第3話 木地師とサンカ

 サンカはおびえました。

 もともと訪ねたことを後悔するような、竹も生えていなければ住民も貧しそうな村へ来て何の商売にもならないところです。そこで苦手な相手である木地師と出会ったのです。

 サンカは家族連れで村へ来ていました。一方の木地師も家族連れです。どちらも若い父親を筆頭に、妻と子どもたちがいます。 

 まず妻子を連れた木地師の男がサンカの一家をののしりました。強いことばでののしりました。大きな声でののしりました。みにくいことばでののしりました。あまりにも恐ろしくみにくいことばでののしったため、ここには書けないほどです。木地師の妻や子どもたちも、おなじように汚いことばでののしります。

 サンカの一家はくちびるをかんで、だまって耐えました。ほんとうは逃げ出したかったのですが、稲穂を干す農民の女たちや夏作物の畑を片づけて次の植えつけの準備をする男たちに、ものめずらしそうに見つめられて、もう逃げることができなかったのです。

 木地師の一家がひと通りののしり終えた後、サンカの妻が考えた末にこう言いました。

「そこまであんたたちが言うのなら、あんたとあたしらで技の勝負をしましょう。あたしたちは、竹を編んで水のもれない籠を作ります。竹でできているので木の桶よりも軽いでしょう。あんたたちは木で、あたしらが作るような道具を作ってみて下さい。どちらが作ったものが役立つか、ここにいるお百姓さんに決めてもらいましょう」

 サンカの女のことばに、木地師の一家はおどおろきました。はたしてサンカが竹で作るような、水や細かいものは通して必要なものが残るような、そんな道具を木で作れるのでしょうか。サンカが竹で作るような、軽くて丈夫な背負いかごが木で作れるでしょうか。

「待って……待ってくれ。ここには木も竹もないではないか。遠くの山までいかないと柴や薪すらない。この近くの雑木林には木工や竹細工に適した木も竹もない。何にもない野原じゃないか」

 確かにそうでした。柴や薪の取れる山は遠いので、農民たちは薪の代わりにその辺りに生える菰やススキなどの草の茎を燃料に使っているぐらいでした。住み家も貧しく、葦やススキで作ったそまつな三角形のわら小屋に、皆は住んでいました。

 木地師は続けて言いました。

「待ってくれ.7日後にここで会おう。そのとき材料の木や竹を持って来よう。仲間に手伝ってもらってもいいことにしよう」

 木地師の出した条件を飲んだサンカは

「では、7日後にこの場所で」

 と言いました。

 

 そして7日後です。

 サンカと木地師は約束通り、たくさんの仲間を引き連れて洗われました。見物人の農民もおおぜいいます。からっ風は吹いていますが天気は上々です。

「では最初にわしどもが、竹で作った桶と鉢をお見せしましょう」

 サンカのうちの1人が自分の作った竹細工を見せてそう言いました。1つは水汲み桶のような筒型をした大きな籠で、もう1つはお椀の形をした籠でした。どちらも編み目が細かく作ってあります。

 農民は、村で1つしかない井戸へと案内しました。サンカが水をくみ、それぞれのかごに水を入れます。かごは目が細かく編んであり、水はもれません。サンカがそれぞれのかごを持ち上げても、水は1滴たりとも底から横からもれません。

 見ていた農民たちは拍手かっさいしました。

 一方の木地師たちはそれを見て、大いに困惑しました。実を言うと木地師たちは、自分の課題の答えにまったく自信がなかったのです。ようやく1人の木地師がやっとこの7日間で答えを考えだしました。その木地師が自分の作品を持って話しだしました。

「皆の衆よ、これを見て下さい」

 それは、み(箕)の形をした大きな木製の道具でした。

「この箕に、この土地の土を入れます。なにしろここの地面は石ころが多く、あんたがたは苦労をしています。この箕は木でできているので、重い土や石ころを入れても壊れません。ここに土を入れてよく振ると、細かい土だけが風で飛んで石ころだけが残ります。ここの農地から石ころをなくすことができるのです」

 木地師は自分が作った木製の箕に、石ころのまじった土を入れました。そして振ろうとしたのですが、木と石ころが重くて振れません。やっと3人がかりで、その大きな箕を持ち上げて力いっぱい振りました。確かに風の力で細かい乾いた土は飛んで行き、石ころが箕に残るのですが、3人とも、重くて腕が痛くなりました。その様子を見て、農民たちは大笑いをしました。

「ははは。これぞ素人考えだ。畑は広いんだ。こんなことでは、土と石を分けるなんて何年もかかりそうだよ」

 木地師たちは全員、気を落としました。

 しかし、勝ったはずのサンカは、何か考え込んでいるようでした。そして1人のサンカが言いました。

「どろどろ谷にわしらを案内して下さい。わしらには、もっといい考えがあります」

 

 どろどろ谷に一行はやって来ました。

 サンカは自分の作った大きな竹製のかごに、どろどろ谷の田んぼの地面の泥を入れました。サンカたちはだまって、ただ、どろどろ谷のどろを竹のかごに入れていきます。かごの中は、よく肥えたどろと、粘土の混じった土と草の根の腐りかけたものがたくさん入っていました。

 からから原の農民がそれを見て言いました。

「そうだ。このどろを、からから原の畑にまいてみよう」

 農民たちは口々にそう言って、泥の入った重いかごをかついでからから原へと向かいました。農民たちは、かごの中のどろと粘土と草の根の腐りかけたものを、木の道具を使って分けました。腐りかけた草の根は、そのまま泥と混ぜて置いておくと、腐ってよい肥料となるのです。そして農民たちは、残ったどろを畑にまく準備をしました。

