第4話 『同僚と脅威の再認識』

 教官室にある自分の机に計十三枚の紙が積まれている。


 午前のミーティングで配った先遣隊の志願書だ。提出期限を放課後に設定していたが、昼には全生徒から返答が届き、その結果は十三人全員が志願するというものだった。事細やかに志願理由を書くことで教官の目を惹こうとうする努力も垣間見られる。


 それら生徒の努力を無碍にすることなく青葉は十三枚の志願書に目を通していく。文面は生徒によって様々な様相が窺える。中には言葉を選ぶことで手本のような理由を纏めている生徒もあれば、中には胸に込めた熱意を吐き出すような荒々しい文面を綴る生徒もいる。個性に溢れた文面はただ読むだけで面白く、全生徒が志願してくれたことは教官冥利に尽きると言うべき結果ではあるが、その中から二人を選考しなければならないのは悩みの種である。


 何を基準に選考するべきか、机の前で腕を組みながら悩む青葉の背後から女性の顔がひょっこりと現れた。


「随分と悩んでいますね。例の先遣隊の件ですか?」


「物音をたてずに背後から顔を出すのは止めていただけませんか?」


 椅子を引いて距離を取った青葉は教官仲間である虹波ヨモギに不満を漏らす。


「ごめん、ごめん。どうしても一族の癖でつい!」


「またそれですか……」


 聞き慣れたヨモギの言い訳に青葉は肩を竦めた。嘘か真か、虹波ヨモギは忍者の末裔とのこと。学園が掲示するプロフィールにも明記されていることから信憑性も高く、救済科の訓練に参加した時も無難に熟している辺り彼女が普段から鍛錬していることは間違いないだろう。ただそれと背後から近寄ってくることを許せるかは別の話である。


 それでもこれ以上の苦情を青葉は声にしない。聞き慣れた言い訳とあるように、いくら苦情を声にしたところでヨモギに改め直すという気持ちはないからだ。


「それにしても皆、真面目ね」


 机の上に置かれた志願書に目を通しながらヨモギはやる気に満ちた救済科の生徒たちに感心する。


「真面目……。確かに良く言えば真面目になるかもしれませんが……」


 ただ、と青葉は机の上の志願書を扇形に広げて、傍目からでも十三枚あることを視認できるようにした。


「俺から言わせてもらえば危機感が薄い」


 地球が危険な場所だということはこれまでの授業でしっかりと教えてきたと青葉は自負している。志願の有無を自主性にしたのも命を左右する死地に赴く計画を考慮したからだ。


 青葉個人からすれば先遣隊に生徒を連れていくことも反対である。その旨は学園の上層部や計画の主導者である元老院の面々にも伝えたが、問答無用で却下された。期間の延長を申し出るも計画が停滞していることを突き付けられて、それも却下された。どうにかこぎ着けることが出来たのが計画参加を生徒の自主性に委ねることだった。それだけに今回の一件は青葉にとって思慮してほしかったのが本音である。それこそ期限を無視するぐらいの気骨は見せてもらかったが、生徒という立場である以上は難しいだろうと不満は胸にしまった。


「経験者が言うと言葉に重みがありますね」


「茶化さないでください。仲間を犠牲にして生き延びたにすぎませんから」


 三年前のことでも青葉からすれば昨日のことのように思い出す。同じ釜の飯を食べてきた仲間を失った損失感はどれだけの月日が経過しても色褪せない。そして、唯一生還したという現実が罪悪感として常に付き纏うのだ。だからこそ青葉は計画の進行を慎重に行うべきだと異を唱えているのだが、地球を奪われて半世紀以上が経過しても帰還どころか、その目途すらたっていない現状に人類代表と謳う元老院の面々は焦っているのだ。


「……とはいえ、いつまでも過去を引き摺って悩んでいるようでは生徒たちを導くことなどできないか」


 青葉は後悔に荒む心を落ち着かせるために双眸を閉じて大きく深呼吸を繰り返す。少しずつ精神が安定していくのに合わせて目蓋を持ち上げていく。ヨモギはその一連の動作を見守るように見届けた。自分の失言で青葉の精神を不安定にさせてしまったことへ、せめての謝罪としてだ。


「落ち着いた?」


「……ええ。ご心配おかけしました」


「いいえ、私の失言が招いたことだから。……ごめんなさい」


「ヨモギさんが悪いわけではありませんよ」


 ヨモギが悪く思う必要はない、これは青葉の本心だ。そして多くの犠牲を払いながらも生還した青葉に罪があるわけでもない。犠牲なくして計画の遂行を実現することなど不可能だと分かっていたことだ。本来なら誰も罪悪感を覚える必要のないこと。それでも苛まれてしまうのは当事者だからとしか言えないのだろう。


「ありがとう」


 精神が不安定だったのはヨモギも同じだったようだ。少しの心遣いだけで彼女の顔から笑みが浮かんだ。


「――さて、と。予定より早くはありますが、全員の提出が確認できたのであれば発表も早めることにします」


「あら? 誰を先遣隊に選ぶのか決まったの?」


「ヨモギさんのおかげです。地球の脅威を改めて思い出したことが決定のきっかけとなりました」


 自分の中で決定した二人の生徒の志願書に視線を落としながら、青葉はこの身を賭してでもっ生徒を守ることを改めて胸に誓うのだった。


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