼を示した。
「落ち着いた様子で何より。確かに地球は危険に満ちているが、そのなかでも生きていけるようにお前たちを鍛えてきたつもりだ。これまでの努力を信じるといい」
それだけが青葉が学生時代と異なる部分だ。映像だけによる情報で挑んだ過去と違い、現代は地球から帰還した源青葉という存在と彼から持ち込まれた情報と星喰いの死体。そしてその死体を解析して作り上げた武器“センチネル”がある。この違いは果てしなく大きい。
完全に落ち着きを取り戻した葵たちの様子を確認してから青葉は転移装置へと動く。その後に生徒も続き、三人が転移装置の上に位置を取った。
「では、ヨモギさん、お願いしまう」
「分かりました。皆さんの無事を祈っています」
転移装置の操作を任されたヨモギは一言、声をかけることで見送りの言葉として転移装置を起動させた。駆動音が室内に響き、転移装置を筒状の虹色の光が包み込む。
シュン、と鋭い音が一つ走る。瞬間、青葉たち三人の姿は消えていた。
姿を消した青葉たちが到着した先は天井の崩れた廃屋だった。空からの陽射しが降り注ぐ。太陽の眩しさに視界が白く濁るも、少しずつ目が慣れていく。色彩を取り戻した目は緑に溢れた地球の姿を捉えた。
「ここが地球……」
「す、凄いな……」
映像でしか見たことのない地球の姿に葵とスグリは感嘆の声を漏らす。
「確かに凄いですね。ノアは地球を限りなく再現したとは聞いていましたが、実際に目にすると遠く及ばないと実感します」
「この自然を再現するのは……って、君誰よ⁉」
自分たち以外にいるはずもない人間に葵は驚いた。
「あー……、とりあえず彼女のことを説明する必要があったな」
青葉たちとは別の転移装置で先に地球へと転移していたユリの説明を青葉は始めるのだった。
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