農民たちは「踏みすき」という足で体重をかければ、深く土がたがやせる道具を使ってたがやしていました。土の表面には石がたくさんあります。

「ここでは馬や黒毛和牛は飼っていないのか」

 見かねたように木地師の1人が質問しました。

「ええ、飼っておらん。うちらは貧しいから馬も牛も、鉄の道具も持っておらん」

 木地師は心から農民を気の毒に思いました。

 サンカたちは持って来た竹で、だまって次々とどろどろ谷の田んぼのどろを運ぶためのかごを作りました。農民たちは、どろどろ谷に住む者も、からから原にくらす者も、どろの入ったかごをからから原に運びました。

 一方、木地師のほうですが、いい考えが浮かびました。自分たちが作った木製の箕に、やはり自分たちが即興で作った木製の車輪と竹や長い木の棒を組み合わせて、手押し車を作りました。それはちょうど現在、工事現場で使われる「猫車」に形が似ています。石の混じった土を、だ円形を半分に切ったような形の箕に入れて、手押し車で運ぶと力はさして必要としません。猫車で運ぶ振動で、石の混じった土は、石と細かい土に分かれます。それをどろどろ谷の田んぼに運びます。石を取り除くとそのまま猫車を使って、乾いた土をどろどろ谷の湿った田んぼに入れました。そうすると、どろどろ谷の田んぼは水はけがよくなります。

 さらに木地師の中には、自分たちの鉄の道具を使って、ため池を掘る者すら出てきました。ため池に石と粘土を入れて、からっ風にさらせば早く渇き、水を貯めることができます。

 一方のサンカのほうは、たくさんの石を竹製の大きな長細いかごに入れて、どろどろ谷の田んぼに用水路の堤を築きました。いわゆる「へびかご」と呼ばれるものです。

 とにかく木地師たちとサンカたちは、おたがい競うように、どろどろ谷とからから原の人々のため、働いたのです。

 それを見て、困ったのは、実はからから原とどろどろ谷の農民たちでした。ここまでやってもらっても、サンカや木地師に渡すお礼のお金や食べ物などがないのです。たった今、食事やおやつを用意することすらできないのです。


 しかし、そんな農民たちの心配は無用でした。木地師たちもサンカたちも、いわゆる手弁当で、自分たちで食事の用意を持って来て、このからから原とどろどろ谷へやって来たのです。サンカたちも木地師たちも、この地の農民たちの貧しさを知っていました。だからお米や粟の入った俵や秋の山で集めた栗や山の芋のむかごなどを、自分たちで自炊して食べ始めました。

「困ったときにはおたがいさまですからね」

 と、サンカははにかんで言いました。

「ここが豊かになれば今度は得意のお客さんになって、わしらもお金が入るからねえ」

 と、木地師は照れたように言いました。

 まだまだ仕事は続きます。夜には、からから原の人たちは木地師を、どろどろ谷の人たちはサンカを、自分たちのくらす粗末なかや(萱)と藁でできた小屋に招き入れました。そして同じ小屋で眠りました。


そして大きな仕事は終わりの日を迎えました。麦の種まきにかろうじて間に合う季節のことです。

「ありがとうございます。木地師さんにサンカさん。もしここの田んぼと畑が豊かに実れば、私たちはあなたがたの商品を、よそよりも高く買いますよ」

 と、農民たちは言いました。

 しかし、その後、からから原もどろどろ谷も豊かになれるかどうかは分かりません。どんなにいい施設があっても、人の働きがなければ、生かされないからです。

「春になれば、防風林や堤を守るための木の苗を持って来ますよ」

 と、木地師たちは言いました。木地師やサンカは自然のことをよく知っているので、どこにどの種類の木を植えればいいのかの知識もありました。

 そこへ旅の僧侶がやって来ました。

 旅の僧侶は美しく整えられた、からから原の畑とどろどろ谷の田んぼを見て感嘆しました。そして木地師とサンカに新しく大陸から伝わった、樽や桶の作り方を教えました。

「いいですか、こうやって杉の板を曲げてつなげて1つの輪にします。そして板を組み合わせて底を作ります。くぎも接着剤も使っていないので中に酒や漬物を入れてもいたみません。そして木をくり抜いた桶や樽よりも、使う木の量が少なくてすみます」

 旅の僧侶の話を聞いて、今度は木地師とサンカが感嘆しました。

 こうしてサンカたちも木地師たちも、それぞれ山へと帰って行きました。

「天狗だ。天狗がいる」

 去り行く木地師とサンカの姿を見て、農民たちは口々にそう叫びました。

 この頃にはサンカも木地師も大昔とは服装が変わっていて、昔のような、つばさと見間違えるようなみのは身につけていません。

 しかし、この時代の人々は、天狗は並みの人間から離れたすごい力を持っている種族だと信じていたので、サンカや木地師の姿が天狗に見えたのかもしれません。

 

 山へ帰った木地師とサンカの一部には、後に庭職人や植木屋になった者もいます。樽や桶の職人になった者もいます。

 しかし、多くはそのままサンカや木地師の仕事を続けました。

 一方、どろどろ谷とからから原の農民たちは、いろいろな人々の力と、彼ら彼女らの努力と知恵と心により、少しづつ豊かに暮らせるようになりました。


 あれからとても長い年月が過ぎました。

 かつてのからから原もどろどろ谷も、ビルや住宅が建ち並び、昔の面影は一見したところ残っていません。金属やプラスティックの製品が増え、木や竹を使った道具も少なくなりました。

 しかし、この国のいろいろな所に、農民の苦労と努力の跡が、そして木地師とサンカの手わざと知恵の跡が、あなたの街や村にも、きっとあるはずです。(完)





  

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木地師とサンカ 高秀恵子 @sansango9

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