第一章 廃都“東京”

第2話 『救済科』

 地球の頭上に五つの球体が浮かぶ。球体はそれぞれ鎖で繫がり、それは一隻の方舟を模っている。


 疑似惑星“ノア”だ。透明の外殻で覆われたノアの中には様々な建造物があり、動植物が生殖している。その中で人間もまた充実した生活を過ごし、連結した鎖の上を渡ることで各ノアへ行き来できることから交流も深く繋がっている。惑星というよりは街の方が言葉として適しているかもしれない。それだけ地球では希薄となっていた隣人との繫がりがノアの中に満ちていた。


 ノアの一日の始めを告げるのは日差しだ。ただし太陽から与えられたものではなく、天井に装備された照明から放射されたものである。照明の色は春の陽気をイメージしたもので、気温も調節されていることからかなり再現性の精度は高い。


 日差しに当てられて目覚めた住民たちは各々の行動を始める。自営業に勤しむ住民もいれば外に勤め先を持つ住民は職場を目指す。その中でもひと際、多くの目を引くのは学生服を身に纏った若者たちだ。彼ら彼女らは鎖の上を渡って船首となるノアへと足を運ぶ。そこには幼少中高一貫となっている唯一の学校がある。


 学校名は蒼星そうせい学園。宇宙から見た地球の姿と母星を忘れない気持ちを込めて名付けられた当校の目的は地球奪還をする兵士の育成である。目的だけを聞けば兵士養成機関に思えてしまうが、地球でも行われていた必修科目や部活動も完備されている。それが学園の名が使用された経緯だ。それでも地球で暮らしていた時代の普通とは大きく異なるカリキュラムが敷かれているのは間違いない。


 それが顕著に出ているのが救済科。訓練を受ける全学生の中でも特筆すべき能力や成長を見せた学生を選抜して集められた学科で、現在進行形で進められている地球奪還計画“プロジェクト・ノア”で主力を担う若者たちだ。選抜された生徒は初等部から高等部にまで至り、現在では十三人の生徒で構成されている。


 十三人の学生を引率するのは若干、二十歳の男性教官だ。


 名前は源青葉みなもとあおば。蒼星学園の卒業生にして現存する教官で唯一、支配された地球に降り、そして帰還した実績を持つ。救済科の教官に任命されたのはその実績を買われたことによるものだ。


 学園のチャイムが鳴り、青葉は教壇に立つ。救済科の生徒たちは起立すると、学級委員の合図で挨拶をして着席した。


「――さて、早速だがこの映像を見てもらいたい」


 青葉はタブレットを操作してデータを宙に展開する。地球ではモニターを必要とされていたが、技術が発展した現代では映像や文章、データ数値など、あらゆるものが空間に投影して直接操作できるようになっている。


「……まさか、これは地球ですか?」


 展開された映像に対して学級委員が代表となって問いかけた。


「かつて東京と呼ばれた日本の都市だ」


 青葉は展開する映像を手で動かして、新たな映像を展開する。展開された映像には異形の物体が捕食する姿があった。


「地球外生命体“星喰い”。俺たちの標的だな!」


「その通りだ。そこで予習の意味も含めて今現在、判明している星喰いの説明をしてもらおうか」


 説明役を選ぶために青葉は視線を生徒たちに配ると、学級員が率先して説明役を買って出た。


「では、よろしく頼んだぞ、葵」


「お任せください!」


 学級委員、新島葵にいじまあおいは意気揚々と説明を始めた。


「星喰いが初めて観測されたのは百年以上前のこと。当時の記録を遡れば星喰いの発見は偶然だったそうです」


 タブレットを操作しながら自分が厳選した資料を展開しては拡大化させて他の面々にも分かりやすいように大事な部分を色付けしていく。


「星喰いはその名の通り惑星を餌とします。ですが何も捕食対象はそれだけではなく、機械すらも餌として繁殖している姿が確認されています」


 襲撃された時に軍隊から射撃された銃弾を喰らった記録もあるように、星喰いの捕食対象に限定された物はない。生命体だろうが機械だろうが、星喰いにとっては全てが餌となる。


「そして星喰いは捕食した物をその身に取り込んで顕現させる特性を持ちます。これは源教官が持ち帰ってきた情報によるものです」


 葵は新たに資料として複数枚の写真を展開する。そこには砲塔や機銃を肉体に備えた星喰いや戦車のタイヤや全身に電気の衣を纏う星喰いが収められていた。これは青葉を含めた撮影当時に地球の調査へと赴いた前任者たち全員の功績である。残念なことに生還できたのは青葉一人だけだったが、前任者の犠牲も青葉とその教え子たちが報いてくれるだろう。


「また捕食対象は星喰い同士でも適用されるようです」


 つまり共食いである。どこまでも捕食に貪欲な性質を持つからこそ過酷な宇宙を生き延びて惑星を渡り歩けるのかもしれない。


「ざっくりではありますが、現在詳細に分かっている情報はこの程度となります」


 葵はタブレットを操作して展開していた資料を消していき、一礼をした後に着席した。


「ありがとう、葵」


 説明役を自ら買って出てくれた葵に労いの言葉を送った青葉は自分が展開していた東京の映像も消し、改めて生徒たちに面を向けた。


「さて、皆も薄々、気づいているだろう。救済科から地球奪還の先駆けとして俺を含めた三人を先遣隊として送られることになった」


 青葉から伝えられた方針に生徒たちは実戦の日が訪れたのだと緊張が走るのだった。

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