第12話 『絶望に抗う最善の一手』

 センチネルの拘束を解除したことで本来の力と姿を取り戻した白雪とは対象に所有者である青葉の姿は変貌していた。傍目からでも異常だと分かる病的に白く変色した肌。その影響は全身にまで及び、混じりけのなかった黒髪は白髪に染まっていた。


 変貌した姿に反して青葉の動きはキレを増していく。その一挙手一投足が人間の域を遥かに超越した動きである。まさしく超人という言葉がしっくりくる青葉に巨大蜘蛛は反撃する暇すら与えられずに斬撃を全身で受けていく。その光景は先程まで手も足も出なかった人物と同一とは考えられない。それ程に巨大蜘蛛を圧倒している。


 だがそれとは裏腹に青葉の表情を苦しく歪んでいく。痛みを堪えようと歯を突きたてた唇から血が溢れて顎に沿って垂れていく。センチネルを握る手も同様に爪を肉に刺さって血を流す。その姿からは戦況は絶望的としか言えない。


「逸るな。先に貴様の命が尽きてしまうぞ」


「力配分できる余裕があるなら既にしているさ」


 白雪からの注意を青葉は受け流した。センチネルの拘束を解除した時点で苦痛が体を蝕むことは承知の上である。なにしろ自身の命を生贄にしているのだから。生贄として捧げた命をセンチネルが喰らい、その恩恵として超人的な力を与えてくれる。等価交換としては人間側の代償が大きくはあるが、弱者と成り果てた人類に選択する権利などないのが現状である。


「……お主、死ぬつもりか?」


「…………」


「答えない……否、答えられないと言うべきかの……」


 白雪は青葉の態度や反応から心を察した。生命ある者ならば人間に限らず誰だって死を恐れる。それでも死を望む者がいたとするならばその者は恐怖に敗北したのであろう。あくまで仮定の域を越えない推論だが、仮にそれを正当な答えとした基づくならば青葉の行動にはまだ死に恐れながらも抗う姿があった。


 だがそのせめぎ合いも時間の問題だと白雪は考える。どれだけ精神が勝ろうとも肉体が敗れたら決着はついてしまう。なかでも人間の肉体は脆弱である。それこそ鋭利な刃物で胸を一刺しすれば息絶えてしまう程に。


 チラリと白雪は青葉に意識を向けた。二人の付き合いは二年程になる。青葉が持ち帰った星喰いの生態を研究することで開発に至った最初のセンチネルが白雪だ。外殻によって拘束されるなかでも意識の共有をしてきたことで二人の関係は良好に築いてきた。だからこそ青葉の考えを白雪は読めてしまった。


「――死の決心は褒められたものではないぞ?」


「未来への礎と言って欲しいな」


「ものは言いようじゃの。それで? どうしてそこに答えが落ち着いた?」


「……なに、人類が星喰いに挑むのは早過ぎたというだけさ。それに……」


 青葉は自分の胸を掴んだ。


「俺が死ねば心臓に埋め込められた生存信号が途絶えて学園から応援が送られる手筈になっている。どういった理由かは知らないが、通信妨害でこちらから連絡手段がな

い問題も片付く」


「やれやれ、その為に死を選ぶなど極端すぎないかの?」


「……そうでもないさ。肉体の消耗が何も超人的な身体能力だけに限らないってこと

だ」


 青葉はそう言って利き手の服の袖を捲った。そこには黒の斑点を無数に浮かび上がらせた白い腕が姿を見せる。


「それは毒か⁉ じゃが、巨大蜘蛛を切った時の返り血や奴が放つ酸や足には注意を払っていたはずじゃろうて」


 これまでの巨大蜘蛛の攻撃から毒性を持つことに気付いた青葉はかすり傷ひとつで致命傷となるほどの毒性を持つことを考慮して回避という手段を選んだ。その判断が功を奏してかすり傷ひとつつかなかったことは白雪も確認している。だからこそ現実が嘘を吐いたことに驚いた。


「何も奴の毒が直接的なものだけではなかったということさ」


 青葉は空いている片腕で鼻と口を塞いだ。その動作で白雪も青葉の行き着いた答えに気付いた。


「……よもや呼吸すら毒性を孕むか」


「おそらく体臭もな」


「つまり存在そのものが毒というわけか……。確かに死を覚悟してしまうのも納得で

きる絶望的シチュエーションじゃのう」


「ああ。それに体を浸食する毒が全身に回るのも時間の問題だろう。ならば、今できること最善の手を打つことが教官としての役目だろうさ」


 苦しむ表情を浮かべながらも青葉は小さく微笑んだ。


「まったく、お主は強いのう。醜く同族で腹の探り合いをする奴らに垢を煎じて飲ませたくなる」


 死を目前に控えながらも絶望に抗って最善の未来を掴もうとする青葉の強さに白雪は称賛の声を送った。


「最後まで付き合ってもらうぞ、白雪!」


「了解した、我が所有者よ!」


 死という抗えない未来に身も心もボロボロにしながらも衰えない気力を漲らせる青葉は片腕を口元から解放して口を開いた。


「センチネル第二拘束解除――」


 青葉の声に応じてセンチネルを覆う外殻の全てがパージされた。


「全てを喰らい尽くせ“白雪”‼」


 青葉の全身を蒼白い焔が包み込む。その焔はまさしく青葉の命そのものだった。

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