第7話 『秘密裏の協定』

 イリア=ダグレスク。


 元老院三大派閥の一つ、“不帰派”の長を務める人物である。年齢は不詳。容姿からは二十歳前後ではないかと推測されているが、彼女にまつわる情報は名前を除いて不明。彼女を支持して従う派閥員すらも把握している者はいない。支持者たちはそういったミステリアスな要素に惹かれるものがあると明言している。支持者というより信者と呼ぶことの方がしっくりくる忠誠心だが、傍から見る者たちからすれば謎めいたイリアに不信感を抱く。青葉も彼女と面識がなければお茶の誘いも断っていただろうが、学生時代から面識あることから難なく誘いに乗った。


 イリアが先導する形で場所を移した二人は本部の中庭へと赴く。そこには彼女が雇う侍女がお茶の準備を済ませて待機していて、その周囲を警備兵が配置されていた。


「俺が誘いを断ったらどうしたんですか?」


 侍女の手で引かれた椅子に腰を下ろして一言、礼を告げた青葉は、自分と同様に着席したイリアに向けて言った。


「あら? 青葉は私の誘いを断るの?」


「それは……まあ、その通りではありますが……」


「でしょ? だったら起こり得ないことを考えるよりも、どうやって満足させられる

か考えるべきだわ」


 イリアは洗練された仕草でお茶を口にする。なんてことのない仕草からも彼女の育ちの良さが表れていた。イリアに倣って青葉もお茶を口にすると、それを会話の切口とした。


「そろそろ本題に入りましょうか」


「ふふ、せっかちね。もう少し心に余裕を持たないと地球の奪還なんて夢のまた夢よ?」


「イリア様は地球の奪還に反対だったはずでは?」


 イリアが代表を務める不帰派の理念は原点に帰すこと。星喰いによって人類の大半を滅ぼされ、地球からの脱出を余儀なくされた時点で人類は敗北したと見做す。よって食物連鎖に則り人類は無に帰すべきだと提唱した。当然、人類の終焉を全員が認めるはずもなく、そのことが派閥を生む結果と繋がった。


「反対とか賛成とか、そんな議論は無意味。星喰いの前で人はあまりにも無力。それは青葉が一番、知っているはずですよ」


 青葉の傷口を抉ることを厭わない発言をイリアは微笑みながら声にした。天使のような笑顔と顔立ちをしながらもその性根は悪魔のような冷酷ぶりである。他人を導く代表者ともなれば綺麗事を口にするだけでは務まらないのだろう。


「少しお話が脱線してしまいましたね」


 咳払いを一つ入れて一拍いれる。


「実は青葉に頼み事があるのです」


「頼み事ですか?」


「はい。――ユリ、来なさい」


 イリアの呼び声に姿を現したのは年端もいかない少女だ。フリル付きの洋服を身に纏った姿は育ちの良さを醸し出す。端正な顔立ちも相まって可憐という言葉がしっくりくる美少女だが、この場に置いてはその存在は異質さが際立つ。


「この子は?」


「ユリ=アトワイト。共存派のバンデルム=アトワイトのお孫さんです」


 どうして敵対する派閥の孫がここにいるのか、その疑問を青葉は声にしなかった。

 共存派の理念は文字通り星喰いとの共存。お互いに生命ある者同士、いつかは分かり合って手を取り合うことができると信じている。つまり人類の終末を望む不帰派とは相容れない理念の持ち主たちが集う。


 その共存派の親族が不帰派の代表の下にいる。それは派閥を越えた繫がりがあることを示す。人の欲に溺れていがみ合う派閥争いの中ではよくある話だ。


「ですが、意外です。イリア様はその辺り、潔癖だと思っていました」


「ふふ、そんなことはありませんよ。私は人間が大好きですから。もちろん汚い部分も含めて」


 ですが、とイリアは続ける。


「その全てを結集しても人間は負けた。ならば神の御心に委ねるべきでしょう」


 人類は滅びて一度、無に帰すべきだと神は告げているのです、とイリアは語る。その思想は宗教染みたものだが、未だ拭えない絶望を持つ者たちからすれば認めたくなる甘美の声だろう。


「ふふ、またお話が脱線してしまいましたね。ユリ、挨拶しなさい」


 イリアに促されて一歩前に出たユリはスカートの両端を掴んで少し持ち上げて片足を半歩下げる。それから上半身をやや前傾にしてお辞儀した。


「お初お目にかかります。ユリ=アトワイトと申します。源様の活躍ぶりはかねがね――」


「そんなに畏まる必要はありません」


「……であれば、どうか源様も敬語はお辞めください」


「わかった」


 お互いの言葉遣いに折り合いをつけた。


「それで――。それで、今回の作戦に彼女を同行させろということですか?」


「察しが早くて助かります」


「ですがそれは――」


「許可は既に取ってあります」


「…………」


 元老院で許可されたのならば青葉には拒否権はない。もちろん秘密裏で交わされた協定の上で認可されたものだ。それでも年端のいかないユリを地球に同行させる命の危険性を考えると素直に認められない。教え子を持つ教官だからこそ尚更、考えてしまう。


「貴方の気持ちは察しますが、これはバンデルムの強い要望なのです」


「お孫さんを死地へと赴かせることがですか?」


「ええ。どうやら彼は悩んでいるようなのです。人と星喰いは本当に共存できるのか、と」


「それとユリにどういった関係が?」


「この子には聞こえるそうです。星喰いの声が」


 両目を弓のようにしならせて微笑むイリアの発言に青葉は驚きのあまり目を見開くのだった。

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