第5話 『選抜』

 閑静とした空間がある。


 放課後の教室だ。授業が終わり、生徒たちは各々の活動に入る。外に目を向ければ体育会系の部活動に励み、内に目を向ければ文科系の部活に励む生徒もいる。なかには図書室を利用して自習活動する生徒もいれば、学友と会話を交わしながら帰宅の路につく生徒も多い。先程まで喧騒としていた校舎内が嘘のように形を潜め、日が沈み闇夜の時間を迎えたかのような静寂の空気が流れる。


 そのような中で救済科の教室は異様な雰囲気に包まれていた。凍てつく氷点下の世界のように張り詰めた空気が教室に満ち、伴うように着席している生徒たちの表情も硬い。唾を呑む音ですらはっきりと通してしまう静寂は、日常的に無意識で行う動作だけで壊れてしまえそうな脆弱さで成り立っているようだ。


 静寂の教室を支配するのは教壇に立つ青葉だ。教鞭を執る普段の温厚な雰囲気からは想像できない濃密な存在感を醸し出し、それが凍てついた空気を生んでいる。息苦しさすら覚える空気は重圧となって生徒たちを頭上から圧し掛かり、体験をしたことのない圧力はそれだけで体力と精神力を奪っていく。


「さて――」


 重々しい空気を打ち破るように青葉は口を開いた。


「まず君たちに一言。――舐めているのか?」


 壇上に立ったことで生徒たちより高い位置から見下ろす青葉の視線に鋭さが増す。そこに込められた感情はただ一つ、地球の脅威を軽く見ている生徒たちへの不満だ。地球を知らない世代である生徒たちにとって地球は映像や話を聞くだけでしか情報を得られない。そのことを考慮するなら厳しい物言いではある。それでも心を鬼にすることはこれから死地へと赴くことになる生徒たちへの命に繋がると信じてこそ。


 だが青葉も大人だ。不満をぶつけるだけでは何の解決にならないことも知っている。


「――先程の言葉を基に改めて問う」


 タブレットに保存した生徒たちの志願書を宙に展開して横一列に並べた。


「先遣隊に志願をする。その決断に間違いはないな?」


 予めから決めていたかのように顔を見合わせた生徒たちは確認するように小さく頷き合うと、顔の向きを再び青葉に戻して一斉に頷いた。そこに一切の躊躇いを感じられない。それは覚悟の裏返しだと青葉は判断した。


「お前たちの覚悟、しかと受け止めた」


 改めてタブレットを操作していく。一枚、二枚、と展開していた志願書を消していき、最後に二枚の志願書だけが残る。それを中央に寄せるべく青葉は空気を掻くように手を動かした。


「今ここに残った二枚の志願書。その二人が先遣隊に連れていくメンバーとする」


 選ばれたのは双滝葵とスグリ=オートラムだ。選考から落ちた生徒たちの視線が二人に向けられた。視線には嫉妬と羨望が混在した複雑な色に染まっている。それらの視線を浴びることとなった葵とスグリは素直に喜べない複雑な心情に襲われていた。


 見兼ねた青葉は咳払いを一つ入れることで視線を自分に集める助け舟を出した。


「……二人を選んだ理由はいくつかあるが、決定打となったのは二人の能力にある」


 青葉の発言に「なるほど」と納得する生徒の声があがる。ここで挙げられた能力とは身体能力や特殊能力といった類のものではなく、愛用とする武具との相性を意味する。それは救済科に選抜される条件の一つだ。


 条件は武具と身体の適合率。星喰いの細胞と肉体を基礎に製造された武具“センチネル”との相性が良いほど適合率は高い数値を弾きだす。これこそ青葉が地球から持ち帰ってきた最大の功績と言えるだろう。


 与えられる恩恵は個々で違う。


「葵のセンチネルは盾。その防御率の高さと汎用性に優れた武具だ」


 盾に仕込み刃もあることから殺傷能力も秘めた万能武具と言える。その分、刀剣や槍といった主流と比較すれば威力は劣ってしまうが、攻撃力ではなく防御力を優先したのは先遣隊の任務を考慮してのことだ。


「先遣隊の使命は後続部隊を無事に転移できる拠点の確保。攻撃よりも守備することに重きを置いたわけですね」


 青葉の考えを察した生徒の一人が声にした。


「その通りだ。そして、それはスグリに当てはまる」


 スグリのセンチネルは弓の形状をした遠距離武器である。弓と化したセンチネルの機能は武器だけに限らず、視野の広さと長さを強化する眼を与え、それこそがスグリを選抜した最大の理由だ。ほぼ三六〇度を俯瞰できる視野ほど拠点防衛に役立つ能力はないと踏んだのである。


「これらが二人を先遣隊に選抜した理由になる。この事に不満を持つ者はいるか?」


 しっかりとした理由に噛みつく生徒はいない。しかしながら不満を抱かないわけではなかった。


 それは一人の生徒が代表として声にした。


「当然、不満はあります。選抜されなかった自分たちも先遣隊として貢献したい気持ちは負けていませんから」


「……だろうな」


 思慮は短いものではあったが、志願書に書かれていた理由は彼ら彼女らの本心から綴られたものであるのは青葉もしっかりと感じ取っていた。


「ですが、決定に異議は唱えません。教官が二人を選んだ理由にも納得できましたから。なので自分たちは後続部隊として準備をしておきます」


 青葉は生徒たちの覚悟を見た。それは指導者としてもっとも嬉しい光景と言えた。


 前言撤回をしなければならない。


 生徒たちは決して地球奪還計画プロジェクト・ノアを舐めた覚悟で挑んでいなかったのだと実感する一面に遭遇した。


「その覚悟、しかと聞き届けた」


 それから選抜した葵とスグリの二人に視線を向けた。


「作戦決行は明日の午前八時。それまでは自分たちの好きなように時を過ごすといい」


 それだけを伝えて、青葉は教室を後にした。


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