第6話 『イリア』

 地球奪還計画。


 立案者は既に死亡している。悲願は後継者たちに継承され、計画を円滑に進めるべく元老院が設立された。主導権が元老院に移って最初に着手したのは兵士の育成だ。特別なカリキュラムを幼少期から学ばせることで優秀な兵士の育成に努める。並行して通常の授業や部活動を実施しているのは生徒の親たちの反論を抑えるためだ。目論見は的中して親からの反論の声は大きくならなかった。そうして元老院の権力は惑星ノアの中で揺らがない絶対の地位を確立した。


 だが強大な権力は同時に軋轢を生む。そしてそれは組織の中で生じることが相場とされている。無論、元老院も例外ではない。絶対的な地位を得た元老院はその権力を笠に着て組織を拡大させていくと、次第に元老院の中で派閥が出来ていく。そうなれば時代や惑星など関係なく権力争いが勃発することは火を見るよりも明らかだった。


 五つある惑星ノアの船尾に当たる部分に元老院の本部は設置されている。入り口の手前には大人が十人以上、横並びに歩いても余裕のある幅広い階段が数段続き、入り口は直径五メートルある巨大な鉄扉で守られている。鉄扉の表面には二本の手旗が交差する形で彫刻され、旗には地球と惑星ノアがそれぞれ彫刻されている。


 扉を開けばドーム型の大きな広場。天井には複数のシャンデリアが吊るされ、橙色の光が地上を明るく照らす。頭上から降り注ぐ光を大理石の床が反射する。傷ひとつなく磨かれた大理石の床には、その上に立つ人の姿を鏡のように映しだす。とても地球からの脱出を余儀なくされた種族からは考えられない贅沢尽くしの荘厳な造りだが、形から豪華に着飾りたい権力者の本質は簡単には変わらないようだ。


 そんな広場を維持するのは執事服と侍女服に身を包んだ多くの男女である。その殆んどが元老院に所属する権力者たちに雇われており、世話役としてプロフェッショナルと呼べるスキルを持ち合わせている。


「これは、源様。お疲れ様です」


「クラウスさんこそ、お疲れ様です」


 本部に訪れていた青葉は執事のクラウスと挨拶を交わす。クラウスは本部に勤める者たちを総括する立場にある人物だ。


「本日は例の奪還計画のことで?」


「ええ。先遣隊の選抜も済みましたので、その報告を」


 総括という立場だけあって地球奪還計画についてもある程度の情報は共有しているようだ。


「元老院の方々は会議場に?」


「そのようなお話、私は聞いておりませんが……」


「そうですか……。ひとまず会議場の方へと足を運んでみます」


「畏まりました」


 丁寧なお辞儀を見せるクラウスに見送られる形で青葉は会議場へと繋がる通路へと足を運んだ。会議場までは一本道。大理石の床の中央には一本の赤い絨毯が道案内のように敷かれている。左右の壁は全面がガラス張り。その外には庭園が広がり、警護する人影が目に付く。


「……普段より多いか?」


 見慣れない警備兵の姿も多くある。著名人ともなれば警護を傍に置くことから本部の警備兵と関係のない人物が出入りしていることは珍しくないが、計画の実行がカウントダウンされている大事な時期に人の出入りを無闇に許可するとは考えにくい。


 そんな青葉の疑問は会議場に到着することで解決した。


「……なるほど。外にいた警備兵は貴方が雇った者たちでしたか」


 会議場で青葉を待ち受けていたのは白いローブに身を包んだ華奢な女性だ。ローブの上からも豊満な胸を強調するように膨らみ、すらりと伸びる体躯は女性の魅力を醸し出す。縦長の帽子を被り、帽子のツバから降りるシースルーの布で顔を覆い隠している。


「お久しぶりです、青葉。息災で何よりです」


 シースルーの布越しからでもはっきりと分かる微笑みが青葉に向けられる。巷では“天使の微笑み”と称されて、男性ファンが多くいるそうだ。


「お久しぶりです、イリア様。どうやら自分を待っていたようですが?」


「はい、その通りです!」


 声を弾ませながら青葉の傍に歩み寄ったイリアは見上げる形で顔を覗き込む。


「お茶にしましょう。――ね?」


小首を傾げて微笑むイリアの提案に青葉は頷いて了承の意を示した。

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