第3話 『やぶ蛇』
先遣隊の志願は生徒の自主性に委ねる。
青葉が一言、そう言い残して教室を去った後、教室は森閑とした。各生徒が志願するべきか、或いは誰かを推薦するべきか、はたまた教官からの任命に託すべきか、あらゆる可能性を思案していく。この作戦が今後の地球奪還計画の基盤となり、成功か失敗かで今後の計画に多大なる影響を及ぼすと理解しているからこそ簡単に答えは出せない。
何事も率先して積極的に行動を移す双滝葵も答えを出すことに悩んでいた。彼女がただ成績を求めることしか考えない生徒であれば自ら志願することで計画遂行に意欲を見せて、教官への点数稼ぎだけに邁進するのだが、良くも悪くも新島葵という女子生徒は真面目だった。
彼女に問わず、青葉を含めて蒼星学園の若者たちはノア出身だ。地球奪還を躍起になっている上層部と違って、彼ら彼女らには地球に対する想いれは強くない。それでも蒼星学園に入学し、辞退することも出来る救済科への転属を了承したのは単純に地球という惑星への興味である。
――果たして興味心で決めてよろしいものでしょうか。
興味心に任せて決断するには途轍もない重たさの責任が両肩に圧し掛かる。葵に限らず、生徒たちでは責任を背負えるだけの精神力を養っているはずもない。
それは学園の教官たちにも言えることだ。教官として子供たちを導く役目を請け負いながらも地球に赴いたことがあるのは青葉のみ。そこには満を喫して調査を実施したのにも関わらず、青葉しか生還しなかった事実が大人たちに二の足を踏ませていた。
「随分と悩んでるみたいっすね」
「また、そのような所に登って……。落ちて怪我をしても知りませんよ?」
頭上からの声に葵は視線を上げると、案の定と言わんばかりに木の枝に腰を下ろす同級生スグリの姿を捉えた。その手には読みかけの文庫本が一冊。読書を好むスグリは他人から邪魔されるのを嫌うあまり、たどり着いたのが木の上だった。その事情を知る葵たち救済科の面々はスグリに声をかけられた際は必ず頭上を確認することが癖づけされていた。
「愚問っすね。俺のバランス感覚は新島さんも知っているはずっす」
木の上から飛び降りたスグリは文庫本を制服のポケットに仕舞う。
「委員長のことだから志願を即断すると思っていったすが……」
思いのまま声にしてからスグリは葵が悩む理由を察した。
「学級委員だからこその二重の悩みっすか」
興味だけで志願することに対する罪悪感に加えて、救済科の生徒代表である学級委員が己が欲を優先して選択することが正しい姿なのか葛藤していた。生徒の代表とはいえ、葵はまだ成人していない、つまりは子供。そこまでの責任感を背負う必要性はないのだが、そこに重点を置いてしまうの彼女の魅力と言えよう。
「そこまで深く考える必要はないと思うっすよ?」
「そうは言いますが……」
「興味心も立派な志願理由っす。それに未知数の地球。源教官が指揮を執るとはいっても三人で行動を強いられる先遣隊の危険性は後続よりも遥かに上昇するっす」
つまり、とスグリが言葉を続けようとするも、葵がその言葉を奪う形で彼の思考を先読みした。
「つまり志願して参加することは学級委員として危険な役目を背負った形になるというわけですね」
「その通りっす」
満足な表情を浮かべて頷くスグリを見て上手く誘導された気分になった葵の心情は少し複雑である。だがしかし、悩みの解決を手助けしてくれたのは事実。皮肉の一つでも込めるべきか、それとも素直に感謝の旨を伝えるべきか、葵は悩んだ末に出した答えはスグリにとって顔を顰める結果と繋がった。
「ならばスグリ君、貴方も先遣隊に志願なさい」
「ど、どうして俺が?」
「私を焚き付けるように誘導したのです。では、その責任を貴方が背負うのが道理では?」
「む、むちゃくちゃっすよ!」
善意で葵の悩みの手助けをしたスグリにとっては理不尽極まりない要求である。
「よいですね?」
有無を言わさない笑顔で確認を取ってくる葵にスグリは両肩を落としながら頷くこ
とで了承した。
「……まさしくやぶ蛇っす」
慣れないことはするべきじゃない。ほんの少し前の自分に言い聞かせたいと思うスグリだった。
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